幕間 前例主義と『災厄はここからはじまるのだ』

「この男、心臓は停止し瞳孔も開いておる」


 研究者は、まだ動き続ける軍人の体を解剖して、そう結論づけた。

 血液は止まっているし、心臓は動いていない。

 ついでに心臓に刃物を刺してみたが血は吹き出てこない。

 完全な心肺停止状態。

 ここに至り、。と結論がでた。

 さらに

「このゾンビ、通常の3倍は筋力があるようじゃし噛む力が強い。守備隊長など骨ごと砕かれておるわい」と分析を告げた。


 これを聞いて王様は事態の対応を半分正しく、半分誤って認識した。


「なるほど。皆の者!今回のゾンビはオーガやホブゴブリンクラス。成人男性の2~3倍の力が有るものとして対応せよ!既存のゾンビとは違う事を心せよ!!!」


 と敵の戦力を正しく言い当てた。だが


「おそらく!城内の人間はすべからく対呪術対策のアクセサリーを装着し術師を中心とした小隊を組んで活動せよ!!!」


 発生理由については認識を誤った。

 サンプルが少ないのだから、これは無理もない。

 仮に現実世界でも「町にゾンビが出ました。噛まれたらゾンビになります」などと、まだ情報の検証が行われる前から総理大臣が言えば国民は正気を疑うだろう。

 未知の事象については従来の価値観…前例主義で対応するしかなく、それが誤っていると気がついた時には事態は深刻化するのだが…

 これに対し大臣も

「そうですな。体は頑丈ですが意志はなく、ただただ人間を襲うことだけを命じられておるようです。

 と追従する。

 研究や分析には時間がかかるが政治にはそれを待つ余裕は無い。

 分からなくても仮定で結論を定め、その時点での最善を尽くす必要がある時もあるのだ。


 なので、ゾンビはあくまでとして片づけられた。


 まさか目に見えないウイルスの力で死体が動き出し、噛まれた人間も同じようにゾンビとなる奇病とは思いもしなかった。

 日本に来たキリスト教宣教師が神の教え至上の存在について説いた所、日本人は仏教の大日如来の教え至上の存在を説きに来たと勘違いしたように、人間は未知の物を見聞きした時、のだ。


 さらに王様は

「召還時に希望した条件は確か『体が頑丈』で『何度斬られても死なない』存在。条件が合致しておるな」

 と納得した。

 それを聞いて、今まで司祭の責任だと主張していた大臣も 

「あまりにも欲張りすぎた内容を求めると変な人間を召還してしまうようですな。次回は平均的な人間を選ぶことにしましょう」

 と、前言を翻したことで検証は終わった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 皆が消えた部屋で研究者は、今までの召還者の死体を始末していた部屋で、いつもどおりの解剖を行っていた。


「ふむ。筋肉の形状は前回のと同じ。ただ食糧事情が改善されておるのかな?脂肪が多いし血色も良い。これは地域的な違いがあるのかのう?」

 そういいながら切断された腕の断面を見る。

 皿に盛られた肉を食べながら。

「相変わらず、気持ち悪い食べ方してるな、じいさん」

 王様の退出した部屋で、急に一人の男が影から姿を現した。

 暗殺者である。

 研究者は突然の訪問にも驚いた様子もなく

「おお、暗殺者か。ご苦労だったな」

 研究者は肉を食べ続ける。


 ヨーロッパで細菌の概念が無い時代、医者は死体の解剖をした手で、そのまま妊婦の出産に立ち会う事が多かったという。

 さらにひどいことに、解剖した後の手を洗わず服もそのままだった。

 そのため彼らの服は血が目立たない黒系の服が主流だったという。

 死体というのは防疫機能が停止した存在であり、ばい菌の巣窟になる。肉体が腐敗するのはそのためだ。

 だが「汚れが見えなければ綺麗になった状態」という思考で、このような不衛生な行動は普通に行われていた。


 つまり、近世以前の研究者の衛生観念はその程度のレベルであり、医者が感染の片棒を担いでいた時代もあったと思われる。


「この男が死んでいるって本当か?」

「ああ、心臓は完全に止まっておるから、皮膚を切っても血が吹き出らんじゃろ」

 そう言うと柱でも切るかのようにメスを差す。血はほぼ出ない。

 同じ人間の形をしているが研究者も暗殺者も異世界人は人間では無い存在として蔑視しているので、マネキン人形のように何の躊躇もなく皮膚を切り裂いていく。


「ところで研究者。頼んでいた調査は終わったか?」

「ああ『何故、刃物が全然効かなかったか?』だったのう」

 と答えると一枚のシャツを見せた。


「これは?」

「繊維が特殊なのじゃろうな。糸の一本一本が鋼鉄よりも堅い素材で出来ておる」

 ケブラー材やポリカーボネート繊維に刃物を突き立ててみせる。

「へぇ。これ便利だね。研究が終わったら貰っても良い?」

「ああ、これはこの国では作れんだろうからなぁ。サンプルは取ったし、お主が持って行ってもかまわんじゃろう」

「そうかい?サンキュー」

 そういうと暗殺者はぼろ布で血を拭い、試着してみた。


 余談だが、中世の新大陸では天然痘で死んだ患者の毛布を敵に渡して疫病を蔓延させるという戦法が取られたことがある。

 他人の服は必ず洗濯して天日干ししてから着用するべきだろう。


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「ゾンビなのにオーガとかホブゴブリンみたいな力持ちって信じられるか?」

 城の地下で2人の兵士が暇そうに警備をしていた。

「さあな。でも守備隊長でもこんなザマだしなぁ。あながち嘘とも言えないんじゃないか?」

 二人がいるのは霊安室。

 先の戦いで死亡した守備隊2人の死体を警備していた。

「でも、隊長も運が無いよな。化け物に襲われてこんな姿になるなんて」

「ああ、顔の半分が無くなってるもんな。ハンサムだった顔が台無しだ」

 そう言うと凄惨な死に姿をちらりと見て、目をそらした。

 異世界人には冷淡でも同郷には優しい心の一つもあるのである。


「……………………ところでさ、さっきこの死体、

 その言葉に、男はびくりとふるえる。

 自分も同じ感想だったからだ。

「ここは死体がアンデット化しないように三重の補助魔法がかけられてるんだぞ。死体が動くわけないじゃないか」

 教会の最高位である3人が毎月点検し魔法をかけなおしている神聖な場所。

 銀行で言うなら金庫のような場所である。

 ここの死体がアンデット化するなら王国の死体は全てアンデットになっているだろう。と不安を振り払う。


 その後ろで、元守備隊長と兵士の2人がゆっくりと起き上がるのを知らずに…


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 翌日、軍人との戦いで死亡した守備隊長と部下の葬儀が行われる事となった。

 教会の人間は、二人の体に新しい服を着せ土葬の準備をしようと死体が安置されていた城の地下に歩いていた。

 そこには、あるべき死体が消えており、点々と血の後が残っていた。



 この日、王国は最初の脅威…ゾンビ感染第一波を体験するのである。



 ~ 未知との遭遇 ゾンビウィルスもし戦わば ~ に続く


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 たった一時間の戦闘では、というチート能力を見破ることなど不可能だと思います。

 コロナが日本で流行した際に、まだ実験や実例も出てない内から『コロナはただの風邪』とか『マスクは不要』『集団免疫をつければ大丈夫』と断定した人間がいましたが、こうして考えると恐ろしい気がします。

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