第6話 (超重要回)職業訓練校の面接を受けた。

 筆記試験が終了すると教室に待機させられ、自分が呼ばれる番を待って居た。


 確か『メラビアンの法則』と言ったか? 人間の第一印象は出会ってから数秒で決まるらしく、第一印象は外見や態度などの言語以外の要素に左右されやすいらしいので、スーツや靴に汚れが無いか、手鏡で髪の乱れが無いか再度確認した。


「25番八瑠気さん。こちらへどうぞ」


 職員に導かれ、俺は別の教室のドアの前に案内された。


「こちらになります」


 職員に促され、俺はドアをノックした。


「ハイ。どうぞお入りください」


 すぐに中から面接官とおぼしき人の声が聞こえてきた。


「失礼します」


 ドアノブを引いて中に入ると、中には先程試験官をしていた壮年の男性と説明会で話を聞いた中年女性の面接官の二人が座って待って居た。


 俺は椅子の横に立ち、自分の名を名乗った。


「八瑠気有造と申します。宜しくお願い致します」


 若干上ずった声で挨拶をしながら頭を下げると、先ずは壮年の面接官が挨拶を行った。


「私は講師を勤めさせて頂いております月光浩志がっこうこうしと言います。宜しくお願いします」


「宜しくお願い致します」


 月光と名乗った面接官が頭を下げると、俺は再び頭を下げた後、次は中年の女性の面接官が挨拶を行った。


「私は××職業能力開発センターの丹藤種任たんとうしゅにんです。宜しくお願いします」


「宜しくお願い致します」


 今度は丹藤が頭を下げると、俺もまた頭を下げ、次の指示を待っていると、月光はすぐに俺の椅子の方に手を差し出した。


「どうぞおかけになってください」


「ハイ。失礼致します」


 俺は促されて椅子に腰を掛けた。


 当然の事ながら、面接官に促されるまでは勝手に椅子に座ってはならない。


 まぁ、入室から着席までのマナーは新卒時に買うような就活マナーのマニュアル通りで差支えは無いだろう。


「それでは先ず、何故職業訓練を受けようと思ったのですか? 志望動機を教えてください」


 最初の定番の質問は丹藤から尋ねられた。


「ハイ。私は以前、パソコンを使用したアルバイトを経験したのですが、その時にスキル不足を痛感し、御校でもっと勉強し、スキルを磨きたいと思い、志望致しました」


 本当は漠然と事務職に就きたいと思っただけだし、志望動機としては弱い感じが否めないが、それらしい理由にはなっているだろう。


 あと、少しでも社会経験があるならば改めて言うまでもない事かも知れないが、『俺』や『僕』と言った一人称はご法度だ。


 ごく稀に一人称の『僕』が謙遜語と勘違いしている人も居るようだが、社会人からは赤ちゃん言葉と解釈され、一般的な常識に欠けると思われてしまうのだ。人によってはこの辺の些細なマナーにやたら厳しいので、つい『僕』と言ってしまう口癖がある場合は注意が必要である。


「その時はどんなお仕事で、どんなスキルが足りないと思ったのですか? 具体的に教えてください」


「ハイ。携帯電話の検査のアルバイトで、Excelを使用してチェックリストに使っていましたが、もっと効率的に使えないか、もっと便利な方法があるのではないかと思いました」


 アルバイトの経験ぐらいしか無くても過去の仕事の経験は必ず答えられるようにしなければならない。


 まぁ、職歴が職歴なので、あまり良い受け答えではないかも知れないが、バイト先でExcelの使い方が良く分からなかったとか、馬鹿正直に答えてネガティブな印象を与えるよりはマシだろう。


「そうですか……それでは八瑠気さんの志望する職業は何でしょうか?」


 続けて丹藤から質問が飛んだ。


「ハイ。事務職を希望しています」


 丹藤が横目で月光を見ると、少し苦笑を浮かべていたように見えたのは気のせいなのだろうか?


「如何しても事務職しか考えていないですか? もし駄目だったら他の仕事も考えますか?」


 それって、暗にこのコースを受講しても事務職に就けないと言いたいのだろうか?


 だが、この疑問を試験官にぶつけたらネガティブな印象を与える可能性もあるかと思い、前向きの返答をする事にした。


「ハイ。興味を持てる仕事ならば積極的にチャレンジしたいと思います」


「そうですか。では、次の質問ですが、八瑠気さんは訓練場所を見学に行きましたか?」


 これは事前にと知っていたので、見学前から想定していた内容だ。


「ハイ。見学させて頂きました」


「どんな感想をお持ちになられましたか?」


「そうですね……テキストまで教えて下さったので、あの後書店で同じ書籍の内容を確認出来たので良かったと思います」


「そうですか! 勉強熱心な方ですね!」


 丹藤は感心したように頷いた。


 取りあえず、志望動機の勉強をしたいと言う回答にも繋がっているので、多分アピールは成功しただろう。


「では、私からも質問させて頂きます」


 今度は月光からの質問を受けた。


「職業訓練校には色々な年齢の方が来ます。それこそ八瑠気さんのお父様位の年齢の方も受講しますが、仲良く過ごす事は出来ますか?」


 ので、当然答えは準備していた。


「ハイ。以前のアルバイト先に年下から同世代、ご年配の方まで幅広い世代の方が勤めていらしたのですが、皆さんと公私ともに仲良くさせて頂きました」


 まぁ……、これは多少話を盛っているが普通にコミュニケーションは取っていたので問題はあるまい。


 只、正直なところ、さっき試験中に唸っていた老人みたいな人とは仲良くなりたいとは思わないが、きっとあの人は受かる事は無いから気にする事もあるまい。


「訓練中の就職活動は如何いかがなさいますか?」


 再び丹藤が質問をしてきた。


「ハイ。職業訓練を受けながら、ハローワークにも通い、求人は探し続けたいと思います。もし、応募可能な求人があれば、そちらも応募したいと思います」


 職業訓練はあくまでも就職する事が目的であるのだから、当然の事ながら訓練よりも就職活動を優先するべきだと訓練校側は考える。


 だから、職業訓練中は訓練に集中して就職活動をする気が無くても訓練だけやるとは答えない方が良いらしい。


 要は、? 


 訓練校側からすれば訓練しても就職の見込みが全く無い人を入校させて就職率を下げるより、少し訓練するぐらいで就職出来る可能性が高い人を採用し、就職率を上げてくれた方が面接官や訓練を担当する資格スクールの実績にも繋がるのだろうし、評価にも繋がるのだから、面接官側の視点で考えるのは重要な事である。


「もし、職業訓練中でも採用が決まったらどうしますか?」


「ハイ、基本的には職業訓練は終了して採用して頂いた企業様に就職したいと思います。ですが、もし企業様のご理解を得られるようでしたら、入社日を職業訓練終了まで待っていただき、なるべく多くのスキルを身につけたいと思います―」


 こんな感じで幾つかの簡単な質問をされたが、圧迫面接など行われず、新卒時代に受けたどの会社の面接よりも遥かに優しいものだった。


 特に返事に詰まる様な事も無く、十分か、せいぜい十五分程度の時間で行われた面接は無事に終了した。

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