第5話:俺と着せ替え人形
シルバーがワークショップとの邂逅を果たしてから、数日が経った。
このところシルバーは、己に課すべきルールは何か、そればかり考えていた。
うっすらと何かを掴みかけている感覚はあるものの、それが具体的な形にならないもどかしい状況が続いているのだ。
四六時中考え、頭を捻りながら、それでも具体的に自分が何をすればいいかの方向性はなかなか見えて来ない。
必然、他の諸々のことに気が回るはずもなく、瀧に咎められドヤされる回数は、日に日に増していった。
シルバーとしては、もとより瀧の言いつけなぞ守るつもりは皆無である。
しかし、早くルールを見つけて強くなりたいとの焦りが、余計に瀧との確執を生むという皮肉な結果となっていた。
そして、それをシルバー以外に危惧している怪人が、ただ一人だけ存在した。
それが、アンラッキーである。
「シルバーよぉ〜。お前そろそろおやっさんの言うこと、ちゃんと聞けよ〜」
事務所ビル三階のタコ部屋で、アンラッキーはうんうん唸るシルバーへそう声掛けしていた。
他の怪人たちはみな、瀧に与えられたヤクザ者としての仕事を果たすために出かけている。
今日は瀧も留守にしているため、シルバーも堂々とタコ部屋に居座っていた。
「俺がジジィの言うこと聞かねぇのなんざ、今に始まったことじゃねぇだろが」
シルバーは鬱陶しそうに舌打ちすると、シッシと口を鳴らしてアンラッキーを追い払おうとする。
「そりゃそうだが、最近のお前なんか酷いぞ?目に余るっつーか、見てらんないっつーか……」
アンラッキーが心配するのも、無理のない話である。
直近でシルバーがやった組の仕事といえば、瀧が切らしたタバコの買い出しのみである。
それでさえ、デコイチの邪魔が入ったせいで完遂出来ていない。
瀧にドヤされれば言うことをきくが、それも一時的な処置に過ぎない。
たとえ瀕死にされようとすぐ治る怪人に、痛みで覚えさせる反省は不可能なのである。
そして縦割りのヤクザ社会であればこそ、そういう人間は使い捨てられるか、切り捨てられるのが宿命なのだ。
瀧がそれをしないのは、シルバーを野放しにしては却って危ないという、それだけの理由でしかない。
アンラッキーは、シルバーが瀧を嫌っていることなど重々に承知済みである。
それでも彼は何とか、シルバーを代田組に定着させようと努力していた。
シルバーが危険なことは百も承知で、それでも彼には他の怪人にない『器』が備わっていると思っているからだ。
瀧に絆されて代田組の傘下に入った怪人は、みな弱小ゆえに怪人社会から爪弾きにされた者ばかりである。
当たり前の話ではあるが、怪人社会は人間社会より、さらに強固な弱肉強食が敷かれている。
人間を襲うのが本分の彼ら怪人たちであるが、根本的には怪人同士で喰い合うことも厭わないからだ。
その洗礼を味わい、または味わう前から諦め、細々と人間を襲い糧にしていたような怪人。
それがアンラッキーら代田組の、構成怪人たちなのだ。
しかし、アンラッキーの目に映るシルバーは違った。
反骨心が途方もなく強く、幾度となく瀧に敗北しても全く折れることを知らない。
己の強さを証明するためなら、如何なる怪人、魔法少女を相手取っても逃げることがない。
そもそもがこんな底辺にいること自体おかしいほどに、シルバーはタフなのである。
胡座をかいて何事かをブツブツと口の中で呟くシルバーに、アンラッキーは再び話しかける。
「最近お前、あんまり外にも出てないだろ。毎日何してるんだ?」
普段危ういほどに活動的だったシルバーが、瀧から逃げる時以外はほとんど外に出なくなった。
本人にそれまでと変わった様子がないのも、逆におかしい。
最初は魔法少女か怪人の、精神攻撃でも受けているのではないかと思ったほどである。
「何でもねぇよ。ちょっとばかし頭使ってるから、動かねえだけだ」
シルバーは、他の怪人たちにルールのことを漏らすつもりはなかった。
どうせ自分に、上手く説明できるはずがないと思っているからである。
「何をそんなに考えてるか知らんけど、ない知恵絞っても無駄ってもんだぜ?」
「うるせぇわ」
そんな軽口のやり取りの後、アンラッキーはシルバーに一つの提案をした。
「そうだ。シルバー、たまには繁華街の方に出てみたらどうだ?」
「あァ?あんなとこに用なんてねーよ」
「どうせ残っててもすることなんてないだろ?息抜きもしてみるもんだって!」
誘うアンラッキーに対し、今日は珍しくシルバーの方が冷静であった。
「電話番はどーすんだよ。お前当番じゃねぇの?」
「うーん、そうだな……ネイルのやつがそろそろ帰ってくるから、交代で頼むか」
ネイルはシルバーらと同じく、代田組傘下の怪人の一人である。
その名の通り鋭い鉤爪を持った怪人だが、ただそれだけで特徴に乏しいため、怪人世界ではいまいち伸びない男であった。
「とにかく、一回でいいから外に出てみろって!意外と楽しいかもしんないだろ!」
「あーもーうっせぇなぁ!分かったよ、表出りゃいいんだろ!」
