第5話 来るべきでないと末期患者が言った
病室は基本的に個人部屋で、希望を出すと複数部屋に入れるらしい。一人では寂しいからと、相部屋を希望する人もいるのだという。僕が取材するのは男性の患者、三田克彦、五十三歳。末期癌の患者だった。ここに来る前は、東京に住んでいたらしい。
末期癌とは思えない柔和な笑顔で話す三田。
だが、三田の顔や体からは確実に死の臭いが漂っている。一年前に僕の彼女からも感じた、命がもう少しで尽きる、そんな雰囲気が伝わってくる。
「病人でもリストバンドを付けるのか……。早速ですが、治療なら東京の方が良いものを受けられるのでは?」
取材を始めた僕の言葉には答えず、三田は逆に質問してきた。
「あんたさ、始めから俺をじっと見てたよな。そして悲しそうな表情をした。前にも見たことがあるんだろう? もう、助からない人間をさ。俺は生き続ける努力には疲れて、戦う気力も失ってしまったのさ。あとは出来るだけ痛くなく、そうだな、気が付いたら昏睡状態で、そのまま二度と目覚めずに逝けたらいいなと思っている」
僕は達観したような男の表情に反発した。
「そんな事はない。夜寝る前に心配になるだろう? 朝、ちゃんと目覚める事が出来るのかと。確かに僕の知り合いも病気で亡くなった。でも、三田さんのように諦めてはいなかった。死ぬ直前まで生きようとしていた!」
思わず大きくなった声は病室の外まで漏れていたようで、さっき案内をしてくれた看護師が、ドアを開けて入ってきた。
「記者さん、病院で大きな声はちょっと」
僕は看護師の静止にも構わず、自分の気持ちを抑えられなかった。これは八つ当たり。なぜ生きていたいと、強く思っていた僕の彼女が死んで、諦めた者が生きながらえているのか。
三田は帰りかけた僕に意味深な言葉を吐く。
「分け与えて欲しかったか? 命の欠片でも……。どうやらあんたには愛し愛される相手がいたんだな……なら、こんな所に来るべきではない」
「それは、どういう意味なんだ!?」
僕が三田の言葉の真意を聞こうとした時、看護師が割って入った。僕はこの街に来て初めて、人間が無表情な顔をするのを見た。
「三田さんには治療がありますので、取材はこのへんで……さあ、三田さんお薬ですよ」
半ば強制的に病室を追い出された。僕の横を多くの溶剤が置かれたカートが通っていく。
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