第5話 (重要回)職業訓練校の筆記試験を受けた。

「ヤバイなコレ……」


 俺って想像以上に馬鹿なのか?


 家に帰った俺はインターネットから都立職業能力開発センターで行われる筆記試験の過去問をダウンロードし、さっそく腕試しに問題を解いてみると、そのあまりもの出来の悪さに愕然とした。


 義務教育終了程度の問題のはずなのに40問中27問しか合っていないのである。

 過去問で出題されている問題の内訳は以下である。


 ・国語

 漢字の読み15問。

 漢字の書き10問。


 ・数学

 計算問題10問

 応用問題5問


 漢字の読みは2問間違えただけだが、書きの問題は4問も間違えた。

 パソコンやスマホに慣れ過ぎていた事と、社会人になってから漢字を手書きする機会も大幅に失われていたのが原因であろう

 。

 計算問題も一次方程式あたりは何とかできたが、√の計算方法などはすっかり忘れており4問も間違えた。


 そして応用問題は図形の問題など全く手がつかなかった他、自信を持って解答したものまで間違えており、一問しか合っていなかった。


 配点の比率が分からないし、合格基準も分からないが、試験に合格するか微妙な成績である事は間違えなさそうだ。


 止むを得ず俺は書店に行き、矢鱈のアドバイスの通り中学1年生レベルの漢字と数学の薄いドリルを購入して、試験の前日まで過去問とドリルを繰り返し解き、特に数学は過去に出題された内容は間違えない程度まで練習をした。


 問題につまづく度に、この年齢になって、こんな事をやっても無駄では無いのかという思いも頭をよぎったが、就職活動の際に会社によっては常識テストの類をやらされる可能性もあるので、その時にも役に立つかもしれないと思いなおし、試験当日まで一日最低三十分でも勉強を続ける事を日課にした。



 ◇



 八月某日。職業訓練校の試験当日。


 何年かぶりにスーツを着てビジネスシューズを履いた俺が試験会場に行くと、人那津はこの場に来なかった。


 職業訓練校へ見学に行った時、親しくなった人那津とは連絡先を交換したが、職安の職員に勧められ、公共職業訓練ではなく、もっと基礎的なコースも含まれる求職者支援訓練の方を勧められ、そちらを受講する事になったらしい。


 詳しいコース名は知らないが、一日四時間だけ行われるパソコンの基礎コースらしく、「楽そうだから」との理由で選んだとの事。


 そんな安易な事で果たして就職に結びつくのか疑問であるが、現在の俺が人様の事をどうこう言える立場に無いのは確かだ。


 俺はちらりと試験会場内を見渡すと、例のド派手なギャル、矢鱈好子は二つ前の席に座っていた。


 俺の事に気付いているか如何か知らないが、下手に話しかけたりしたら本人にも周りにも迷惑なので黙っていよう。


 そもそも、人の事を構っている暇は無い。


 俺はドリルの複数回間違えた問題だけを見直していると、試験監督らしい壮年の男性が教室の中に入って来た。


 そして間もなく試験が開始した。



 ◇



 一ヶ月間試験勉強をしていた為、拍子抜けするほどサクサクと解答出来た。


 問題回答のコツとしては優しい問題から始める事。


 具体的に言えば漢字の読みだ。


 これは読書の習慣でもあればほぼ満点近く取れるので取りこぼすことは殆ど無い。


 漢字の書きも曖昧な物は飛ばし、時間が少しでも余ったら解答する作戦だ。


 だが、地道に漢字ドリルをやっていた成果もあり、解らなかったのは1問だけだった。手書きの練習をやるのとやらないのとでは全然違う。


 次は数学の計算問題。


 大体10問中7問は簡単だが、3問ぐらいは勉強しなければ忘れるような若干難易度が高い問題が出題される。


 何も対策しなければ3問とも落としていただろうが、勉強をしていた為、解けなかったのは1問程度だった。


 最後に数学の図形など応用問題。


 これは文系の俺にとって全問解くのは難しいと始めから考えていた。


 そもそも30分しか時間が無いのに40問出題されるのだから全問解答出来ない事を想定して問題は作成されている。


 だから満点は取らなくても良く、応用問題は5問中3問解ければ御の字かと割りきっていた。


 応用問題も順に目を通し、解けそうなものから解答し、迷ったものは後回しにした。


 比較的順調に解答用紙を埋めて行ったが、一つだけ困ったことがあった。


「あ~っ。ああああっ! ……ああああああっ!」


 うるせーな。


 余程問題に苦戦しているのか? 一人年配の受験者が試験中にもかかわらず大声で唸り声を出しているが試験官は注意する素振りすら見せない。


 ……あの爺さん。多分落ちるだろうな。


 迷惑極まりない爺さんの妨害行為にも惑わされず、俺は粛々と問題を解き続けた。


「ハイ! 試験時間終了です! 皆さん筆記用具を置いてください」


 試験官の合図で試験終了の時間が告げられた。


 自己採点では漢字の読みが全問正解。漢字の書きが9問正解。数学の計算が9問正解。数学の応用問題が3問正解。


 合格点と配点が不明とは言え、40問中36問正解ならば充分合格ラインは突破しているだろう。


 逆に舐めて試験対策をしなかったら危なかったかも知れない。


 過去問をやる事で危機感を覚え、コツコツと試験対策を欠かさなかった事は功を奏した。


 だが、これで終わりではない。


 俺は筆記試験から次の面接に頭を切り替えた。

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