第3話 悪口を言ったギャルから試験対策を教わる。
「えと……どちら様でしょうか?」
親を介護中と言う男性から聞いた話によると、老人が認知症になると嘘を吐いたりするのは自分を守る為の回避行動らしいが、俺も咄嗟の回避行動でつい話しかけてきた女性が初対面であるかのように振舞ってしまった。
「確かに訓練校では名前は名乗っていなかったわね。あたしは
矢鱈も人那津と同じく自転車に乗っていたのだが、自転車から降りると俺達に名前を訪ねてきた。
「あ、ハイ。俺は八瑠気有造といいます」
「僕は人那津兒井といいます」
「ふーん……二人とも変な名前ね」
そりゃお互い様だろう!
と言う心の叫びを口にすることをグッと押さえた。
いきなり失礼な事を言われたから腹も立つが、さっきの話を聞かれていたとすればこの位言われるのは我慢するのが大人だろうか?
「まぁ、名前何てどうでも良いわ。貴方達が受かるかどうかも分からないしね」
「いや、流石に義務教育終了程度の試験なら勉強しなくても受かるでしょ?」
東京都の職業訓練校の学科試験は学力検査と筆記検査の2種類がある。
学力検査は高等学校卒業程度の国語と数学の問題が出題され、筆記試験は義務教育終了程度の国語と数学の問題が出題される。
2ヶ月~6ヶ月の短期間訓練予定の無料科目は筆記試験が行われ、1年~2年間の長期間訓練予定の有料科目は学力検査が行われる。
つまり無料科目であれば比較的難易度が低めの筆記試験が実施され、有料科目であれば比較的難易度が高い学力検査が実施されると理解すれば良い。
俺が受講予定のOAソフト管理科は短期間訓練予定の無料科目なので、義務教育終了程度のレベルの筆記試験が行われる。
要するに中学卒業程度の学力があれば良いのだ。
今はフリーターとは言え、大学受験まで合格した俺が落ちるとは思えなかった。
「はぁ~甘いわね……。貴方が中学卒業したの何年前の事だと思うの? 特に数学の問題じゃ図形の問題とかも出るんだけれど中々侮れないし、試験時間30分で40問出題されるから、問題の傾向を知って対策を立てないと時間切れになるわよ?」
何故か矢鱈は試験の事に詳しかった。
「それに、もし、中学程度の筆記試験で落ちたとしたらそれだけでショックじゃない?」
そう言えば学生時代の就活中にSPIとか常識テストの模試とかやったけれど、あまり成績が
「ああ……それは確かにあるかも」
「ど……どうすれば良いでしょうか?」
もしかすると、あんまり勉強が得意じゃないのか? 人那津は蒼褪めた顔で初対面の矢鱈に訊ねた。
「そうね。先ずは過去問をなるべく多く集めて問題を解く事ね。訓練校のOBに聞いた話じゃ、以前は3年以上前の過去問は職安でプリントアウトして手に入れたりしていたみたいだけれど、今はインターネットで何年分も手に入るみたいだし、それを勉強する事ね」
学校や公務員の試験と同じで過去問を勉強するのが基本か。
「あとは500円ぐらいの一番薄いヤツで良いから中学1年生レベルの漢字や数学のドリルを1冊勉強すれば合格レベルには充分だって聞いたわ」
「中学1年位で良いの?」
「ええ。中学3年位までやるとなると特に数学は難しくなってくるし、勉強も時間かけないと駄目になるしね。でも、難問は数題らしいし満点は取る必要が無いし、難しい問題は飛ばせば良いからね」
義務教育終了程度となると、どうしても中学3年位の問題を解く必要があると思いこんでいたが、矢鱈の答えは合理的で納得出来るものであった。
「成程……勉強になりました。ありがとうございます」
俺達は頭を下げた。
「べっ……別にこれぐらい職業訓練校を受ける人なら誰だって知っている事だし。感謝何てしなくて良いんだからね」
矢鱈は照れたように、そっぽを向くと自転車のサドルを踏んだ。
「じゃあ、先に行くから。人の悪口に夢中になっていて授業が終わっていても知らないからね!」
そんな皮肉を言い残して矢鱈は後ろを振り返りもせず、先を行った。
「結構善い人そうじゃないですか?」
人那津は矢鱈に好印象を抱いている様だが、俺にはまだ引っかかりがあった。
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