1章2話:お披露目
第一体育館に行くと監督、コーチ陣は揃っていた。自分の学校の部員達に並ぶように指示を出している。
「北雷はこっちですよ!背番号順です!」
間宮の指示に従い背番号順に並ぶ。それからすぐに隣に紺のジャージに身を包んだ静岡青嵐の部員達が整列する。分厚い身体はただでさえ威圧感を与えるが、紺色のジャージのおかげでさらにそれが増していた。
(みんな軒並みでけえ……。あ、もしかして三年ばっかりなのかな)
火野がそう思っていたとき、とある一人が目に留まる。他の部員よりずっと身体が薄く手足が細い。身長も低かった。とは言え他の部員は目測で大体百八十センチ程度はあるようなので、小さく見えるとは言っても百七十センチ前後だろう。
(リベロにしてはデカいと一瞬思ったけど久我山さんは一七八センチあるし……。意外と分からないんだよな)
守備専門のリベロは一切攻撃しない。そのため小柄なプレーヤーがつくことが多く、同時に小柄なプレーヤーが生き残るためのポジションとして見られることもある。しかしその中で久我山は一七八センチという長身だ。その例で考えれば、長身のリベロはありえない話ではない。
「学生諸君、聞こえるかな?」
拡声器を通した声に火野は目線を上げる。その先には鹿門寺のオレンジ色のジャージを着た氷川いた。
「これから全体ミーティングを始めます。大事なことを話しますから、きちんと話を聞くように」
体育館全体が静まり返ってから少しすると氷川が再び口を開く。
「まず、今回の合宿では先程伝えたように各校を二つのチームに分けます。それぞれのチームのメンバーの割り振りは、ポジションと学年を考慮して各校のコーチ陣に決めていただきました。基本的に主将と副主将は分けられるものと思ってください。体育館が四つありますから、各体育館に二つのチームを配置します。他の学校と同じ体育館を使うようにするので、ぜひ一日の最後に軽く試合をしてみるといいと思いますよ」
授業中のような説明だったが、その内容に体育館が少しざわつく。
「各チームのリーダーは主将、もしくは副主将が務めてください。それからチーム分けの発表の前に、北雷高校の設楽コーチから一つお話があります。これも今回の合宿における重要なことですから、しっかり聞くように」
話を終えた氷川が拡声器を設楽に手渡す。
「は〜い、若人諸君、初めまして。北雷高校コーチの設楽泰典です。あ、何人か反応してるな。そうそう、ちょっと前までプロやってたモンです。まあそれは置いとこうか。今は関係無いからね〜」
いつもの緩さで話を始めた設楽は締まりのない声音のまま話を続けた。
「北雷高校って実は創部一年目なんだけど、今回、インターハイ予選ではブロック決勝まで漕ぎ着けました。でも、今回の話で重要なのは、大会成績ではない。北雷高校の超高性能な秘密兵器を紹介します」
そう言うと、設楽は軽く手招きをしてみせる。一見すると誰に向けたかは分からない。だが、北雷の面々は気がついていた。
火野は軽く海堂を小突く。
「行けよ。どう考えてもお前だろ」
足を踏み出すと目が合った設楽がニンマリ笑う。そしてお前だよ、と言うように頷かれさらに迷い無く歩み出す。周囲の騒めきは、ちゃんと聞こえていた。
(当然だよ)
テレビの中継で見たことがあるような選手が「超高性能な秘密兵器」なんて言うから一体何だろうと思っていたら、歩き出したのはどこからどう見ても女子なのだ。設楽が一体何を話したいのか想像すらついていないに違いない。
前まで出ると、各校の指導者達の目線を身体の正面で受けた。物珍しげに見られるかと思いきやそうでもない。どうやら話は事前に完璧に通してあるようだ。
「見ての通り女子だからコートには入りません。でもこの子が北雷の超高性能な秘密兵器です。彼女の名前は海堂聖。書類上はマネージャーだし実際その仕事もするが、本職はアナリストって言います。もし知らない人がいたら手ェ上げて。説明するから」
