第4話 資格スクールの見学に行く。

 職業訓練が実際に行われる予定の資格スクールに着いたら係の人に通されて、直ぐに授業を見学させて貰えた。


 見学者の中に矢鱈の姿が無い辺り、どうやら一足先に来た矢鱈が先に別の場所へ案内されたのか、帰ったのだろう。


 ネットワークの授業だったらしく、IPアドレスやらサブネットマスクの計算方法とのことで2進数や16進数の話などをしていたが、俺にはよく分からなかった。


 まぁ、予備知識も無くいきなり聞いたところで分からなくても仕方が無いだろうと割り切った。


 授業が終わった直後、別の教室に案内された俺達はスクールの教師の人から説明を受けた。


 内容は訓練校本校で受けたものと大して変わらないが、実際に授業で使用される一部のテキストを見させて貰った。


 書店に売っている様な市販の書籍がメインの様だが、この資格スクールで使用している独自のテキストもある様だ。


 CD-ROM付きの教材などは独学でも使用できるので自分の家のPCにもインストールする事で予習・復習も可能だし、便利そうだ。


 何より、自分が書店で見て選んでも、何を読んで勉強すれば良いのか分からず、目移りして何冊もの本を買ってしまったりするものだが、学校側が実績のある書籍を選定してくれるのは経済的でもあり助かる。


「ところで、私は事務職に就きたいと思っているんですけど、ネットワークの授業ってなんか関係あるんですか?」


 事務職なのに何故こんなにネットワーク系の科目が多いのか不思議であった為に訊ねてみた。


「勿論ありますよ。特にシステム管理の部署が無いような会社や人員が少ない会社の場合、ネットワークやPCのトラブルがあった場合、事務職の方が対応する事って結構あるんですよ。あと、ベンダーコントロールとかパソコンやネットワーク機材の見積もりを依頼する時とかも事務職の方が関わる場合も想定されますしね。事務職に就くとしても知識があるに越したことはありません」


 事務の仕事を経験した事の無い俺には分からない話であったが、話を聞いてみると便利屋みたいな感じなのだろうか?


「当校の科目ではありませんが、もう少しネットワークについて本格的な学習を行うネットワーク構築科では実際に経理事務職ご経験の方がCCNA(Cisco Certified Network Associate)のようなネットワーク資格を取得なさってから再び事務職に就かれた方も居ます。その方は事務職においても如何にネットワーク知識が重要であるのかをご存じだったんでしょうね」


 一見関係なさそうな経理事務職出身者がIT職種に就くのが目的でもなく、わざわざネットワーク関連の資格を取った例があるというのは説得力がある。


「あとは、……ああ、そうだ。パソコン好きだと人柱にされることがありますねぇ」


 人柱? 今、先進技術であるIT知識の話をしているのでは無いのか?

 この時代で生贄何て時代錯誤の事が行われるのか?

 いや、流石にそれは無いか。


「人柱って何ですか?」


「ご存じないですか? そうですね、……それでは質問ですが、八瑠気さんは最新のシステムと古いシステム。どちらのが良いと思いますか?」


 質問を質問で返され、俺は余り考えずに何と無く答えた。


「それは当然新しいシステムの方が良いのでは?」


 もしかして、俺の答えは職員さんの狙い通りだったのか? 

 職員さんは笑顔を浮かべながら否定した。


「ところが単純にそうとも言えないんですよね。具体的な話をすれば、古いOS(Operating System)を『枯れたOS』と言うのですが、ネガティブな響きがあるように思われそうですが、多くの導入実績と情報があって安定しているし信頼性もあるから寧ろ古いOSの方が好かれているんですよ」


 ふむ。そういわれて見れば確かに何でも新しければ良いと言う物でも無いのか。


「それで人柱についてですが、『枯れたOS』例えばWindowsが7から8や10にバージョンアップした時や会社で新しいシステムを導入した時、過去に使っていたアプリケーションが使えなくなったりトラブルが発生する事もあるので、そういう可能性がある厄介なシステムは社内全体で導入する前に、実験的な意味もあって新し物好きやパソコン好きな人に回されるんですよ。これを人柱って言うんです」


「……それって良いものじゃないですよね?」


「あははははっ! そうですねぇ」


 あははははっ! じゃねーだろう。


 通常業務ですら忙しいだろうに、わざわざ貧乏くじ引かされかねないって事じゃねーか。


 そんな疑念を抱いている俺の心境を察したのか? 職員は瞬時にして真剣な表情に戻り、説明を続けた。


「それに、近年は多くの企業や団体がオンプレミスの環境を縮小してクラウド化に移行しつつありますからね。そうなるとシステム管理の部署も縮小されて人員が減ると、ますます事務職員が対応する場面が増えて来る事でしょうしね」


「オンプレミス? 何ですかそれは?」


 この際だから分からない単語はスルーせずに聞いてみる事にした。


「物理環境の事ですね。例えば会社内に置いているPCサーバーにメールサーバーを立てていたとします。こういうものをオンプレミスと言いますが、これをクラウド化……例えばGmailなどに移行したとします。そうすれば、今までメールサーバーにかけていた構築・保守・電気代といった費用が浮くだけでなく、サーバー室のようなスペースも確保しなくて良いですよね?」


「……成程」


 機材の搬入のアルバイトで一回だけある企業のサーバー室に入ったことがあるが、その中はやたら寒かったので担当者に話を聞いたら、サーバーの熱を冷やすためとの事だった。


 夏でもないのに異様に寒く、この温度を一年中保っているとしたら空調だけで電気代が幾らかかるんだろうな? と漠然と思ったことがある。


「勿論クラウド化にも良し悪しがあって、例えば社外秘の情報をクラウドのファイルサーバーに置くとしたら、外部からアクセスされ情報が漏洩するリスクがあります。こういったセキュリティを考慮する場合はあくまでもイントラネットの環境内でやり取りすべきなので、社内のオンプレミス環境でファイルサーバーを構築すべき何ですけれどね……っと、一寸話がずれましたが、例え事務職であってもネットワークについて知識があった方が重宝されると思いますよ」


「そうですか……でも何と無く難しそうですね」


「確かに決して簡単な内容では無いかも知れませんが、我々としては全力でサポートしますし、予習と復習を忘れなければ大丈夫かと思います。それに、先程見学に来られた方の中に物凄く詳しいIT業界経験者の方も居らしたので、色々とお話を聞いてみるのも良いかと思いますよ?」


 もしかして、矢鱈の事だろうか?


 只、あの苦手な雰囲気のギャルから教わる姿は如何しても想像がつかなかった。

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