第6話 望まれぬ者とあがく者

 その後に予定していた患者への取材もやんわりと、しかし頑として断られた。


「僕は何かを踏んだ? 死に対する考え方を述べただけなのに……そこに秘密があるのか」


「そうだ、それが良くなかったのさ。ここは死にたがりが集まる場所。それを宗教のように人々は信じ、身を挺して実行する。まあ、俺も先週まではそう思っていたがな」


 知らない声に振り返ると、中肉中背、特に特徴のない男が立っていた。


「俺は鶴田って言うんだ。一年前にここに住みついた。ここは確かにユートピアと呼ばれるだけの事はあった。ギャンブルで身を亡ぼした俺が家を与えられ、日常生活に不便なく、穏やかに暮らしていける。だけど、生きるか死ぬか、借金取りに追われて家族はバラバラ、それでも賭け事は続ける、そんな生き方が懐かしくなったんだ」


「破滅への道が穏やかな生き方より良いと言うのか?」

 鶴田と名乗った男は大きな声で笑った。それはこの街に溢れる穏やかさとは違う下品なものだったが、僕にははるかに人間らしく感じられた。


「病室での会話を聞いたよ。あんた恋人を病気で亡くしたんだろう? 死に近づく絶望の日々。その全てが無駄だったか? 彼女の容体に一喜一憂し、微かな望みにかけた日々は、あんたに確かな記憶を残しただろう?」


 僕は目をつぶり思い返す。浮かんできたのは、死が近づく中でも僕を心配してくれた彼女の笑顔だった。


「俺はあんたの住む世界に戻りたい。穏やかとは程遠い、この街に住む人間が言うところの地獄へな」


 そこまで話すと鶴田は片手を上げて、タクシーを止めた。鶴田の右手にはリストバンドがなかった。車に乗り込みながら彼は言った。


「地獄に戻るには覚悟が必要だ。この市の住民になった者は、ここから出る事が出来ない。あんたもこれ以上踏み込むのなら気を付けろ。まあ、俺は逃げてみせるがな」

 下種な笑いだったが、その時の僕には不思議と身近なものに感じられた。僕が一番嫌いな類の人間に会い、なぜかホッとしていた。



 その頃病院では看護師が大量の安定剤と痛み止め、睡眠薬を三田に投与をしていた。見慣れない痛め止めもあったが、目を閉じながら三田は呟く。


「苦しみながらでも生きていけたら、愛する人が見守ってくれたなら、もっと足掻いたかな? でも俺には叶わない。それなら限られたれた時間でいい,穏やかに暮らしたい」


 たくさんの薬は三田を普段より深い眠りにつかせた。


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