アンラッキーの熱心な勧誘に折れる形で、シルバーは外に出ることとなった。
ネイルが帰ってくるまで待機した後、電話番を引き継いで二人は事務所の外へと出た。
「言っとくが金なんて一円たりとも持ってねぇからな?」
「お前に財布役なんて期待してないから」
そんな戯言を交わしつつ二人が横並びで歩道を歩いてゆくと、シルバーが何かに気がついた。
「……ん?」
事務所の横手を通り過ぎる時、ビルとビルの隙間に何かを見つけたのだった。
「どうしたんだ?」
アンラッキーの問いかけに答えず、シルバーはビルの隙間の狭い路地を真っ直ぐに進む。
そこには、シルバーが近づいていることに気づいていない何者かの影があった。
「……何してんだ、あんた?」
「ひゃあっ!?」
影の正体は、コンビニ店員の梔子であった。
いつものバイトの制服と違い、ラフな私服である。
頭には猫の耳を模したヘッドホンを着けており、今にも愛らしく動き出しそうな佇まいだった。
奇妙なことに、梔子はゴミ箱代わりのポリバケツの前に膝をついていた。
それは、代田組がゴミを捨てる時に使っているものである。
「こんちは。何してんすか?」
シルバーの後ろから、アンラッキーがひょっこりと顔を出して尋ねる。
「えっ、あの、そのー……点検です!ちゃんとゴミの分別してるかとか、汚してないかとか!」
やけにワタワタした様子で、梔子はゴミ箱の前から立ち上がった。
「へぇー……町内会かなんかですか?大変っすねぇ」
「そ、そーなんですよ!バイトの他にも色々やらされて〜……」
世間話に興じる二人を、シルバーは指で耳をほじりながら見ていた。
「そうだ。シルバー、どうせなら梔子さんにも着いてきてもらおうぜ」
「あん?」
不機嫌そうに眉をひそめるシルバーに、機嫌よくアンラッキーは提案する。
「何の話です?」
「俺たち、繁華街の方に出ようと思ってたんすけど、良かったらいっしょにどうです?金なら出しますんで!」
ことさらに笑顔を見せるアンラッキーを、シルバーは下手なナンパのようだと思いつつ見ている。
「えっ……んーと、じゃあ……お邪魔じゃなければご一緒してもいいですか?」
意外にも、梔子は手放しでその提案を快諾した。
「おい、アンラッキー。お前こんなゴミ箱女連れてくのかよ」
「誰がゴミ箱女ですかっ!そっちこそゴミの分別、ちゃんとしてるんでしょうね?」
「ヤクザにゴミの捨て方なんざ指南するんじゃねぇ〜よ。バカか?アホか?低能か?」
一瞬で険悪になる二人の間に割って入り、アンラッキーは仲を執成(とりな)す。
「まぁまぁまぁ、ケンカは無しってことで!今だけは楽しく遊びに出ましょーよ、ね?」
アンラッキーの不器用な言葉に、先に矛を収めたのは梔子だった。
「そうですね……ムキになってしまって、ごめんなさい」
「ケッ。俺は謝らねーぞ」
口をへの字に曲げるシルバーを、アンラッキーは半ば無視する。
「じゃ、行きましょうか!軽くウィンドショッピングでもして、飯でも奢りますよ!」
シルバーの気分転換に出かけるはずが、すっかり目的と手段が入れ替わってしまったようである。
こうして三人は、不機嫌さと高揚の織り混ざった奇妙な空気で、千仁町の中心地である繁華街へと向かった。
繁華街までは、バスを使って十分ほどの場所に存在する。
裏町めいたシルバーたちの住居とは違い、どこかキラキラしい光に満ち溢れたかのような印象がある。
普段は会社員などが多く歩き、休日ともなれば若者が集う場所でもあった。
オフィスビルもあり、老舗の百貨店もあり、アパレル関係の建物も飲食店も多くある。
しかしそこに、シルバーが足を踏み入れたことはほとんどない。
ケンカ相手なら、彼の生まれた土地の方が多くいるためである。
三人はバスから降りると、美しいタイルに舗装された歩道に降り立った。
「お前、こういうとこよく来んの?」
シルバーはなんの気無しにアンラッキーへそう問うていた。
怪人が足を運ぶには、少々相応しくない場所のように思えたからだ。
「そんな頻繁には来ないけどさ。社会勉強みたいなもんだよ」
アンラッキーは照れくさそうに、鼻の下を指で擦りながら言う。
「梔子ちゃんはこういうとこで遊んだりするの?」
二人の影に隠れた梔子に、アンラッキーは気遣いするように声をかけた。
「お仕事でなら来たことありますけど、遊びにはあんまりですかねぇ」
「へー、今時の若い子にしては珍しいね。てか、コンビニバイトでこんなとこまで来るの?」
「えっ……えぇ、まぁ……他の店舗のヘルプ、とか……?」
何故か疑問系で答える梔子に、シルバーはわざと懐疑的な言葉をかけた。
「歯切れが悪いな。なんか後ろめたいことでもしてんじゃねーのぉ?」
「してませんっ!それはあなたの方でしょう?」
犬猿の二人を置いて、アンラッキーは堂々と先を歩いていく。
「先に飯済ませるか。この先にあるカフェのホットサンドが美味いんだよ」
「カフェってお前な……そのツラで言うことかよ?」
「いいじゃないですか。私はホットサンド好きですよ」
