3人娘は、俺に対する敬意ってもんが足りない。

今のプロ野球では、1球団につき、70人の支配下選手登録が可能で、通常ならば70人いっぱいに選手を保有してシーズンを戦うのが定石なのだが、うちは60人しか選手がいなかった。



去年のドラフトで俺や柴ちゃんなど10人の新人選手が入ったわけだが、それを除くと50人。投手野手合わせてたった50人だ。


これでは2軍の試合をやろうとしたら、人数が足りなくなる。



まあ、そんなチーム状態のおかげで、俺がプロ野球の世界にギリギリ潜り込めたわけでもあるけど。



中には、阿久津さんや鶴石さん、赤ちゃんなどのように給料なんていくらでもいいから入れてくれ!試合に出たいんじゃこっちは!



というような選手も当然いたわけだが、もう戦力外がちらついているくらいに切羽詰まっていない限り、スポーツ選手が環境を変えてプレーするのは、相当な覚悟と決心がいるものだ。




俺だって、最下位を爆走していたビクトリーズというチームだったからこその活躍だったろうし、これがまかり間違って、もっと競争の激しいチームに行ってたとして、同じようにニコニコしながら野球出来ていたかと考えると、なかなか難しかっただろう。




そういうチームに入ってしまっていたら、2軍にいてもチャンスがもらえなかったんじゃないかと。



そう考えるだけでも恐ろしい。








「第7巡選択希望選手。……北関東ビクトリア。……山田ブライアン。18歳、外野手、帯広陵北高校」




ドラフト会議は見ながらも、若干飽きてきて、スマホをいじりながら横になっていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。



ドラフト会議のテレビ放送は、第6巡辺りの途中でお開きとなり、夕方のニュースに切り替わる。



有名芸能人の電撃入籍の話。北朝鮮問題。高速道路での事故や火事のニュース。



日本シリーズメインのスポーツコーナーの後に、ある商店街でのお惣菜頑張り物語みたいな特集を見ていたら一気にお腹がすいてきた。



すると、キッチンの方からみのりんの声がする。




「新井くーん。今日餃子だよー。手伝ってー」




「ほーい!」




テレビを消してダイニングに向かうと、買ってきたばかりスーパーの袋をがさがさと漁るみのりんの姿。



真っ黒のタイツにグレーのスカート。セーターにベージュ色のコート羽織った彼女が赤縁の眼鏡の下でさらに赤く頬を染めている。



だいぶ外も寒かったのだろう。



まるで大福のように柔らかいみのりんのほっぺたを包み込むように俺は手を伸ばした。



「寒かった?」



「うん。マスクしてたけど。………新井くんの手あったかいね」



そう言って彼女は、少しうっとりするようにして、目を細めた。




という、安堵と快楽と欲望にまみれたオフモードは終了。



まあ、ペナントレースが終わったという意味ではオフシーズンなのだが、暦は11月に移り変わり、水道橋ドームとハドオクドームで、東京スカイスターズと福岡ハードバンクスの日本一を賭けた熱い戦いが繰り広げられている最中だ。




ビクトリーズが日本一を決めるその舞台に立てるのはいつになるのかしらと考えると、気が遠くなりますわ。



恐らく、俺が現役のうちは無理でしょうね。最低10年掛かりますよ。





1勝1敗となって、今日第3戦が行われる11月3日。日本シリーズはそんな時期。



そのタイミングで俺は、東京都内のとあるホテルにやってきた。



朝早く起きて、みのりんとポニテちゃんに見送られながら駅に向かい、新幹線に乗って上野駅に降り立ち、立ち食い蕎麦で腹ごしらえをして、指定されたホテルにやってきました。



ビシッとスーツに着替えましてね。



「お待ちしていました、新井さん。どうぞこちらへ」



と、案内されたのはホテルの2階にある多目的ルームで、部屋の真ん中に長テーブルと椅子が置かれていて、控え室のようになっているその場所。



足を踏み入れると、カメラのフラッシュで眩しさを覚えた。



とりあえず、空いているテーブルに荷物を置く。





「こちら新井さんのユニフォームになりますので、ソックスとストッキングも履いて、全て着替えて頂いて、少しお待ち下さい」



大きな段ボール箱の中には、テレビや雑誌で見慣れた野球日本代表のユニフォームがきれいに畳まれるようにして入っていた。



紺色生地に、白いストライプ。胸にはJAPANの文字。



背中には弧を描くようにしてARAI。そして背番号は申請した通りの64。



カッコいい。正真正銘、日本代表のモノホンのユニフォームだ。



さらに見てみると、段ボール箱の中には、白ベースのビジター用ユニも入っていて、それらが2着ずつ。



俺は脱ぎ捨てるようにして、スーツを放り投げて、早速そのユニフォームを着てみる。



そして鏡の前に立つ。




おお! 普段真っピンクのやつですから、それと比べても、シックなカラーの代表ユニがなかなか様になっている。



これに加えて、新調したピンク色のバットを構えみると、これがまたなかなか。


スマホで1枚自撮りして、かしまし娘達のグループメッセージに送る。



するとすぐにシュババババ! と、3つ既読が着いた。





みのり




いいね! 似合ってるよ、新井くん!





マイマイ



ふーん。あんたにしてまあまあなんじゃない?



山さや




すごい! 日本代表の選手みたいですね!!





みたいってなんだ、日本代表みたいとは。実際にそうなんです!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る