手がパラパラと上がる。それを見た設楽は説明を続けた。
「はい、ありがとう。高校バレーには普通はいない存在だから知らなくても無理は無い。プロチームや大学には存在します。彼らの仕事は情報分析。試合前には対戦相手を分析し、対策を立てるためにデータを揃えてチームに提供します。また、試合中にリアルタイムで同じことをして試合の立て直しなどのために情報を提供する。厳密に言うと細かい数字や用語が沢山あるけれどここでは省略する。気になるようならぜひ本人に聞いてください」
最後の一言に残る疑問を纏う空気に海堂は唇を引き結ぶ。ざらついた感触の正体を海堂はよく知っていた。
(ものすごい不信感。当たり前だけど、ここにいるほとんどの人達に全く信用されてない……)
「今回の合宿で色んなところと試合するだろ?最終日のリーグ戦に備えて情報が欲しいじゃないか。でも研究にそう何時間も割けるわけじゃないよな。今回は設備を使って普段はしないようなトレーニングもする予定だからやりたいことありすぎて困るよな。だから彼女には情報センターになってもらう。各チームの試合動画やプレーヤーの情報を一括管理してもらって、分析してほしい動画があったらそれを持って行く」
バシッと背中を叩かれてビックリする。
「北雷は創部一年目。ろくな環境も無く、指導者もいなかった。人数だって少ないしチーム内での競争も無い。ユニフォームは全員もらえる。それでも強豪を破りブロック決勝まで漕ぎ着けて、その喉笛に噛み付くところまでは行けた。なぜかって?それは海堂がいたからさ」
設楽の目がギラつき、さらに言葉を紡いだ。
「その場での指示、対戦校の研究、練習方法の考案、一人一人に合わせたトレーニングメニューの作成、その他諸々エトセトラ。全部この子がやりました。そうしたらバレー始めて三ヶ月のヤツがあっという間に使いモノになっちまったんだ!嘘だと思うか?思うよな!俺も思ったよ。でもホントだ。気になるってんなら、そこにいる北雷のヤツらに聞いてみるといい。……俺からは以上!」
パン!と手を叩いて話を終わらせた設楽に仕草で列に戻るように促される。甲斐南と北雷の列の間を歩く間に刺さる視線が引っかかる。
「こらちからの話は以上です。それでは各校指示に従って練習を始めてください」
バトンタッチされた氷川はそう言い、一斉に人が動き出す。
「北雷!一回こっち来てくれ!」
設楽がそう呼びかけ、十三人がそれに反応する。
「チーム分け発表するぞ〜。北雷はGとHの二つ。まずはGチームからな。神嶋、川村、箸山、高尾、火野、長谷川の六人。チームリーダーは神嶋に任せる」
「はい!」
設楽の指示に返答した神嶋に頷き、残りの六人の名前を呼ぶ。
「Hは能登、久我山、瑞貴、野島、凉、水沼。チームリーダーは能登だ。聞き取れなかったヤツは近くのヤツに聞けよ〜。練習内容は各自の自由裁量に任せる。話し合って決めてもリーダーが決めてもかまわない」
その後に間宮が手に持っていたボードを見ながら追加で指示を出す。
「Gチームが使用する体育館は第二体育館です。Hチームは第三体育館になります。必要なモノは全て体育館倉庫にあるから、自分たちで用意すること。場合によっては他校の生徒さん達と協力してください。十二時になったら一度練習を切り上げて、さっきの宿舎の隣の黒い建物に来るように。そうしないとお昼を食いっぱぐれますからね。こちらからは以上です」
腰に手を当てた設楽はニンマリと悪い顔で笑った。
「周りにいるのは上手いヤツらだからよ、この機会に目で見て色々盗んで来いや。何なら試合吹っ掛けたっていいぜ。バレーで勝負つけるって話なら俺も止めねえから。んじゃまあ、そういうわけで、行ってらっしゃい!」
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