三人は思い思いのことを口にしながら、街の歩道をそれぞれの歩調で歩いてゆく。
しかしそんな和やかな雰囲気も、僅かな時間で終わることとなった。
数メートルも歩かないうちに、彼らの行く先を物々しい数のパトカーが走った。
パトカーのマイクからは、歩行者へ向けて何かしらの伝達が成されている。
彼ら三人の横を通るとき、それが何を伝えようとしているのかはっきりと聞き取れた。
『この先で魔法少女が戦闘を行っています。大変危険ですので、住民及び歩行者の皆様はただちに避難してください』
パトカーはそんなことをスピーカーで流しながら、彼らの傍らを通り過ぎていった。
「マジかよぉ……せっかく外に出てきた日に限ってこんななんて……」
「アンラッキーの名前に恥じない不運だな」
シルバーが茶化す間に、アンラッキーはがくりと肩を落とす。
「まぁ仕方ない……事情が事情だし、俺たちも帰るか」
アンラッキーは諦めて、もと来た道を引き返して帰ろうとした。
「……あれ?梔子ちゃんは?」
「あぁ?」
その足が止まったのは、そこにいるはずの梔子が、どこにもいなかったからだった。
二人がキョロキョロ辺りを見回すと、梔子はパトカーが走っていったのとは逆方向、街の中心地へと向かっていた。
「おーい何してんの!!そっちは危ないって!!」
アンラッキーが呼び止めようとするも、梔子は言うことを聞かない。
「えーと、あのー……こっちに友達の住んでるとこがあって、安否確認だけさせてください!!」
梔子は遠ざかりながら、アンラッキーに大声でそう伝える。
「おいおい、まずは自分の身の安全から考えてくれよな〜……」
アンラッキーの顔が青ざめ、どうしたものかと途方に暮れる。
しかしアンラッキーは忘れていた。
彼の傍らにもう一人、己の身の安全など顧みないものがいたことを。
無論それは、シルバーのことである。
シルバーは梔子の後を追うように、凄まじい速度でその場から去っていた。
「おいシルバー!!お前まで何してんの!?」
アンラッキーはその背中に叫んだが、それがシルバーまで届くことはなかった。
シルバーはあっという間に梔子に追いつくと、その横で並走した。
「ちょ、ちょっとあなた、なんでついて来たんですか!?」
梔子がそう驚愕するのも無理はない。
しかしシルバーは悪びれもせず、しれっと述べた。
「考えてみりゃ、魔法少女と怪人のケンカなんて面白ぇもんに首突っ込まないで帰れねぇよなぁ?」
息も切らさず歯を剥くシルバーに、梔子はため息をつく。
「あんただって、勝手にアンラッキーから離れたんだから文句はねーよな?」
「そ、それはそうですけど……!!」
「じゃ、決まりだな」
シルバーがさらに走力を上げ、梔子を引き離しにかかった。
その時だった。
突如彼らの頭上から轟音が響き、巨大な何かが落下してきた。
梔子は悲鳴も上げず、その落下物を大きな動きで回避する。
シルバーは回避するより駆け抜けた方が早いと判断し、梔子とは逆方向に走った。
天から音を立てて降り注いだのは、巨大な看板であった。
その看板は敷石を割って歩道に縦向きに突き刺さり、走っていた二人を分断した。
「大丈夫ですか、お兄さん!!」
梔子は大声でシルバーに呼びかける。
だがシルバーの耳には、すでに梔子の言葉は入っていなかった。
「看板が落ちてきた、ってことはこの上に魔法少女がいやがるのか」
「ちょうどいい。コンビニ女とも離れられたし、ちょっくら遊んでみっか」
シルバーは肉体を怪人体へと戻し、両の手の指先を鈎状の刃物へと変形させた。
そして梔子から隠れるように、看板の落下してきたビルの壁面へと縋りつく。
指をビルの壁面に食い込ませ、シルバーはスパイダーマンもかくやという速度で勢いよく登っていった。
時に壁面の凹凸に阻まれ、時に手を滑らせそうになりながら、それでもシルバーは並みの人間の速度以上の早さで壁を登った。
そして最上階まで辿り着くと、周囲を囲うように張り巡らされた落下防止用の金網に張り付く。
そこで繰り広げられていたのは、シルバーの想像していたより遙かに奇妙な光景だった。
「な、なんだありゃあ?」
シルバーがそう驚くのも無理はない。
そこで戦闘を繰り広げていたのは、二人。
一人は肩までの赤髪を振り乱し、片方の攻撃から身をかわしていた。
服や顔にダメージを受けた痕跡があり、苦戦している様子が窺える。
そして、もう一人。
「キャハハハハハハハ!!!」
そんな風に高笑いをしながら魔法少女を追い詰めている、その相手もまた魔法少女であった。
栗毛の髪にステッキのような物を持ち、対する少女へ次々と打撃や蹴擊を繰り出している。
彼女の繰り出す攻撃は、コンクリートの床をも砕く威力である。
看板が落下したのも、その衝撃に耐えられなくなったからだろう。
何が起こっているのか分からなかったシルバーだったが、単純な彼の出した結論はこうだった。
「なんで魔法少女同士が闘ってるのか知らねぇが、割って入って殺すなら同じこったな」
そのバカのつくほど正直過ぎる結論を、止める者は誰も存在しなかった。
