平柳君………ドン引きですよ。

そしてそこから、シャワーを浴びて朝食バイキングを食べて部屋に戻っても……。



「ぐがー!ぐがー!」



平柳君はまだ寝ていた。まあ日本一ですから、一晩チームメイトとはしゃぎまくったんだろうけど。



1回部屋を出て外の空気を吸った分、余計今はビール臭い。




「ぐがー!………ん。……むにゃ、むにゃ………あ、おはよーございます。新井さん」



あ、起きた。



少し肌寒いからか、ふわふわの掛け布団にくるまりながら、ベッドの上でむっくりと体を起こす平柳君。



瞼をこすりながら、俺のことを見つめている。




「おはよう。ずいぶんと飲んでたみたいだね」




「……うーん。そんなには飲んでないっす。俺、酒弱いんで……」



平柳君がそう言うと、部屋の中は静かになった。



エアコンの稼働音が少し聞こえるだけ。



彼とは同じ東日本リーグに所属しているとはいえ、3週間に1回かはたまた1ヶ月に2カード分の対戦か。



そのくらいの頻度でしか会わないし、グラウンドで俺は2塁ベースに到達した時にちょこちょこっと話すくらいの間柄なので、別に仲が良いとかそういうわけではない。



まるで委員会の時にだけ顔を合わせる隣のクラスの女の子と、遅れて待つバス停でふと鉢合わせしてしまった。



そんな感じの微妙な気まずさがあったりなんかした。







とはいえ、無言が続くのはあれなので、練習の支度をしながらベッドで座ってぼーっとする平柳君に俺は話しかけた。



「まあ、とりあえず日本一おめでとう。終わってみればスカイスターズの強さが凄かったね」




「ありがとうございます!試合見てましたか?」




「ああ、見てたよ。試合が始まるくらいの時間はちょうどご飯時だったから。優勝が決まった昨日の試合はこの部屋で全部見てたよ。前村君とかと集まってさ」



「マジすか! 嬉しいっす!頑張った甲斐がありました!」



はあ?頑張った甲斐ってなんやねん。誰のためにやってんねん。チミは……。




「でもさ、なんで今日もうここにいるの? 代表の合宿を都内でやっているからって。昨日の夜日本シリーズが終わったばっかりなんだから、もう少しゆっくりしていればよかったのに。そういう連絡をもらったりしたでしょ?」




俺がそう呟くと、平柳君はベッドの上でぺちゃんと座り直して、改めて俺の方を向く。



「少しでも早く新井さんに会いたかったんで!」



そう言って彼はニコー! っと眩しい笑顔を見せた。



あれ? 平柳君ってそっち系ですか?



確かに今まで女性関係の話題は聞いたことがないけれども。



「どうしました? 新井さん?」



「いや、別に」



これはヤバい部屋割りになってしまったかもしれない。







「じゃあ、そろそろ練習に行ってくるから」



と、セカバンを背負って立ち上がると、平柳君が飛び付くようにして俺の足をがっちりと掴んだ。



「そんなあ! まだ時間あるじゃないっすか! もうちょっと一緒にいて下さいよ!まだまだお喋りしたいことがあるんですからぁ!」



そう喚くようにしながら、俺のふくらはぎの辺りに顔を擦りつける平柳君。こんなキャラだったのかよ。



「うるせえ! まだ酔ってんのか、お前! キモいぞ!それでも日本一の選手かよ!」



「え? 別にもう酔ってませんけど」




「なおさら怖いわ!」










ピンポーン!





と、こんなタイミングで部屋の呼び鈴が鳴る。




「ほら、邪魔! 離れろ!」



「きゃうん!」



しがみつく平柳君を蹴り飛ばす。




そして、ダッシュするようにしてドアまで向かいガチャリと開ける。



するとそこには、前村君がいた。



「新井さん、おはようございます。準備出来ました?そろそろ出発しないと」



まだ全然代表慣れしていない俺を迎えにきてくれた、優しい男。


ピッチャーなのに。



「ああ、今しがた………」



と、言い掛けたところで、俺の背後から平柳君が飛んできた。



「まえむー! 会いたかったよー!」


前村君の長身で逞しい体に、平柳君がまるで腹をすかせたヒルのように引っ付いた。








平柳君のぶっちゅうな絡み付きに、前村君は虫を払い除けるようにジタバタした。


「ちょっと! 平柳さん、気持ち悪いっすよ! 離れて!」



「いやーん! 西日本リーグのスーパーエース様に、せっかく会えたんだものー!もちろん1番は新井さんですけどね! ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」



と、平柳君はさらに強く前村君に絡み付いた。



こ、こいつ。狂ってやがる……。そう思いながら、目の前光景をす眺めているだけの俺。



さっきまでは、新井さん!新井さぁん!などと俺に夢中だったのに。


手の平を返したように、次の瞬間には前村君にべったりしているんだから、見境のない変人以外の何者でもない。野球をやり過ぎるとこんな弊害が生まれてしまうのか。



とはいえ、せっかく可愛がっていた野良猫が別のおばちゃんの方になついているのを見つけてしまった気分。




「まえむー! もっとかまってよー!」




「いい加減にして下さいよ!!」



体格では優に勝る前村君の一撃で、平柳君が部屋の真ん中へ吹き飛ばされた。



「さっ、新井さん! 練習いきましょ!」



「あ、ああ……」



前村君に促されるようにして俺は荷物を持って部屋を出た。




「全く。現役ナンバー1ショートストップがあれじゃ、プロ野球界もおしまいですよ」



と、前村君はため息をついたが、まんざら本気で嫌そうな態度ではなかった。

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