第2話 穏やかな運転手は穏やかな表情を見せる
東北の山里の街だと聞いていたが、実際に来てみて驚いた。
整備された道路は格子状に広がり、整然と建物が並ぶ。筑波の学園都市、幕張のビル群、そんなところに似た様相を呈するここは、道行く人を見ても老若男女がおり、高齢化しているふうにも見えない。
ここ天上市はユートピアと呼ばれ、日本で一番住みやすい街としてランキング一位になっている。その割にはメディアへの露出が少なく、半ば突撃取材の感で僕が潜入ルポを書かされることになっていた。
「とりあえず市役所へ、挨拶にでも行った方がいいだろうな」
編集部で取材のアポ取りに難儀しているのを見ていた。もめごとは好きではない。
特に今の僕は世の中への関心も薄く、他人と話すのさえ面倒だった。だが生きていく為に、僕には文字を書くことぐらいしかできない。それに、市民の100%が幸せだと言う街に興味はあった。
僕は手を上げてタクシーを止め、市役所へと向かう。運転手は笑顔で楽しそうに運転をしながら、軽い話題を投げかけてきた。僕は適当に相槌を打ちながら、街の様子を聞いていた。そしてふと気がついた。
「運転手さん、メーター下げなくていいの?」
「ああ、これですか。気にしないでください」
ユートピアと言っても雲助のような運転手もいるのか。東京と変わらないなと僕はそんなところに変な安心をした。そして車は止まった。タクシーは市役所の前に着いていた。
僕は財布を出し、料金を尋ねた。
「お代は結構です。この市の公共機関は無料ですから」
「タクシーは公共機関とは違うだろう? 公務員じゃあるまいし」
その時、気になったものが見えた。運転手の右手首には「社会奉仕者」と書かれたリストバンドが巻かれていた。
雲助だと決めつけてつっけんどんな態度をとった僕に対して、リストバンドをつけた運転手は、穏やかな笑顔を返した。そしてタクシーのドアが開く。
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