彼の頭に残ったのは、二人の魔法少女のうち、どちらを相手取るかということだけである。
見たところ、攻め手に回っている茶髪の魔法少女の方が、明らかに強そうな雰囲気を漂わせている。
防戦一方の赤髪の少女は、時折両手を組み合わせて、ハートの形を作り自分の体の前方へかざす。
その形を作った途端、茶髪の魔法少女の顔面が爆ぜて、爆発が起こった。
しかしその爆発はすぐさま収束し、茶髪の魔法少女にダメージを残していない。
「そぉんな攻撃、効かないって言ってるのが分からないのぉ〜?」
それだけをねっとりした口調で言うと、相手からの反撃も意に介さず、再度激しい攻撃を繰り返していく。
「決まりだな、茶っ毛の女の方がどう見たって強い」
シルバーは一通りの行動を見渡した後に、金網を飛び越えて屋上へと降り立った。
戦闘に夢中になっている先の二人は、シルバーの存在に気づかない。
タイミングを見計らったシルバーは、茶髪が赤髪へ走り寄っていった時に、自らもその体を踊らせた。
「どりゃあぁぁぁ!!!」
シルバーが叫ぶと、二人が驚いた表情で彼の方を見た。
元より倒すためでなく、戦って楽しむために挑んでいるシルバーである。
騙し討ちのような真似をするつもりは毛頭ないため、叫んで己の存在を知らしめたのだ。
「誰!?」
赤髪の魔法少女は突然の出来事に動揺していたが、シルバーの襲撃を受けた茶髪の少女は逆に冷静だった。
シルバーの鋭い斬撃を、彼女はその場で軽やかに跳躍することで躱す。
高く宙に舞うその体はくるりと一回転し、シルバーの両肩へと着地した。
その途端、シルバーの全身に激痛と強烈な痺れが走った。
「あばばばばばっ!?」
茶髪の少女はトントントンとリズム良く、両足でシルバーの肩を踏むと、再度跳躍して地面へと着地する。
「だぁれぇ〜?せっかくのおデート、邪魔しないでほしいんですケド〜?」
シルバーは痛む体に鞭打って無理やり立ち上がると、痙攣する刃の腕を前に出して高らかに名乗った。
「俺の名はシルバー!!ケンカにちょっかい出しに来た、タダの野次馬だ!!」
赤髪の少女はそれを聞いて、シルバーと茶髪のどちらに注意を割くべきか、判断しかねているような顔になった。
「野次馬がなんで私の邪魔するのかしら〜?馬なら馬らしくパドックでも走ってればぁ?」
ゆらゆらと揺れながら、茶髪の少女はつまらなそうに唇を尖らせる。
「そうしてぇのは山々だが、あんたなかなか強そうなんでな。しばらく俺に付き合ってもらうぜ!」
シルバーの刃の両腕が閃き、茶髪の少女を襲う。
しかし少女はそれをまたしても躱し、得意げに鼻を鳴らした。
「そりゃ強いに決まってるじゃ〜ん。だってダービーちゃん、魔法少女だも〜ん!」
ダービー、というのは自分の名前のようである。
勢いこんで斬り込んだシルバーの斬撃は、ダービーにことごとく躱され、すかされ、彼女の肌を掠めることすらなかった。
シルバーは先ほどの攻撃の余波を受けて、体がまだ本調子ではない。
だがそれを加味しても、シルバーの攻撃の全てを躱しきるダービーの機動力には、異常なものがあった。
その時、二人のやり取りを傍らで見守っていた赤髪の少女が叫んだ。
「あんたが何者か知らないけど、気をつけて!そいつは、魔法少女なんかじゃない!」
そして再び両手をハートの形に組むと、またしてもダービーの肩口が爆ぜた。
ダービーはその肩をぱっぱと払うと、忌々しげに赤髪の少女を睨みつける。
「あぁ〜んもぅ、ウザったいなぁ!ウザいウザいウザいウザい!」
「私、ちゃんと魔法少女だもぉん!その証拠、今見せてあげる!」
ダービーはシルバーから距離を取ると、手にしていたステッキを握り直し、自分の顔の前にかざす。
すると、ステッキの先に赤い炎が灯り、ちろちろと小さく燃えた。
「そぉれ、フゥーーーーーーーーーッ!!」
少女が灯りに息を吹きかけると、そこからシルバーに向かって、火勢を増した炎が一直線に伸びてきた。
「どわぁぁぁぁあああっ!!」
シルバーは横っ飛びに飛んで、その炎の流れを避けた。
「どーお、これでも私のこと、魔法少女じゃないって言えるぅ?」
クスクス笑いと共に、ダービーはくるくるとステッキを回して弄ぶ。
そして再度ステッキをかざすと、大きく息を吐き、炎の帯をシルバーへ飛ばした。
シルバーは広い屋上を駆けずり回り、追ってくる炎を避け続けた。
赤髪の少女はその合間にも、両手でハートを作りダービーの体表を爆ぜさせる。
しかしそれは、相変わらずダービーに何の影響も与えていないようだった。
「クソッ、めんどくせぇなぁ!!」
そう言いつつも、シルバーは走りながら円を描くように、ダービーへ巧妙に近付いていた。
「剣の間合いになれば、こっちのもんなんだよ!!」
ダービーが息を吸い込む隙を探り、シルバーはダービーの胸元を腕の刃で突こうとする。
しかしダービーはステッキを下げると、シルバーの腕刀を半身になって華麗に避け、反対の手で逆に彼の胸へと触れた。
「ぐぎゃっ!!」
振動にも似た衝撃がシルバーの体に走り、その動きが止まった。
