平柳君、試合に集中して。

マウンド上では、台湾代表の先発の右ピッチャーが投球練習を行っている。



身長は180センチに細身の体型ながらがっちりとした下半身。



投球フォームも、体全体を使いながら深く踏み込んで放ってくる正統派なオーバースロー。



横から見ていると、唸るような豪速球というわけではないが、伸びがあるきれいな球筋のストレートを投げ込んでいる。




「結構コントロールよさそうっすね」



俺の少し前で、投球練習するピッチャーに合わせてスイングをしていた平柳君がネクストの輪っかまで下がって、滑り止めのスプレーをしながらそう言った。



「そうだね。ストレートも速くて140ちょっとくらいだろうしね」



「いや、もうちょっと速いと思いますよ。147、8くらいは出てますよ、多分」




「あら、そう?」




少し疑問を持ちながらも、俺も彼と同じようにタイミングを取りながら、おニューのピンクバットの振り心地を確かめる。



すると、準備を終えた平柳君の顔つきが変わった。



「新井さん。先に行ってきます。………のその前に……」



「その前に………?」




「お尻触ってもいいですか?さっき触りそびれちゃったんで」



「早くいけや、ボケ」





「1回裏、日本代表の攻撃は……1番、ショート、平柳」









「さあ、1回の裏日本代表の攻撃です。1番は東京スカイスターズの平柳が左バッターボックスに入ります。日本シリーズでも、大活躍でした。今シーズンはキャリアハイとなる、打率.351、27本塁打という成績でした」



「この平柳と2番の新井でしょうね。打線のポイントは。この2人でチャンスを作って、3、4、5番に回したいとこですね」



「その平柳に対して、台湾先発のチャン、第1球を投げました! 高め外れました、1ボール。初球はストレートから入ってきました。少し力んだでしょうか。キャッチャーが低めに低めにというジェスチャーをしながらボールを返します」




初球は高めに速い球がスパーンと外れたのは、相手ピッチャーの明らかな投げミス。大会の初戦、それも日本戦に先発してくるピッチャーだから、恐らくは台湾で1番いいピッチャーなのだろうけど、1番バッターの初球は明らかなボール球。


自分がいいピッチングをして流れを呼び込むんだと気合いが入りすぎた感じ。



普通のバッターならば、初回だし、じっくりボールを見極めていこうと考えるような場面だが、平柳君は違う。



2球目の真ん中低めのストレートを思い切り打ちにいった。



快音が響き、飛び付くセカンドの右を痛烈な打球があっという間に抜けていく。





打球がライト前に転がり、かっこよくバットを投げた平柳君が打球を見ながら1塁をオーバーランする。


内野にボールが返ってきたのを確認しながらゆっくりと1塁ベースに戻り、バッティンググローブを外しながら、1塁ベースコーチおじさんに笑顔を見せる。



初回先頭打者の鮮やかなクリーンヒット。



そのバッティングを見ていたファンから、さすが!俺たちの平柳!!みたいな声が混ざっているような揺れる大歓声で、スタンドは大盛り上がり。


もう1点取ったようなそんな雰囲気の中、今日はピンクのユニフォームではない俺がホームベースに向かって歩き出す。



「2番、レフト、新井」



ベンチからのサインを伝達する3塁コーチおじさんの所作を確認し、ふーっと息を吐きながら俺はバッターボックスに足を踏み入れた。



「よろしくっすー!」



足場をならしながら、いつものようにキャッチャーと球審様にご挨拶。



言葉の壁。国籍の壁があるのかと思いきや、俺の飄々とした挨拶に、台湾のキャッチャーはしゃがんでマスクを付けたまま目線だけ合わせるようにしてペコッと頭を下げた。


そして、ガッチリした色黒のプエルトリコ人の球審は、やあと言いながら、ストライクカウントをカチカチするやつを持つ右手を挙げた。





「1番の平柳がライト前ヒットで出塁しまして、ノーアウトランナー1塁で、バッターボックスには新井。今年新規参入しました、北関東ビクトリーズの2番バッターであります、新井時人が入ります。



28歳、入団テストを経て、ドラフト10位指名でプロ入りしました遅咲きの苦労人。今回は25歳以下の国際試合ですが、プロ通算2年以内の選手も出場可能ということで、プロ1年目の新井は参加資格を得て、今回代表入りしています。



今画面に表示されている通り、今シーズンは4割1分2厘という脅威の打率をマーク。規定打席には僅かに足りませんでしたが、放ったヒットは142本。


先ほど平柳を東日本リーグの首位打者と申しましたが、これは球団を通しての新井からのお願いだそうでして」



「あっ、そうですよね。私もシーズン終盤に、ビクトリーズの取材で耳にしましたよ」



「新井が規定に足りなかった打席は僅かでしたから、みなし首位打者として認定されるところだったんですが、新井はそれを嫌いましてね。


報道各社には自分を首位打者と言わないでくれたと伝えられ、それを尊重する形で、東日本リーグの首位打者はスカイスターズの平柳とご紹介しています。


そして、入団1年目の選手としましては、安打製造機と呼ばれた、あの榎本さんに次ぐ、歴代7位の記録。



東日本リーグのルーキー右バッターとしては、歴代2位の記録であります。その新井がバッターボックスですが………初回日本はどう動いてくるでしょうか。1塁ランナーの平柳は今シーズン34個の盗塁を決めています。当然、足も使えます。新井もこういった場面での小技の上手さもあります」



「そうですね。新井に送りバントさせるのはもったいないかもしれませんが、大事な初戦ですし、まずは得点圏にランナーを進めたいところではありますからねえ」



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