心底ほっとしている。

キャッチャーからのサインをしっかり確認して、ふーっと息を吐きながらセットポジションに入るピッチャー。



素早い動作から、リードを取る1塁ランナーの平柳君へ牽制球。当然今年34個の盗塁を決めているというデータは台湾サイドも持っている。



平柳君が頭からベースに戻る。



そして、再びセットポジション。少し時間をかけると、1塁側スタンドの日本ファンから、ヘイヘイヘイと煽るような声と指笛が鳴る。



それが聞こえるくらい、バットを構える俺は冷静だった。



長い間合いからピッチャーが左足を上げて投球動作に入る。


すると、1塁ランナーの平柳君がスタートを切った。



良いスタートだ。俺はなにもしなくてもいいくらいの良いスタート。



みのりんの裸エプロン姿を想像してよだれを垂らしながら俺は何もせず見送った。



ボールが外角に外れるストレート。投球を捕球したキャッチャーが2塁へスローイング。グイーンと一直線にいいボールを放ったが、平柳君がそれより早く、2塁ベースに滑り込んだ。



2塁審判おじさんの両腕が広がる。




相手バッテリーはアウトコースへ外し気味に真っ直ぐを投げてきたのに、楽々盗塁成功してしまった。



スライディングで汚れたユニフォームを叩く平柳君の姿は、妙に様になっている。







平柳君の盗塁が成功して、ノーアウト2塁。



より、2番打者である俺の働きが重要になる場面になった。ようこのいきなりのところで決めてきますわ、平柳という選手は。



この状況で俺が最低限やらなければならないミッションは、平柳君を3塁に進めること。



死んでも1アウト3塁という状況を作り出さなければならない。



そのためには、右方向への打撃が出来るかどうか。



もちろん、フライではダメ。



ベンチからの右に打ちなさいというサインは出ておらず、あくまで俺に任せてくれたようだが……。




セカンドゴロ。ファーストゴロをきっちり打てるかどうかという、俺が今シーズン地道にやってきたことが今求められている気がする。



2球目。




インコースにビシッとストレートがきた。




「トライク!!」




インコースのベルト付近ギリギリのストライクコース。



うーん。やはり相手バッテリーも、右方向には打たせんとばかりにすぐさまストレートを投げ込んできた。



このボールを続けられるとつらい。



最後にこのボールで決めにくるなら、次はどんなコースでも打ちにいかなくてはならない。



そう判断にして、相手が投げてきた3球目は高めのストレート。


俺は右におっつけられるところまで引き付けて、強引に打ちにいった。








バキィ!!



すると、バットが真っ二つ。せっかく新調したばかりの、アンダーの人達にもらったバットが真っ二つになってしまった。



そして打球は右方向へのフライとなった。



やばい、フライを上げてしまった! 最悪だ!



とは思わなかった。



何故なら今シーズン、数えきれないくらいあった、ある意味俺らしいバッティング。



どん詰まりだったり、バットが折られていたりしても、ボールを手元まで引き付けて、きっちり右手で押し込んで打ち返したその感覚が確かにあったから。






俺の生命線と言える、右打ちの中でも究極の部類。プロ初ヒットでもあった、必殺のライト線打ちのまさにそれなのだから。


ヒットになる確信に近いものがあった。


切れゆく打球を必死に追いかけるファーストとセカンドの背中を見ながら、よっしゃと右手を握りながらにんまりとする俺だった。








「バットが折れました! 打球はファーストの後方! 面白いところだ、ライト線!………………フェア、フェアーです!! ライトがファウルグラウンド、打球を追いかける!


……2塁ランナーの平柳は……もう3塁を回っている、回っている! ホームイン! …………打った新井も2塁へ向かっている! ヘッドスライディング、セーフだー!!」







「初回いきなり日本代表が先制!! ビクトリーズ新井!打率4割1分2厘を記録したスーパールーキーがいきなりの大仕事!バットを折りながらも、もぎ取ったタイムリーツーベースヒットです!!」



「いやあ、彼らしい右方向にしぶといバッティングが出ましたね、いいバッティングですよ!」




「そうですね! バットは折られましたが、新井の真骨頂といってもいいでしょう。高めを叩いた打球は、ライト線ギリギリに落ちるツーベースヒットになりました!」




「その前に1球インコースに厳しいボールを投げられていましたからね、恐らくバッテリーはこのまま追い込んだら、最後もそのボールだったでしょうから、追い込まれる前に、新井君が打っていった形ですね。



あのインコースを打つのは難しいですから。その辺りの読み合い、駆け引きがあってのタイムリーヒットですから、ものすごく大きいですよ」




「なるほど。そのインコースのストレートよりかはあの高めの方がヒットに出来る可能性が高いから打ちにいったわけですね?」




「ええ。しかし、新井君はヒットというよりも、ランナーを3塁に進めるバッティングだったと思いますけどね。その欲がないバッティングがいい方向にいきましたね」

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