「そいつの体には電気が流れてる!迂闊に触ると地獄を見るよ!」
一定の距離を保ったまま、赤髪の少女が叫んだ。
「そういうことは先に言っとけ!!」
シルバーが、体から微かに焦げ臭い香りを漂わせながら文句をつけた。
「あんたが勝手に割り込んで来たんでしょ!!」
赤髪も負けじとその文句に応じるものの、ダービーがシルバーへ追撃を行おうとしたことでそれを中断する。
何度目かのハートマークを作って、ダービーの攻撃をシルバーから逸らそうとした。
むろんそれまでと同様、ダービーにその攻撃の影響はない。
シルバーからすれば、それがいかなる攻撃なのかも分からない程である。
ダービーはかったるそうに、赤髪とシルバーの二人を視界に入れながら離れて立った。
「2対1ってズルくな〜い?正義のミカタが、そんなんでい〜の〜?」
ダービーが挑発すると、赤髪の少女は音がするほど強く奥歯を噛んだ。
「うるさいっ!!フェアリーの口で正義を語るな!!」
怒りを顕にしたまま、赤髪は足元のコンクリート片を拾い上げると、ダービーへ鋭く放り投げた。
「魔法少女が石投げて攻撃なんてアリエナ〜イ。やっぱダービーちゃんの方が魔法少女だし〜」
そのコンクリ片をステッキで弾き飛ばし、ダービーはケタケタ笑った。
その欠片が、シルバーの足元まで転がってきた。
(遠距離だと炎、近距離だと電気。思ったより厄介な相手だな)
シルバーは、考えていた。
遠距離の炎が直撃することはまずないが、接近は間違いなく困難になった。
そして近づいて攻撃したとしても、シルバーの体の特性は電気に対してあまりに無防備である。
体を刃に変える能力では、どう攻撃を組み立ててもダービーの体に触れざるを得ないからだ。
既に二回電気を浴びて、シルバーの体には常人ならば死んでいるだけの火傷が刻まれている。
次の電撃まで、肉体が耐えられるという保証はない。
たとえ彼女の体を斬れたとしても、その代償としてシルバーの体には深刻なダメージが残るだろう。
もしも斬られたダービーが死なず、シルバーへ炎の魔法を吹きかければ、結果は相打ちで終わってしまう。
「となると……」
シルバーは足元に転がっていたコンクリート片を、ちらりと見た。
「さぁて。もっかいおデート楽しみたいしぃ、そろそろお邪魔虫にはバイバイしてもらおっかなぁ〜?」
ダービーは首をぐるりとシルバーへ向け、薄ら寒い笑みを顔に貼りつけた。
「あんたの相手は私だ!!間違えるんじゃないよ!!」
赤髪の少女は啖呵を切ったが、ダービーにはいかほども響くことはない。
「あなたは後でね〜。こっちのギンギラギンを殺したら、ゆ〜っくり生皮剥いであげる〜」
ぷらぷらとステッキを振りながら、ダービーは改めてシルバーへ向き直る。
シルバーは炎を警戒しながら走ると、ありったけの大声で叫んだ。
「おい女、そいつを三十秒だけ足止めしやがれ!!いいな!!」
その台詞に、赤髪の少女は驚愕した。
「逃げるつもり!?」
思わずそう返さずにいられなかった少女だが、シルバーは一歩たりとも逃げるつもりなどなかった。
「そいつを殺す算段があるって言ってんだよ!!さっさとやれぇっ!!」
有無を言わさぬその怒号に、少女は決意を固めた。
「キャハハハハハ!!どうやって私を止めるつもりぃ?あんたの魔法じゃ、私は止めらんないよ〜?」
ダービーは意識を完全にシルバーのみに向け、少女を視界から外した。
走るシルバーを追うように、ダービーの炎はステッキから迸る。
いかなる策があろうとも、シルバーを近づけさせない構えのようだ。
ダービーが息を吐ききるまで、炎はシルバーを焼こうと踊り狂っている。
その呼吸の合間にも、敵を煽ることをダービーは忘れない。
「だいたい、たった三十秒で何が出来るって言うの〜?」
「あっちのアレは、無敵のダービーちゃんを三十秒も止められないみたいだけどぉ?」
言い終わるとその場でくるくる回転し、ダービーは再び炎を吐く。
シルバーはしばらくの間、炎から逃げることに専念していた。
だが、その動きはある瞬間から、ピタリと止まった。
「あらら〜、ついに観念したのかしら〜?それじゃあ、骨まで萌えちゃえ〜!」
ダービーが勝利を確信し、炎を吐くために大きく息を吸い込んだ、その時だった。
「なんだよ、やれば出来るじゃねーか」
シルバーは呟き、火傷で黒焦げになった肌をバリバリと掻きむしる。
「ぐえぇっ!?」
ダービーは、ひきつれた蛙の鳴き声のような醜い声を、喉から絞り出して喚いた。
後ろから近づいていた赤髪の少女が、ダービーを羽交い締めにしたのである。
両腕を相手の脇の下から首の後ろに回して、ロックする。
このまま締め上げれば、相手の首の骨を折ることも可能なワザである。
「おごっ!!がぁっ!?」
目を白黒させ、喉の奥を蠕動させながら、ダービーは喘ぐ。
当然、電気の流れるダービーの体に触れ続けていれば、赤髪の少女は感電してしまう。
「うあぁぁぁぁぁっ……!!」
悲痛な叫びを上げながら、しかしそれでも赤髪の少女は、ダービーの体を離そうとしなかった。
