第19話 炎の巨人

 怪物達の様子を見まわして、正髄が顔を強張らせる。


 そんな顔するなよ。


 別に、人じゃないなら手加減をする必要も、縛りすぎて死ぬんじゃないかって不安も、どうでも良くなるだけだからさ。


 自分にとって命の価値を決める基準は二つしかない。

 自分と同じく人間と言う種族であるかどうか、と、自分にとって大事な人かどうか。


 正髄の家族は、惣三郎や朱音さんに比べれば大事ではない。どうでもよい。

 その上でもう助からないのなら、人間ではなくなってしまったのなら。

 戻せるかは知らないが、正髄が戻す気が無く、ゴケプゾではどうしようもないのなら。


 怪物を殺すことは供養にもつながると言う大義名分のような誤魔化しが通用する。


「誠二っ」


 聞いたことのあるような切羽詰まった朱音さんの声の後、左肩に衝撃が走った。


「っ」


 牢に叩きつけられる。


 叩かれた肩もだが、背中も中々に痛い。痛みと言う熱が広がっていくようだ。


 それでもと、先の侵入時に朱音さんに怒られた時の反省があるので攻撃の方を見れば、蔓から脱却した足長の足が攻撃の予備動作のように折りたたまれていた。


「ぃヴぁね!」


 土の壁にめり込むように、蔓が怪物達を引き倒し、引き込んだ。

 正髄の目が細くなる。


「それが最大火力か?」


 なるほどね。

 これは、所謂ブーメランチャンスか?


「教えると思ったのか? 君は意外と脳みそが足りてないんだな」


 口調を先ほどの正髄に寄せて。

 自分で馬鹿だ馬鹿だ言うのは良いが、他人に言われるのは癪なんでね。


「はっはっはっ。これは一本取られたな」


 腹膜を激しく揺らして。

 正髄の笑い声が監獄に響き渡った。


「横断歩道か。覚えておこう。私が考えるよりも複雑なことがあると。頭だけではなく、今実感しておこう。私の思い通りにならないことは私自身が考えるより多いと」


 正髄が地面に手をかざすように手を伸ばした。

 応じるように地面が動き、盛り上がり、台座を作る。


 台座の上には一冊の本様な大きさのモノ。多分、禁書の類。


 異様、というか先ほど正髄が手にしていたのともゴケプゾとも違うのは、今出てきた本にはカバーのようなものがついていること。それも、人間の皮に似た、カバー。人間の皮を加工したようなカバー。


「そこの神が逃げる代償としたのは自身の力を最初に分けた本だ。写本に、違う情報も記載したものだと思ってくれて構わない。無論、人型も取るがね」


 正髄が新しく出てきた本を手にした。


「汚いものを私の妹分にかけないでもらえるかしら?」


 朱音さんが声で正髄を突き刺した。

 しかし、正髄に意に介した様子はない。


「つまり、私が手にしているこの本が最も神に近い書物だと言うことさ。その威力、君で試させてもらうよ」


 カバーがかかったままの本の角をこちらに向けて、正髄が言った。

 直後に人の皮のようなカバーから血管のような弾力性がありつつも水にふやけて白い様な管が伸びて、地面にくっついた。その後も伸び続けているような動きをしつつ何本も垂れ下がっていく。


「さあ。目覚めよ巨人よ。炎の巨人よ。全てを食らい世界に居座る炎よ。全てを許容し、全てを等しく照らす炎よ。さあ。さあ。炎の巨人よ。その力、せかいのために振るい給え!」


 ギターでもかき鳴らしたのではないかと言うほどに空気がビリビリと振動し、熱波が走った。

 すぐさま正髄の右斜め前に炎が発生する。


 徐々に徐々に手足を持つように形作られ、光が白くなっていった。頭もでき、天井に触れるかどうかの大きさに。


 そして、炎が弾けるように光が弾け、巨人が姿を現した。


 筋骨隆々で腕も足も自分の胴体ほどの太さはありそうだ。それでいて、手首や足首などには炎が揺らめいている。色は白。でも輝かんばかりの白ではなく、落ち着いた、目が疲れない白。

 顔についている、ホッケーマスクとピエロの中間のような面は、正髄が本にカバーをかけているから、だろうか。彼が操れるようにだろうか。


「炎の巨人、ピグキキゾ。破壊力だけなら、四体の巨人の中でも一番かもね」


 幾分か、普段のお茶らけた声に寄った朱音さんの発言に苦笑いを浮かべざるを得ない。


 それ以外に、どう反応しろと?


