第18話 禁書の本領

 ゴケプゾを開く。

 とは言っても、やることはこれまでと変わらない。


「対私用にカスタマイズされているとは言え、フツーに強いよ? 勝てる?」


 心配、と言うよりは茶化すような口調で朱音さんが聞いてきた。


「気になるなら、アドバイスとか無いですかね」

「解放してくれたら女神の口づけでもいかが?」

「やる気が下がりました」

「どういう意味よ、それ」

「平常心に成れました。ありがとうございますって意味ですよ」


 嘘ではない。

 本当は怪物なんて相手にしたくない。怖い。膝が震えそうだ。


 だって、見た目も違うし。かと言って元は人間なら、殺すのも怖い。でも向こうは殺す気だと言うのは良く分かっている。


 結局は、死へ転げ落ちる崖の上にいるのは分かっているのに、生半可な覚悟しか決まっていないのだ。


 それでも、後ろに平常心の朱音さんが居る。いつも通りの光景がある。

 会話している間はいつも通りで居られる。


 これが、どれほど心強いか。この神様は分かってくださるのだろうか。


「末期の会話は済んだか? 禁書を持つ者同士だ。遺言ぐらいは聞いてやろうではないか」


 心臓の鼓動によってためられたような空気を吐き出す。

 きっと、自分が何か言ったら怪物は動き出すのだろう。自分でギロチンを落とせと言っているのだろう。


 ああ、怖い。

 何でこんなことになったのかと思うよ。素直に仲間になっておけば良かったなって。


 でも。

 同時に。


 仲間にならなくて良かったとも心底思っている。


「だそうで。朱音さん、何か無いですか?」

「私が見守ってあげるから。思いっきり戦いなさい、誠二」

「ここにきて呼び捨てですか」


 まあ、神様なら最初っから呼び捨てでもおかしくなかったと言うわけであって。


「無いなら、始めるぞ?」


 正髄の持つ本が発光を始める。


「あー、あるある」


 正髄が下から顔を照らされながら、自分と目を合わせてきた。

 自分は右手の人差し指で、二度、こめかみを叩く。


「あんた、頭良いよ。最初の会話で家族の話だすんだもんな。大事にしているなら人質にできるとか言っているようだし、あの内容ならコンプレックスがあるなら解消してやろうとも言っているように思えるもん。よくパッと思いつくよ。俺には無理だ」