「テッ……テメェ!!死にてぇのか!?」
それまでの余裕が消え去り、ダービーは野太い声で少女を威嚇した。
その声はもはや、少女の声には全く聞こえなかった。
「ハッ……考えてみりゃ……こっちは最初っから、死ぬ気で仇討ちしに来てたんだ……!!」
「今さら電気で痺れるなんて……ビビってる場合じゃなかったんだよっ……!!」
赤髪の少女は苦痛に歪む顔をしながら、ますます腕へ力をこめる。
「ゲェェエエッッッ!!?」
ダービーの口から漏れる声は、より濁った汚いものへと変わっていった。
密着度が増すに連れ、赤髪の少女の肉体からは、黒い煙が立ち昇った。
常人ならば、十秒と保たずに絶命するのは間違いない。
いやそれ以上に、自らの意思で電流に触れることすらままならない。
恐らく今、彼女の体には高圧電線に触れ続けているのと同じ電力が流れているだろう。
その激痛の中、赤髪の少女は凄まじいまでの胆力で、笑みを見せていた。
「ぐっ……このぉ……!!」
ダービーは焦げた少女の腕に爪を立てたり、少女の脇腹に肘を入れたりした。
しかしそのどちらも、少女の腕の力を緩めるには至らなかった。
「アバズレがぁ……ナメやがってぇぇぇぇぇ……!!」
鬼のような形相をするダービーの体が、空中にふわりと浮いた。
「お前こそっ……私をナメんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
気合も高らかに、赤髪の少女は背を大きく反らせ、ダービーを後頭部から背後へ叩きつけた。
「あぎゃっ!!」
ダービーは短い悲鳴を上げて、頭部を屋上のコンクリートへめり込ませた。
両腕を少女にロックされていたダービーは、後頭部と頚椎に直に落下の衝撃を受けていた。
プロレスで言う、フルネルソン=スープレックスという大技である。
受け身が取れなくなるため、本職のレスラーですら受けるのに覚悟を必要とする危険なワザだ。
それをダービーは、魔法少女の膂力でコンクリートに投げられたのである。
「かはっ……!!」
しかしその大技の代償として、少女も立ち上がるのが不可能なほどの深手を負ってしまっていた。
「くっそがぁぁあ……かわいいかわいいダービーちゃんの顔に傷をつけやがってえぇぇぇ……」
ダービーは埋まっていた後頭部をコンクリートから起こし、よろけながら立ち上がろうとした。
対する赤髪の少女は、倒れたまま起き上がってくる気配がない。
高圧電流に触れ続けて、死んでいないのが不思議なほどである。
「テメェは殺す!!ギンギラも殺す!!覚悟しろ!!」
ダービーは白い歯を剥き出しにして、少女へ踊りかかろうとする。
しかし赤髪の少女は、倒れたままで中指を立てて見せ、唾棄するように言葉を捨てる。
「三十秒……保たせてやったんだから……後はあんたが責任とりなさいよ……」
その言葉を合図にしたかのように、シルバーがダービーへ向かって疾駆していた。
「アァァァァァッ!!雑魚が私の遊びを邪魔するんじゃねェッ!!」
よろけながら立ち上がったダービーは、ステッキをかざしてその先端に火を灯した。
火炎放射のための予備動作である。
シルバーはそれに向かって、愚直なまでにまっすぐ突っ込んできた。
炎は歪曲することなく直線でしか飛んでこないため、横へ逃げれば簡単に避けることが出来る。
しかしこれでは、炎はシルバーに直撃してしまうだろう。
「あぁ、ムカつく、ムカつく、ムカつくムカつくムカつくムカつく!!!!!」
「どいつもこいつも、今すぐブッ殺してやるぅぅうううう!!!」
幼稚な怒りとともに、ダービーはこれまで以上に大きく息を吸い込んだ。
最大火力でシルバーを迎え撃つつもりのようである。
しかしその隙こそ、シルバーが最も望んでいたものだった。
「カァァッ……!!」
痰が絡んだかのように、シルバーが喉を鳴らす。
そして鋭い呼気と共に、何かがダービーの顔面へ飛来した。
呼吸のタイミングに合わされたダービーは、それを回避することが出来なかった。
「ぎゃあっ!!」
ダービーの眉間に、鋭い何かが煌めいて突き刺さった。
それは、刃化したシルバーの、中指だった。
「飛び道具には飛び道具だ!!参ったかボケェ!!」
シルバーは得意げに叫ぶと、のたうち悶絶するダービーへさらに接近していった。
なぜシルバーは、自分の中指を犠牲としたのか。
まず最初にシルバーが考えたのは、赤髪の魔法少女と同じく、ダービーへ石を投擲することだった。
ダービーに攻撃を当てるには、火を吹き出す直前の呼吸のタイミングがベストである。
辺りには瓦礫が散乱しており、攻撃に使用するには十分な量がある。
しかしその場合、シルバーの身体上の問題点がひとつあった。
それまでシルバーは、両腕を必ず左右ともに刃に変えて戦闘している。
だが石を投げるには、どちらかの腕を刀から普通の腕へ、戻さなければならない。
急に腕が元に戻っているのを見れば、たとえ隠していても何らかの作為があると、ダービーに見抜かれてしまう。
