腰はだいぶマシになったけど、めっちゃスベった。

という絡みがあってからの2日後。



大学・社会人選抜チームとの強化試合の試合前練習。



監督をはじめとした首脳陣、チーム関係者、プロ野球OB、報道陣。たくさんの人達の視線が集中するバッティングゲージの中に平柳君がいた。



バッティングピッチャーおじさんが放ったボールを鋭いスイングで次々と捉える。



右へ左へ。ヒットゾーンへ鋭い打球がどこまでも。



強化試合の会場となっている愛知ドームに、平柳君の白球が美しく輝いていた。



「いやー、すごいなあ」



「いいスイングだ。上げた右足のタメがいい」



次のフリーバッティングの順番待ちをする俺の目の前で、プロ野球OBのおじさん達。



2000本安打を記録してプロ野球殿堂入りも果たしているレジェンド級のおじさんが唸るようにして平柳君のバッティングを見つめている。



24歳にして、現役最高のショートと称され、今シーズンは打率3割4分1厘、27本塁打、35盗塁。


自身2度目の首位打者と盗塁王のタイトルに、年間MVP最有力。さらに日本シリーズでもMVP。


ただでさえ球界の盟主、東京スカイスターズのスター選手なのだから、そりゃあみんな注目する。



俺の規定未達の打率4割なんか霞むほどに。



他にはいない輝かしい選手だ。この平柳裕太という選手は。







「お疲れ様です!」



と、俺が元気に挨拶をしても、プロ野球のOBおじさんは、お、おう。みたいなリアクションである。


一応はパッと俺の顔を見はするものの、明らかに誰だっけ、こいつ感は半端ない。



たった1年、新規参入の球団でレギュラーを張ったくらいでは、プロ野球のレジェンドおじさんには顔も覚えてもらえない。



まあ、みんな日本代表の同じユニフォームだから仕方ないと言えば仕方ないが。



通り過ぎる俺の背中のローマ字ネームを確認する視線が妙に痛く突き刺さる。俺にバレないようにそっと確認するそのコソコソ感が余計に俺を傷付けるのだ。





カアンッ!!




「ありがとうございましたぁ!」




最後の一振りで右中間の真ん中を真っ二つに破る打球を放った平柳君が、ヘルメットを取り、バッティングピッチャーおじさんに礼を言う。



そして、額の汗を拭いながら、足場をならして、バッティングゲージから出て、こちらに引き返してくる。



すると、その周りを取り囲んでいたギャラリー。OBおじさんや報道陣、取材陣もなんとなくその場から離れていき、引き上げる平柳君を追うようにしてこちらにやってくる。




あやうくその集団の1人にぶつかりそうになり、俺は寸前のところで避けた。



「おっと、失礼」











どうして俺が避けてあげねばならんのだ。







さっきまでゲージを取り囲んでいたわいわいしていたのが嘘のよう。


俺のバッティング練習の時間になると、周りには誰もいなくなった。



監督や打撃コーチすらいない。



ふざけている。新しく出来た最下位チームで、優勝やAクラス争いなんかとは無縁の場所。


プレッシャーの少ない立場でお気楽にやっていたとはいえ、それなりの成績を残したわけですから、もうちょっと丁重にして欲しいよねえ。



誰もいなくなるなんておかしいですわよ。




「わたしはちゃんといるっスよー!!」



振り返ると、バッティングゲージの真後ろで、ハンチング帽を被り、チェック柄の服を着た女の子が俺に手を振っている。



週間東日本リーグのビクトリーズ番記者の大本さんだ。中学時代の同級生。



俺がグラウンドに現れたのと同時に姿を表した感さえある。




「よろしくっすー!」



やかましい記者は放っておいて、俺もバッティングピッチャーおじさんに挨拶をして、フリーバッティングを開始する。



ど真ん中に投げてもらってバントする。



1塁線、3塁線。



それぞれギリギリなところに向かって丁寧に転がし、ボールの転がり具合、切れ具合を確認する。



愛知ドームは初めてだからね。



こういう確認はしておかないと。



どうせバントさせられる羽目になるんだから。




だいたいの展開は分かりますよ。


4割打者ですから。






「スタメンを発表するぞ!!」




「「はい!!」」




試合開始1時間半前。



試合前練習が一段落して、ベンチ裏のミーティングエリアにみんな大集合。


さっきまでの全体練習ではワイワイと賑やかにやっていたけど、いよいよとなるとチーム全体に緊張感がピシッと張り巡る。



そんな雰囲気になると、ルーキーとはいえ、1番の年長者である俺がリラックス出来る空気感にしていかなければと。


そのために代表に選ばれたのだと、そんな気持ちが腹の底から沸き上がってくるのだから、本当に恐ろしい。



コーチ陣に囲まれる監督を真ん中にして、選手達がずらりと並ぶ。




オーダー表のぺらっぺら用紙を手にした監督が選手の名前を読み上げる。




「 1番ショート、平柳!」



「はい!!」



「2番ファースト、遠藤!」



「はい!! 」



「3番ライト、下林!」



「はいっ!」



「4番DH、棚橋!」



「はい!」



「5番サード、 青竹!」



「はい!」



「6番セカンド、平!」




「はいっ!」




「7番センター、藤並!」



「はい!」



「8番キャッチャー、浦野!」




「はいっ!」





「9番、レフト、新井!!」




「はい!チョモランマ!」






「「…………………」」






「ピッチャーは、添田!」













うーん。スベりましたねえ。




一瞬、怖い妙な間がありましたわねえ。

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