第9話 私の居る場所はどこにもない

 気が付くと窓から光が入ってきていた。


 部屋の時計は九時半を示している。今日は最後の取材がある、市長である天上公示、六十歳。この市がまだ村の時、祖父の代から市長を務める血筋らしい人物への取材が。


 僕は肩に頭を乗せて眠っている祥子を見て、デジャブに襲われた。一年前に亡くなった僕の彼女も、よくこうして僕の傍から離れなかった。


「どうしたの……泣いているの?」

 寝ていると思った彼女が瞳を開いた。

「ああ、昔の事を思い出した」


 不思議に彼女には素直に話せた。病気で亡くなった彼女の事、彼女を亡くした僕が全てを失った事。


「僕は抜け殻なんだよ。ケアハウスにいる人形と同じさ」

「あのね、ここに来る前、私は結婚していて旦那も子供いたの。五歳の男の子だった。とっても可愛かったのよ。ちょっとあなたに似ている」

「五歳の男の子に似ているのかよ。おこちゃま待遇だな」

「ふふ、嫌?……去年、三十二歳の時、私たちは交通事故にあって、私以外は全員亡くなったの。子供と夫を亡くして私には何もなくなった」


「交通事故なら君のせいじゃないだろう? 運が悪かっただけで……」

「私が運転していたの」 

 身を起こした祥子は表情を失っていた。

「世界って本当にささやかなもので出来ていたの。たった二人の人間を亡くして、私の世界は終わった。そしてこの街を見つけたわ。このユートピアを。ここは終わってしまった私が穏やかに生きていける場所」


「君の人生は終わっていない。それにここが君に何を与えてくれると言うんだ!?」

「穏やかで確実な死よ。私には必要の無いものの代償にね。そしてこれがその証」


 右手に巻かれているリストバンドを外した。彼女の手首には、小さな正方形の傷があった。

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