さすがのシルバーでも、それではダービーに勘づかれると気がついた。
そのためシルバーはまず腕を元に戻すと、中指のみを刃化して切断した。
それを口に含み、ダービーに対したあの瞬間、彼女の顔面に吹き出したのだ。
指の欠損は、腕を刃化することで隠すことが出来る。
これが口に含めるサイズの小石だったなら、ダービーに対して有効な攻撃力は持たなかっただろう。
赤髪の少女が時間を稼いでいる間に、シルバーはそれだけのことを行っていたのである。
そしてシルバーの攻撃は、それだけにとどまらなかった。
シルバーは腕刀の間合いまで近づくと、ダービーへ横薙ぎに腕を払った。
狙いはダービーの体ではなく、顔面に指が刺さっても取り落とすことのなかった、彼女のステッキである。
「セェイッ!!」
掛け声とともに振るわれた刀は、高い金属音を鳴らして、ステッキを真っ二つに両断していた。
「いくら魔法少女でも、武器壊されたら魔法は使えねぇーよなぁ!」
シルバーは帯電する肉体には触れず、その武器であるステッキのみを狙って戦力を削ぎに回ったのだ。
これで少なくともダービーは、炎の魔法を使えなくなった。
帯電する肉体も、投擲という技を得たシルバーなら対処可能である。
先刻まで炎から逃げていたシルバーと同様に、今度はダービーがシルバーの石の投擲から逃げなければならないということだ。
しかしそこで、シルバーは奇妙なことに気がついた。
カラカラと音をさせて地面に転がる、ダービーのステッキ。
その断面から、空洞でスカスカな内部が見えたのだ。
「なんだこりゃ。ただの鉄パイプじゃねーか」
表向きは華美な装飾が施されているものの、その下地はどう見ても、人間の使う単なるパイプの類いである。
例えて言うなら、子供の遊びのために大人が加工して作ってやったもののように見える。
シルバーが困惑して攻撃の手に移れずにいる間に、またしても異変は起こった。
シルバーの指が刺さったダービーの眉間から、墨汁のような色をした黒煙が立ち上り始めたのだ。
「なっ、なんだぁ!?」
毒を警戒して距離を置いたシルバーの前で、煙はみるみるうちに人の形へと変わっていく。
まるでアラジンに出てくる、ランプの魔人のようであった。
シルバーが呆気に取られていると、煙は二分されていたステッキを両方拾い上げ、ふるふると震えているようだった。
そしてしばらく後、唐突にその煙は、絶望的な雄叫びを上げる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!私のステッキがァぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
台詞から判断するとダービーなのだろうが、その声は濁り潰れ、汚濁のように真っ黒な男の声だった。
「チクショウチクショウチクショウチクショウチクショウチクショウチクショウ!!!!!!!!」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
その嘆き悲しみ様は、シルバーでさえ一歩たじろぐほど鬼気に迫るものがあった。
やがて煙の男はシルバーに向き直ると、どこが目なのか分からない顔でこちらを睨みつけてきた。
「テメェは絶対に許さねぇええええええええええ!!!!!」
「お前ら二人ともっ!!次に会うときは内臓引きずり出して!!頭蓋かち割って脳味噌垂れ流して!!!」
「ぐっちゃぐちゃのミンチにしてぶち殺してやるぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」
殺意のみを残して、煙は一個の塊のまま空高く飛んで逃げていった。
後に残ったのは、黒い煙が抜けた後の、魔法少女の形をした風船のような残骸だけである。
「なんじゃあ、ありゃ……」
シルバーは見えなくなるまで煙の姿を追っていたが、やがて飽きたように振り返ると、残骸に刺さっていた自分の中指を拾った。
シルバーがその指を切断面に無造作にくっつけると、細胞がウネウネと動いて結合されていくのが感じられた。
「なるほどな……体を切っても、短ぇ時間ならすぐくっつくのか。こりゃ知らなかった」
無論すぐに神経や血管まで繋がる訳ではなさそうだが、この状態でエネルギーを補給すればすぐにでも完治するだろう。
後にこれは、彼が己に定めるルールの中の、大きな要となる。
「しっかし、何だったんだアイツは……魔法少女なのか何なのか……」
シルバーは独り言を呟きながら、コンクリートの破片を拾い上げて咀嚼した。
みるみるうちに火傷や傷は回復し、ここへ来たときの状態とほぼ変わらなくなる。
「……あいつの名前は、ダービードールよ」
その時、背後からがらりと瓦礫の音がし、赤髪の少女が立ち上がってこちらへ歩いて来た。
息も絶えんばかりの重傷を負い、その足取りは決して軽くはない。
「ダービードールぅ?聞いたことのねぇ名前だな」
その怪我を特に気に留めることもせず、シルバーは黒煙が飛んでいった空を見上げている。
