第2話 職業訓練校の説明会に参加する。
職業訓練を受ける決意をした俺は東京都の郊外某所にある職業能力開発センター、つまり職業訓練校の説明会に行く事になった。
職業訓練校は駅から徒歩20分以上離れた場所にあり、外見は中学校の校舎の様であった。
ここで入校の為の試験が行われる予定だが、受講希望の訓練自体は民間に委託されており、別の駅付近の資格スクールで行われるらしい。
10月から訓練開始の科目であるOAソフト管理科の説明会が開催されるのは6月と7だが、既に7月を迎えており、気温は日々暑くなるばかりだった。
訓練を行う場所ではないのだから、この時期にこんなに駅から離れた場所まで歩いていくのは暑くて嫌だとは言えない。
ネットで調べたら面接で必ず聞かれるから学校の見学をしないと行けないという噂もあったので、止むを得ず説明会に参加した。
◇
説明会は訓練校の講師ではなく、資格スクールの担当者が説明を行った。
配られたプリントにはカリキュラムの概要や目標とする資格、卒業後の職業などが書かれていた。
担当者の説明の主な説明*を要約すると、今回受講予定のOAソフト管理科では情報処理技術者試験の一種であるITパスポート合格レベルを想定した内容であり、MOS(Microsoft Office Specialist)の一般レベルの範囲に対応したテキストを使用しWordやExcel、Access、Power Pointの学習とビジネス文書など資料作成。パソコン整備士2級相当のセキュリティやCompTIA Network+相当のネットワークに関する基礎知識やトラブルシューティングの学習、PCのセットアップ及びPCハードウェアのメンテナンス実習、HTMLやホームページビルダーを使用したWebサイトの作成、Linuxによる基本コマンドの操作と簡単なサーバー構築の実習、SQLというデータベースの実習、簿記の基本原理や所取引の処理と言った商業簿記3級相当の学習、会計ソフトの学習、グループワーク、Power Pointを使用したプレゼンテーション、自己分析、履歴書や職務経歴書の作成、面接練習等とかなり幅広い内容だった。
色々と説明を受けても薄っすらと記憶にある簿記の用語やWordとExcel位しか知らない為、授業に着いて行けるのか不安になった。
卒業後の進路は一般事務や総務、経理と言った事務職を始め、ユーザーサポート、ヘルプデスク、ネットワークエンジニア、システム管理者、社内SE、パソコンの修理や販売など様々な職種との事だ。
「あの……質問させて頂いて宜しいでしょうか?」
担当が説明を終えると、褐色の肌に派手な金髪、蒼いカラーコンタクトをつけた、一寸俺が苦手なタイプのギャルが挙手を行った。
「ハイ。何でしょうか?」
スッと姿勢よく立ち上がるとギャルは凛とした気の強そうな声で訊ねた。
「データベースの学習もするとの事ですが、これはORACLEの学習をやりますでしょうか?」
は? ORACLE?
何じゃそりゃ?
「いいえ。違いますね。市販のSQL解説書に付属しているオリジナルのデータベース学習用ソフトを使用します。ORACLEのような独自拡張のSQLではなく、標準SQLの勉強が中心となります。ITパスポートの前身、初級システムアドミニストレーターに出題されていたぐらいの学習内容か、あるいは基本情報技術者ぐらいの内容かと思われます」
「そうですか……では、ネットワーク学習に関しましてはCompTIA Network+相当との事ですが、CCNA(Cisco Certified Network Associate)レベルの授業……具体的に言えばCISCOのルーターやスイッチを使いますでしょうか? それともLinuxサーバーでルーターを立てますか?」
只でさえ資料に書かれた専門用語すら分からないのに、一見頭の中がシュークリームなんじゃないかと見えるこのギャルがCCNAやらCISCOやら専門用語を立て続けに
「いえ……残念ですが、CCNAの資格には対応していませんしネットワークの学習はCISCOではなく市販のルーターを使用します。パソコンに慣れていない方も受講の対象に含まれていますで、そこまで専門的な学習は行う予定はございません」
職員が申し訳なさそうな声で答えると、ギャルは失望した様子を隠さなかった。
「ですよねぇ……CISCOの機器もORACLEも高いですからねぇ、失礼しました」
具体的な値段の事は分からないが、言外に訓練校に金がないから準備できないだろうと皮肉っている様にも見えた。
俺がこのギャルに最初に抱いた印象はあまり良くないものだった。
◇
訓練校での説明が終了すると、次は訓練が実施される資格スクールへ行くように指示された。
ここから資格スクールまで行くとなると30分以上かかる。
訓練校の最寄りの駅から電車に乗れば歩く距離が20分程度になるが、流石に一駅の距離、10分程度歩くのを短縮する為に電車に乗るのは金銭面で見ても馬鹿らしかったので歩いて行く事にする。
「あのースイマセン。今、職業訓練校に見学に行っていた方ですよね?」
資格スクールに向かっている俺の背に、自転車を押した一人の男性が声を掛けてきた。
野郎のナンパだったら全身全霊で拒否するか、ノールックカウンターをぶちかまして全力で逃げ出すところだが、その男性は訓練校で見覚えのある顔だった。
「ハイ。そうですが……」
何の要件があるのか知らないが、
「あ、僕、
若干俺よりか若い、恐らく26、7歳ぐらいだろうか?