 反則だろ。


 一介の大学生にすら威圧感がひしひしと分かるってさ。


「朱音さんよりは弱いんでしょ?」

「もちろん」


 何の安心にも繋がらないけれど。


「ああいう巨人とか、そう言う召喚獣的なのってどの禁書にもあるんですか?」

「まっさかー。あったとしてもピグキキゾは最高峰だろうねえ。ドウォパショにたくさんの生贄に捧げることでピグキキゾを超える怪物を作れるかも知れないけれど」

「……弱点とか、教えてもらえませんかねえ」


 楽しそうに朱音さんが笑った。


「無いよ」


 やめてくれ。

 冗談だと言ってくれ。


「純粋な力の存在。弱い奴には必ず勝てるし、私とか、神々を相手にすれば消し飛ぶだけの存在。あの人間でも操れるようにするために力が落ちているかもだけど、今の誠二のゴケプゾじゃあ、ねえ」


 巨人の腕の炎が大きくなっていく。

 力をためているように、どんどん色も変わっていく。


 正髄は自分の禁書にも手をかけているし、まだ起動に時間はかかるのか? 


 なら、やれることは、やっておくか。


「いやー、朱音さんは美人だなあ。恋人は作らないだろうけど、近くを歩けるだけで世の男性は幸せ者でしょうねえ」


「あら。今更私の魅力に気づいたのかしら?」

「その上博識と来たもんだ。会話も楽しいし。これはこれは人間の女性じゃあ満足できなくなりそうですね。いや、最早すべてが色あせるほどに良いお方。素晴らしい神様だ」


「もっと褒めなさい。崇めなさい」


 朱音さんも興が乗ってきたのか、声に艶が出ている。


「沈丁花の花言葉には『勝利』とか『栄光』があるんですけれど、いや、ほんと。まさに勝利の女神さまですね」

「でしょ?」


 くっそイラつく調子に乗った返し方だな。ちくしょう。


「立てば芍薬座れば牡丹、捕まっている姿も女神像、ですね」

「うーん。それはあんまり響かないかな」


 ちっ。


「神頼みをするなら、今後は朱音さん一択ですかね」

「信心深い者は嫌いじゃないわ」

「いやー、ほんとに。そんな崇拝者に、何かアドバイスとか無いですかねえ」

「ふぁーいと。応援してあげる。がんばれー」


 母親が子供にふざけて声援を送るような、そんな言い方で朱音さんが返してきた。


「褒めて損した」

「ちょっと! どういうことよそれ!」


 そう言うことですよ。


 折角の巨人が起動するまでの時間をそっちに賭けたのに、無駄でした。神頼みをすることがあっても朱音さんには頼まないわ。日本の八百万の神様、今後もどうか比良山誠二をよろしくお願いします。


「気は済んだか?」


 音声認識だったかのように、正髄に合わせて巨人が顔を上げるように動いた。


「何度もそう言う確認して失敗するの、ダサいですよ」

「君の口さえ封じれば漏れないさ」


 おっしゃる通りで。


 巨人の力でせめて土格子は破壊できないかと、朱音さんの牢獄へ寄る。


 燃えたら困るので、リュックは少し離したまま。


「巨人の力で私の拘束が壊れないかって? 無駄さっ」


 正髄が語尾に力を入れれば、巨人が腕を引いた。

 巨人の足は動かぬまま、まっすぐに突き出される。横っ飛び。炎塊がさっきまで自分が居た場所を通過して、牢獄に当たった。


「ちょっと! か弱い乙女を守ろうとか言う気概は無いの?」


 怒られるのはこっちですか、朱音さん。


「誰がか弱いんですか」


 炎の直撃した牢を見ても、変化はない。壊れた形跡もない。


 朱音さんに対する対策は、そのまま妹分の力への対策にもなるのか。


 予想できない話ではなかったけどさ。


「どこを見ている?」


 影がかかった。

 巨人が目の前にいる。


「ぼぬでみドロ」

『防壁よ』


 植物の壁が攻撃を受け止めたが、徐々に温度が上がっていく。

 一気に燃え尽きる、と言うことはなかったが、パチパチと燃える音は鳴り始めた。


「のぃまねぇ!」

『押し返せ!』


 防壁をそのまま巨人にぶつける。


 少しばかり距離は開いたが、さほど押し返せずに防壁が真ん中から燃え上がり、裂けた。


 植物が燃えたことによって監獄が燻ぶられる。


 風の流れがあるのか、構造的なものか、怪物たちの呼吸によってか。


 煙の多くは正髄の方に流れ、正髄が鬱陶しそうに手で払う動作をした。

 こちらにはそこまで多くの煙は流れてきていない。


 なるほどなるほど。

 そう言うことか。了解。

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