少女はシルバーの足元の、ダービーの残骸の前へ座り込んだ。
「怪人ダービードール。魔法少女の服を着て、魔法少女に擬態する怪人……本体は今飛んでいった、黒い煙の方……」
「あの煙はどんな攻撃も受け付けない代わりに、敵への攻撃方法を一切持たない。だから魔法少女に化けて、魔法を行使するんだよ」
少女は言いながら、残骸を拾い胸に抱える。
「お前、よくそんな気持ち悪いモン触れんなぁ」
シルバーが、汚いものを見るような渋い顔をした。
それまで怪人が中に入っていたと考えれば、無理からぬ反応である。
しかし赤髪の少女は、寂しげに笑ってフラフラと立ち上がった。
「そりゃ、触れるに決まってるでしょ?この子は私の、仲間だったんだから」
「あ?どーいうこった」
「あんたも、これを触ってみれば分かるよ」
少女は、シルバーに向かって残骸を差し出した。
とても嫌そうな顔をするシルバーだったが、仕方なく指一本だけ突き出して、ダービーだったものに触れてみる。
「……ん?」
妙だった。その残骸はドクドクと脈打ち、生暖かい温度を保持しているのだ。
「分かるでしょ。ダービーの衣装は、こんな状態になっても生きてるの」
「生きてる、だと?」
シルバーはごくりと唾を飲んで、少女と、その手の内にある残骸を見つめた。
「これはダービーが、魔法少女の生皮を剥いで作った衣装なんだよ」
「こんな状態でも生きてるからこそ、アイツはこの中に入って魔法を使うことが出来るんだ」
シルバーはあまりの薄気味悪さに、反射的に後退っていた。
「さっき言ってた魔法少女の服って、そういう意味かよ!!」
シルバーは思わず大声でツッコミを入れた。
それは、魔法少女の服装を真似るという意味ではなく、魔法少女の生皮を使って作られた服、という意味だったらしい。
「この娘の本当の名前は、フェアリーブレス。私の、友達だった魔法少女……」
「ダービーに負けて皮を取られて、こんな姿に……」
少女は胸に強く残骸を抱えて、さめざめと泣いた。
「この子の魔法は炎の魔法。電気の魔法はたぶん他の魔法少女のもの」
「ダービーは、異なる魔法少女の皮をツギハギにして、数種類の魔法を同時に使うことが出来る」
「仇を討とうと思って挑んだけど、アイツと私の魔法は相性が悪すぎたんだ」
シルバーはそれを聞いてか聞かずか、再度空を見上げた。
「ってことは、魔法少女のガワさえあれば、またあいつと戦えるってことか!」
それは、シルバーからすれば夢のような話である。
あくまでも魔法少女の強さに依存するものの、倒しても倒しても本体が復活する怪人ならば、戦闘狂のシルバーには垂涎と言えた。
だが無論のこと、傍らで聞いていた赤髪の少女が、それを聞いて良い顔をするはずがない。
少女は涙を拭うと、シルバーのことを鋭い目で睨みつけた。
「あんた、シルバーって言ったっけ?聞いてる限りじゃ、あんたも相当にイカれた怪人みたいだね」
「私の名前は、ラヴリーインフェルノ。魔法少女として、あんたに勝負を挑むよ!!」
少女、ラヴリーインフェルノは、フェアリーの皮を抱えたまま、臨戦態勢に入ろうとした。
しかし先ほどの重傷は、シルバーと違いすぐさま治るものではない。
火傷まみれの皮膚は、見るだけで彼女が戦闘など出来ないであろうことを物語っている。
シルバーは値踏みするようにじろじろとインフェルノを見つめたが、やがてつまらなそうに鼻から息を吐いた。
「あんた手負いだし、弱そうだからいいや」
「なっ……!?」
「俺強いやつにしか興味ねーから。んじゃ!」
そそくさと逃げるシルバーは、屋上の金網に張りついて再び階下まで下りていった。
それを追おうにも、傷だらけのインフェルノは走ることすらままならない。
それでも無理に走ろうとして限界が来たのか、インフェルノはその場にへたり込んでしまった。
「クソォッ……!!」
インフェルノは歯噛みしながら、コンクリートの床を拳で何度も殴りつける。
この何気ないシルバーの行動が、後に一人の魔法少女の運命を大きく変えてしまうこととなる。
しかしそれは、彼本人は永遠に預かり知らないことであった。
やがてビルの下まで下ってきたシルバーは、満足げに誰もいない街を闊歩した。
「あー楽しかった。さて帰るか」
来た道を戻ろうとしたシルバーだったが、ふとその足を止める。
「そーいや、なんか忘れてるような……まぁいいや」
頭をポリポリと掻きながら、シルバーは事務所までの道を歩いて戻った。
一方、人間の避難の済んだ市街地では、アンラッキーがうろうろと彷徨い歩いていた。
「お〜〜〜〜い!!シールバ〜〜〜〜!!梔子ちゃ〜〜〜ん!!」
「どこ行ったんだよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
哀れにもシルバーから忘れ去られた彼は、その後二時間ほども、二人を探して歩き回っていたという。
≪続く≫
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