名は体を表すと言うか、笑顔がどこか人懐っこそうな人だった。
何故俺に声を掛けて来たのか分からないけれど、一人で見学に行くのが不安だったのだろうか?
そうだとしたら俺も同じかも知れないし、いずれ訓練校でクラスメイトになる可能性があるとしたら仲良くしておいた方が良いだろう。
「あっ。ハイ。良いですよ。俺は八瑠気有造って言います。宜しくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
人那津は自転車を押しながら俺に合わせて歩いてくれた。
「人那津さんは今までどんな仕事をしていたんですか?」
俺はどんな職業の人が同じ訓練を受講希望するのか気になり、訊ねてみた。
「えっと、電子部品の修理とかやってました。機械弄るのが好きなんで」
「不躾な質問ですけど……それって正社員でしょうか?」
「いえ、契約社員でしたね」
人那津は恥ずかしそうに頭を掻いた。
まぁ、このご時世なら珍しくもないだろう。
「俺ももうすぐ30歳になるんだけど、正社員の経験はないですから」
「あー僕もですよ。あははははっ!」
これって成績が悪い者同士が点数を見せ合って安心するような心理と似たものなのだろうか?
そのせいか、初対面である人那津ともすぐに打ち解けることが出来た。
その後もお互いにプチ不幸自慢っぽい話を続けて行くと、先程の説明会の話に及んだ。
「そう言えば、さっき質問していた女性の人、結構可愛くありませんでしたか?」
幾ら打ち解けたとはいえ、異性の話をするのは幾ら何でも早い気がするが人那津は平気でそんな話を振って来た。
「う~ん……如何かな? 正直俺は苦手だけれどね」
「え? でも可愛いじゃないですか?」
なおも人那津は食い下がって来た。
バイト先の飲み会等でも必ず女の話は出て来るものであったが、先ずは収入を安定させるのが優先で身近に感じる女など存在しなかった。
「いやぁ、ああいうケバケバしい女は生理的に受け付けないね」
「ちょっ……一寸、八瑠気さん?」
不意に人那津は表情が凍り付いていた。
何か不快な事でも行ってしまったのだろうか?
「いやぁ、やっぱり見てくれだけ幾ら良くても駄目だよ。如何にも性格が悪そうだし」
「いや。待ってください! 八瑠気さん!」
何故か慌てた様子でその話題を終わらせようとしているようだが、言いたい事は言わせて貰う。
「それに、わざわざ知識をひけらかして、お高くとまっている感じもあるし……」
「ふ~ん。それってもしかして、あたしの事ですか?」
ホンの10分も前に聞き覚えのある女性の棘がある声に当てられ、背筋が凍る気分になった。
*本文中の訓練内容は当方が過去に経験した古い内容となります。現在、同じ資格スクールでOAソフト管理科の授業は行われていません。別の資格スクールの同名科目では学習内容が微妙に異なっていますがご了承ください。(資格スクールによってはアプリ開発等もやるようです)
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