4番の男が監督にいじられた

写真撮影が行われていた部屋よりも少し広くちょっとだけ豪華な所に、等間隔な塩梅で座り心地の良さそうなチェアが置かれていて、数人のチームスタッフが忙しくその周りを動き回っている。



俺と前村は荷物を部屋の隅に置き、邪魔にならぬようなささっと移動して端っこの空いていたチェアに腰掛ける。



部屋の中央にはもう20人近くの選手が既に揃って腰を掛けており、その正面に配置された椅子には、コーチ陣が勢揃いしている。



そして、日本代表監督である稲木さんが遅れて現れると、部屋にいた全員がシュバッとその場から立ち上がった。




「おいっす、おいっすー! いいよー、座っててー」



選手やコーチ陣営はまるで組織の親分が姿を見せたみたいに厳かな雰囲気を見せたが、稲木監督の飄々とした雰囲気がそれを打ち消した。



さらに稲木監督は………。



「おっ、夏に見た時よりも体がでかくなったな! いいもん食ったのか? アハハハ!」



と、1番前の列に座っていた大柄な男の背中をバシバシと叩いた。



監督に絡まれたその選手は、ちょっとどう反応していいか分からないような様子でペコペコと会釈を繰り返す。



まるでお相撲さんみたいなその男は、京都パープルスの棚橋。



西日本リーグのホームラン王だ。





「よーし、顔合わせとミーティング始めるぞー。みんな揃ったかー?」



稲木監督の補佐的な役割。いくつもの球団でリーグ優勝や日本一を経験してきたベテランのヘッドコーチが皆の前に立つ。口調は柔らかいが、やはり歴然の敏腕コーチ。


現役時代は200本以上のホームランを打った方ですから、体格とオーラが違う。



そんなコーチも現れ、た少し緊張した面持ちの若い選手達。



今日本シリーズを戦っている、東京スカイスターズと福岡ハードバンクスに所属する以外の選手が皆勢揃いした。



簡単にコーチ陣やスタッフの紹介が行われ、選手達の名前が読み上げられ、点呼が取られる。



そして、今大会の概要な大会規定などが説明され、1人1人に資料が手渡され、大会スケジュールも合わせて確認された。



同時に、滞在ホテルでの部屋割りも。



投手同士野手同士の、2人1部屋で振り分けられており、俺と相部屋になっていたのは……東京スカイスターズの平柳君だ。



年俸1億8000万円と300万円の格差部屋の誕生である。



「大会期間中は、予備日以外は飲酒、外出は禁止だからなー。フライデーされんなよ。負けたらめちゃくちゃ叩かれるぞー」




最後にヘッドコーチはそう言うと、選手達から乾いた笑い声が上がった。






翌日。11月4日。



アジアベースボールカップ2017に臨む日本代表の合宿初日がやってきた。



朝9時に滞在先のホテルを出発して大会が行われる場所でもある水道橋ドームへバスで向かう。


やってることは、ビジターの時と変わらないんだけど、周りのメンツとレベルが違いますから、やっぱり緊張してきますよ。



今日明日の日本シリーズは、福岡ハドオクドームでの開催。



水道橋ドームを使っての練習が出来る数少ない日だ。



そして午前10時。



全体練習が始まる。




メニューは至って普通。全員でぺちゃくちゃお話しながらゆっくりとドーム内をランニングして、トレーニングコーチの真似をするようにして、ストレッチと体幹トレーニングを行う。



ビクトリーズの時もやっているようなサーキットダッシュをして、野手は適当な相手を見つけてキャッチボールとティーバッティング。



それまではグラウンドには選手とスタッフ数人だけでヘラヘラしながら和気あいあいとやっていたのだが。



バッティングゲージが2基。ガラガラとスタッフに押されて用意されて、どこからか派遣されたバッティングピッチャーおじさんが現れると、首脳陣達もグラウンドに姿を表し、バッティングゲージの後ろに陣取った。








稲木監督は、グラコン姿で腕組みをして、ヘッドコーチはその横で何やら色んなデータが記載されていそうな資料を取り出す。


そして、打撃コーチはバッティングゲージの縁に足をかけて前のめりになる格好でフリーバッティングをする選手を睨み付ける。



何か気になるところがあれば険しい表情で意見交換をするようにするその姿が、選手達に多大な緊張感をもたらす。



1人2人と、決められた持ち時間の中でフリーバッティングが行われていく。



カアンッ!



カアアンッ!



カアアンンッ!!



若手とはいえ、さすがは日本代表に選ばれる選手達。




鋭い打球がグラウンドを這うように転がり、ネットに破らん勢いで跳ね返り、外野の間を抜け、フェンスにぶち当たり、時たまスタンドの高いところまで弧を描いて飛んでいく。


もう少しで看板に当たりそうな打球もあるくらいだ。



ビクトリーズさんのチームにいる選手らとは一味も二味も違う。



そんな凄い選手達の中に入って、果たして俺が通用するのかと、不安になってしまうくらい。




カアンッ!!




「あざしたー!」




と、あまりよく知らん選手が戻ってきていよいよ俺の番だ。



日本代表の監督、コーチ陣が目を光らせているからね。



ちょっとくらいはいい所を見せないと。


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