「それが?」


 正髄がさらに疑惑の皺を濃くして、重心を後ろにやった。


「だからこそ家族を犠牲にしてでもってなると、冷酷なインテリヤクザのようなイメージが強くなるからさ。気をつけなって話。それだけ」


 下げて持ち上げたから、少しは手心加えてくれないかな、なんてね。


「そうか。気を付けよう」


 正髄の言葉の後、足長蜘蛛のような怪物が足を上げた。


「じゃぐドロ」


 蔓を出して動きを止めるが、速度を緩めるだけ。

 それだけでもリュックを掴んでから十分にかわせるようにはなるのだけど。


 足長蜘蛛の攻撃が当たった地面は、土塊をまき散らしはしたが、えぐれた様子はない。

 足長を置いて三股が距離を詰めてくる。ぶよぶよは牢獄に入って、後ろの牢獄から出てきた。前方は口裂けが居るから、道を塞ぐ、と言うことだろう。


 リュックに手を突っ込んで、ボールを三つ掴んでからリュックを投げすてる。二つは左手に持ち替え、一つは走りながら縫い目に指をかけた。


「殺すなら、この本の武器を取り出した方が良かったんじゃないか? 短槍を作っていただろう?」


 やっぱり、見ていたか。


「怪物に効かないだけだろ?」


 正髄を見て、右足で後ろに飛ぶ。ボールを持った右手は耳の後ろに。

 狙いが分かったのか、三股が正髄側に下がりながら射線上に入った。足長蜘蛛もその上に。

 防御優先。かつ、本当に正髄にはこの本の世界以外の攻撃が入ると言う証明がなされた。

かな。


 右足から着地をする。


「だねドロ。ぃばぎなくぇドロ」

『生えよ。縛り上げよ』


 足長蜘蛛と三股の足元の土がゴケプゾの植物に置き換わる。

 足場が減って体勢が崩れた二人を、両壁から生えた蔓が縛り上げ、横にやった。


 ゴケプゾの攻撃と同時にステップを踏んで、正髄の本に向けてボールを投げる。


 狙いを外れて正髄の顔に向かってしまったが、正髄は本で防いだ。ポケットからネズミ花火を取り出して、素早く着火して放る。


 破裂音に、正髄の足が跳ねた。


「じゃぐドロ」


 意識が逸れた瞬間を狙って、蔓で正髄を狙う。

 しかし、母親が素体だと言う怪物が解放されていたらしく、食い破るようにちぎられてしまった。

 ネズミ花火も、捕食される。


 くそ。


 もっと考えてから使うべきだったか? 二度目は無いよな。ネズミ花火にそう何度も驚きはしないだろうし、これで射線を開けることもしないだろうな。


「野球部が、人に向かってボールを投げて良いのか?」

「もう野球部じゃねえし」


 しかし、ゴケプゾを自由に体に入れられるのは便利だな。

 最初は気持ち悪かったけど。


「ふう」


 呼吸を整える。

 やっぱり、連続でゴケプゾを使うと疲れが大きい。


 例えそれが相手をしっかりと制する効果を発揮しなくても、だ。

 ずるずると、ぶよぶよでありながら血管が張り巡らされた怪物が、目をギョロギョロさせて動き出した。


「少しは休憩させてくれませんかねえ」

「命乞いの機会はやった。後は、さっさと君を正義の塔の頂上に飾るだけだ」


 悪趣味な。

 いや、今更だったな。こんな怪物を作る時点で悪趣味だ。


「じゃぐドロ」


 後ろの怪物に対して蔓を巻き付ける。

 動きが遅いため確実に当てられるが、徐々にちぎられてしまう。前方の口裂けは言わずもがな。そんな中で足長と三股も動き出すのだ。やってられないよ。


「ワンパターンだな。もう万策尽きたのか?」


 正髄が淡々と言ってくる。


「策を練るのにも時間が必要ですから」


 とは言え。

 とは言えだ。


 こいつらも人間だ、となると。正直。どう足止めをしようか、としか頭が回らない。


「与えると思ったか?」


 正髄の言葉の直後、地面が生き物の背中だったかのように動き出した。

 揺れて、波打って。

 真っすぐに立っていられない。


 それなのに、怪物たちには影響がないのか蔓がどんどんちぎられて散らばっていく。


「さあ、足を取れ!」


 土が長靴に引っ付いた。

 のしかかってくるように圧迫してきたところで、足を抜いて長靴を捨てる。長靴はそのまま土に食われるように地面に沈んでいった。


 動きにくくても履き替えていなくて良かった。


「ねらドロ」


 呼べば枝がリュックを弾く。

 左手で持ったままのボールを捨て、リュックを宙で掴んで、足長の蹴りをかわすべく地面を転がった。転がりながらリュックに手を入れて、靴を取り出す。ポケットに入っているボールの所為で痛かったけれども、攻撃を食らうよりは何倍もマシだ。


「ぼぬでみドロ」

『防壁よ』


 掛け声の後、植物でできた壁が三百六十度を覆った。

 急いで靴を履き替える。


「蹴散らせ。破れ。破壊しろ」


 正髄の声の後、無理矢理引きちぎるような音が聞こえ始めた。

 恐らく、何かを使ってゴケプゾで作った防壁を破壊しているのだろう。


 スマホを取り出し、カメラを起動する。ライトの部分を抑えて、フラッシュのモードを照明に切り替えた。


「綺麗な花には棘がある、か」


 イメージするのはバラ。

 いや、服に引っ付く種子もあったな。そっちにしよう。


「でしゅまドロ」

『変化せよ』


 イメージに沿って、防壁の植物が変わる。

 正髄か怪物かの攻撃に着くように、防壁がはがれた。こちらを注視しているような正髄と目が合う。スマホを素早く向けて指をライトから外した。正髄の顔が逸れる。三股も足長も正髄の方に行った。


 その隙に、朱音さんの鉄格子へ駆け出す。

 途中で長い槍を拾って、投げた。槍は格子に当たり、刺さることもなく弾かれる。


 駄目か。


 こっちの世界のモノでは壊れるのではないかとも思ったけれど、そうはいかないか。

 薄暗いからいきなりの明かりなら顔をそらすんじゃないかってのは当たってたんだけども。


「戦力強化はさせないぞ? それとも防がずとも、か? 大前提として神が君の味方になるとは限らないだろう?」


 正髄が余裕綽々な声を出してくる。


「そっちの味方にするからってか? まさかとは思うが、あんたの言う理想郷は、自分の言うことを聞かせるために、人間をみんなお前の家族のように異形の姿に変えるとか言わないよな」


 怪物にさせられた者達がある程度は正髄の命令を聞くのであれば、その状態にするのが理想郷には近道とも言える気がする。


 少なくとも、正髄の思う『クズ』はほとんどいなくなるだろう。


 正髄が左側の口角を、皮肉気に、吐き捨てるように上げた。


「変えるだと? そんなことをすれば、人間が居なくなってしまうだろが。私は、世界のために、人間と言う種のために動いているのだ。怪物ばかりの世界を生きたいわけではない」


 怪物ばかりの世界を生きたいわけではない、ね。


「でも、ここにいるのはあんたの家族なんだろ? 怪物が家族なんだろ?」

「こんなものが家族? 笑わせるな。これらは、あくまで家族をベースに作り上げた怪物だ。パーツはところどころ拝借したが、基本の生体エネルギーは、正義の塔に使った者達のも混ざっている。尖兵には成り得ても、私の家族には成り得ない」


 ところどころで顔を選ばないで欲しいものだよ。

 相対する者がそう思うように作ったのだろうけれども。


「つまりは、あんたの庇護対象は人間だけで、その怪物は人間を守るための手駒ってことか? 生贄に捧げた命が命だから替えはききにくいが、まあ、生産できる怪物兵器か?」

「君が君の禁書を兵器と言ったように、と言うことか? そうだな。大量殺戮を可能としている点ではそうだ。だが、私は使い方を間違わない」


 瞳孔すら開いていそうな声で、正髄が言った。

 兵器の使い方なんて、殺戮以外ないからな。


 使い方を間違う間違わないの問題では無いとは思う。どれだけ使うか、と言う違いはあるかも知れないが、存在する時点で人殺しに使うのみ。後は、威圧か。


 全ての国家が武装すれば仮初の平和が訪れる、的な格言もあったような気がするし。


「じゃぐドロ」

「また蔓か? 君は、意外と学習能力が無いんだな」


 だがきっと。

 正髄の予想とは裏腹に。


 ゴケプゾの蔓は四体の怪物を壁に引っ張るように縛り上げ、完全に壁に貼り付けた。

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