最初のが全てだった。
「さあ、帽子をベンチに置き忘れてしまった新井がレフトのポジションに戻りまして、改めて試合が始まります。新井は先ほども選手紹介の際に転倒してしまっていましたので落ち着いてプレーして欲しいものです。
解説席の大原さん。この開幕戦、ポイントはどの辺りでしょうか」
「やはり、添田の立ち上がりでしょうね。今シーズンは年間通していいピッチングをしていましたが、初回、2回辺りに失点してしまうケースもありましたんでね。立ち上がりの1、2回。ここを上手く切り抜けられれば日本としては非常に大きいですね」
「なるほど。愛知ドラゴンスの勝ち頭。今シーズンは自己最多の12勝を挙げました、その添田。初回はどんなピッチングになるでしょうか。………台湾のトップバッターが左バッターボックスに入ります。リン・ウェンジュ。今季台湾リーグで首位打者を獲得した20歳と若い選手です。
ピッチャー添田。振りかぶって第1球を投げました! ……低めストレート決まりました! 1ストライクです。いきなり150キロが出ました」
「いいボールですね。もう初回は考えすぎずに、このくらい思いきって投げた方がいいですよ」
「2球を投げました! またストレートだ! 打ちました、レフトへ上がった!!」
「打球はライナー! レフト、新井の正面ですが……左バッターの少し切れていく打球!新井がずーっと前進しまして…………掴みました! アウトです!
正面のライナー性の打球、地面ギリギリで新井がなんとか捕球しました! 1アウト。……少し場内がどよめいています」
「いやあ、優しい打球ではありませんでしたし、国際試合の初回先頭打者の打球ですから、独特の緊張感があったと思います。ナイスキャッチですね」
「さあ、まずは1アウト。右バッターボックスには、2番のチェン・ジーウェイです。細身な体つきですが、今シーズンは12本ホームランを放っているパンチ力のあるバッターです………。甘いコースに行かぬよう気をつけていきたいところですが……。
そのチェンが初球を打ちました! 引っ張った、レフトに高く上がりました! レフト線、大きな当たりです!
レフトの新井が………バックして、バックして、フェンス際、ジャーンプ!………どうだ!? ……捕っています、捕っています! レフトの線審、リガザエフさんの右手が上がりました! これもナイスキャッチ! レフト新井のファインプレー!2アウトです」
「フェンスが気になるところでしたけどね。素早く落下点に入って、上手いプレーでしたね」
「ピッチャー添田、2アウト。3番バッターを迎えています。ここまで力のあるボールを大胆に投げ込んでいる印象ですが……キャッチャー浦野のサインに頷いて第5球を投げました! いい当たりだ! 左中間へ飛んでいる!」
まーた俺のところだよ。
正面のライナー、フェンス近くの大飛球、今度は左中間へのハーフライナー。
左中間の真ん中も真ん中だが、直前にセンターの藤並君が俺のポジションを左中間寄りに寄せていたので、ちょうどギリギリ追い付く打球になっていた。でなければ左中間を真っ二つにされているくらいのいい当たり。
1番バッターの正面のライナーよりも、2番バッターのフェンス際のフライよりも、この打球はまだ簡単な方。
グラブをはめている体の左側で捕れる打球なので、なるべく打球から目線を切らずに、足からズザザーと滑り込みながら差し出したグラブに打球が収まった。
そのクラブを上に掲げると、追いかけてきた審判おじさんが拳を握った。
俺は立ち上がって、ほっと一安心しながら、藤並君とグラブタッグをして、ボールを左中間スタンドに投げ入れた。
ベンチに駆け足で戻るまでの間、360度取り囲んだ野球ファンの拍手と歓声がこれ以上なく心地よかった。
「新井さーん、ナイスー!」
「いいよー!ナイスキャッチ、ナイスキャッチ」
「新井さん、かっこいー!ファインプレー3つですよ!ファインプレー3つ!!」
「全然ファインプレーじゃないよ! 危ないプレーばっかりだったよ!」
「そんなことないっすよ!ナイスキャッチ、ナイスキャッチ!」
ベンチまで戻ると、控え選手達がニヤニヤしながら皆立ち上がっており、何かおもしろがるようにして俺の方にやってくる。
帽子をベンチに忘れてもたついていた男のところに、初回にいきなりフライが3つ飛んでくれた面白がらない方がおかしいか。
俺はグラブ右手を挙げながら、チームメイト達の出迎えに応えようとしたが、皆さんの狙いは俺のおケツだったようだ。
ちゃんとハイタッチするのは、4人に1人くらいのもので、後の連中は当たり前のように俺のおケツに手を伸ばす。
俺はそんな悪魔のような手を振り払いながら、打席に立つ準備をする。
すぐ隣では同じように1番バッターの平柳君がクラブを外し、右足にレガースをはめている。
そして黒色のバットを両手でにぎにぎして感触を確かめると、バッティンググローブとヘルメットを持ってベンチを飛び出した。
俺も彼に続いてピンクバットを手にしながらグラウンドに出る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます