前村君、まだまだ君は若いな
かしまし娘達にちやほやされる満足感は満たされたので、開いたカバンにスマホを投げ入れ、おもむろにバットをにぎにぎしながら俺は撮影の順番を待っていた。
今行われているのは、アジアベースボールカップで使用する宣材写真の撮影である。
バックスクリーンに写し出される肩から上だけのお写真とか。テレビ中継でスタメンや選手紹介された時に使う全身のやつ。
ピッチャーならグラブをはめてボールを握ったり、野手ならバットを肩に乗せたり構えてみたり。
そんなタイプの写真撮影。ちょっと緊張するやつだ。
「それでは、新井選手お願いします!!」
待つこと10分。いよいよ俺の出番である。
まずは背後が真っ白のパネルが置かれた真ん前に立たされ、キャメラを向けられる。
「それでは少しにこやかな表情をしていただいて………」
と言われた俺は、初めてみのりんの控えめブラジャーを頭に巻き付けた時のことを思い出して満面の笑みを浮かべた。
「はい、オッケーでーす! 次は少し斜めになって頂いて…………………はい、撮りまーす。………オッケーでーす! 次は全身を撮りますね。………小さく2歩前に出て頂いてから、カメラに向かってバットを構えて頂けますか?………いいですねー!」
などと、カメラマンに唆される格好で俺は撮影を済ませた。
撮影はスムーズで他の選手が確認作業を含めて7、8分かかるところを5分もかからずクリア。
やっぱり、イケメン枠で代表に選ばれていますから、他の汚い奴らみたいに何枚も録り直す必要はありませんからね。
ふーっと息を吐きながら置いてあったお茶のペットボトルを開けながら椅子に腰かける俺に忍び寄る1つの影。
「新井さん、お疲れ様です!!」
ハキハキとした挨拶が部屋に響く、顔を上げるとそこには長身の爽やかイケメンが俺に頭を下げていた。
「交流戦の時以来ですね。こうやってゆっくり会ってみたかったんですよ」
大阪ジャガースの前村。今シーズン15勝を挙げて最多勝のタイトルを獲得した日本球界を代表する左腕の1人だ。
ちょっとオーラが違う。
俺はその雰囲気に、思わず椅子の背もたれから体を上げて、立ち上がりそうになったがその前に前村が俺の横に腰を下ろした。
「新井さん、今シーズン凄かったですね」
と、彼はテーブルの上でスマホを滑らせるようにして置きながらそう言った。
「まあ、いろいろと上手くいったよ。自分でも信じられないくらいだけどね」
俺はそう返した。
あれは5月の半ば。
今シーズン俺は、142本のヒットを打って打率4割1分2厘をマークしたわけだが。
その最初のヒットはこの前村のノーヒットノーランを阻止する1打だったことを俺は思い出した。
そしてこの前村と会うのはその時以来。
しかもその時だって、1人のピッチャーと代打で出てきた1人のバッターという関係。
別にその時とか試合が終わった後に話をしたりとか、メディアを通したりしてメッセージを伝えたり、お互いの顔をチラリとでも見たりしたわけでもない。
ピッチャープレートからホームベースの18、44メートルの間で1打席だけの勝負をしたまで。
しかし前村は、まるで昔からの球友ような口振りと表情で俺の隣に腰を下ろした。
こうして仲良さげに言葉を交わすのに、その1打席のやり合いで十分だったということなのだろうか。
「日本シリーズ見ました? 平ちゃんめちゃめちゃいい調子ですよね! このまま代表に合流してくれたデカイっすよ!」
「確かに。最近あの子、インコースの捌き方が上手くなったからねえ。俺も見習いたいよ」
「何言ってるんですか。新井さんだってインコース打つの上手くなってますよ。………ほらあの、ジャパンテレビの夜中のスポーツニュースでやってる、100分の1のやつのバットコントロール部門で、俺、新井さん入れましたよ」
「マジで。ありがとう! まあ、俺もスピードボール部門で君に入れておいたけど」
「マジすか!? あざす!!」
「スマホで調べたら、やっぱり君の名前が1番に出てきたからさ」
「えっー!? なんですか、それぇ!」
「あはは!冗談、冗談」
「写真撮影が終わった方は、突き当たりの部屋に集まって下さい。くれぐれも忘れ物のないようにお願いします。1人は必ず高価な腕時計を置いたまま忘れてしまう方がいらっしゃいますので」
スタッフの男性がそう言っていた中、早速西日本リーグのピッチャーの奴がネクタイを椅子に引っ掛けたままなのを思い出し、慌てて戻ってきた。
ユニフォームからまたスーツに着替え直して、自分のユニフォームが入った段ボール箱を抱えた選手達が写真撮影が行われている部屋を出ていく。
俺もよっこらしょと荷物をまとめて立ち上がると、前村君も一緒になってぬうっと席を立つ。
「あれ? 前村君は写真撮影しないの?」
「俺は去年のやつをそのまま使えるんで。大丈夫なんすよ」
「あら。日本代表の常連は違いますわね」
「止めて下さいよ」
前村君はそう言って謙遜したが、彼はここまでプロ5年で既に70勝を挙げており、前回のワールドベースボールリーグでも、最年少で日本代表に名を連ねており、1次リーグでは勝利投手になる活躍もあった。
それからはことある毎に、日本代表としてまずは名前が挙がるピッチャーであり、今回のUー25の日本代表でも、押しも押されぬエースだ。
恐らくは最も警戒しなくてはいけない韓国戦の先発を務めることになるだろう。
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