第10話




 幸いなことにバイトが終わるころには、雨も小降りになってくれていた。

 頼んでおいたバースデーケーキを店長から受け取ると、やや足早にアパートへ向かう。

 部屋に入ると、パーカーとジーパンに着替え――借りてた両手鍋をバースデーケーキの入った箱の上にせて部屋を出る。

 階段を上り203号室の呼び鈴を、鍋の取っ手を使って軽く押す。

 しばらくして、部屋着姿の花田先輩が出て来た。


「こんばんわ花田先輩。こないだはカレーありがとうございました」

「あ、うん。じゃあお鍋もらうね」

「はい」

「えっ! ケーキって、もしかしてホールで買ったの!?」

「はい、日ごろの感謝を込めて頑張ってみました」

「もう、ホントに無理してないわよね?」

「大丈夫です!」

「じゃぁ、上がって。一緒に食べよう」

「はい。おじゃまします」


 久しぶりに入った先輩の部屋は、相変わらず綺麗に整理整頓されていて最低限のものがあるだけのシンプルな部屋だった。

 変にごちゃごちゃしてなくて落ち着く空間。ほのかに香るラベンダーの香り。

 先輩が包丁とかお皿を持ってくる間に木製の四角いローテーブルの上にケーキの入った箱を置き――中のケーキを取り出す。

 白いクリームでデコレーションされた上にイチゴが8個、円を描くように乗っている比較的シンプルなバースデーケーキだが黒い楕円形のチョコレートのプレートにはホワイトチョコで『Happy Birthday』と『いつもありがとうございます』が注文通り書かれている。

 それを見た先輩は、少しだけ目を潤ませながら、携帯で何枚か写真を撮っていた。


「なんか、切るのがもったいなく感じちゃうわね」

「いえいえ、ここはぜひ豪快にいっちゃて下さい!」

「でも……」


 と言って先輩は、もう一枚お皿を持ってきてチョコのプレートだけ、そのお皿によけて切り始めた。

 そして切り終えると――切り分けてくれたケーキに銀色のフォークを添えて俺の方にそっとさしだす。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 間違っても落とさないように乳白色の丸いお皿を両手で受け取る。

 先輩の分も切り終え――お皿に乗せて準備できたところで。


「花田先輩、誕生日おめでとうございます!」

「うん、ありがとう……」

「では、いただきます」

「うふふ。こちらこそ頂きます」


 スポンジはしっとりとしていてくちどけ良く、サンドされたイチゴムースとも相性が良かった。


「美味しいですね!」

「うん、私たぶん、この味、一生忘れないと思う」

「それはまたおおげさですね。大学に上がってからだってこうしてケーキもってきますよ」


 なぜか花田先輩は首を横に振った。


「実はね、高等部卒業したら帰って来いって言われちゃってるのよ」

「そうだったんですね……」


 先輩が、こうして質素な生活をしているのは、ある意味俺と同じ。

 家があまり裕福ではないからである。


「ごめんね、こんな時に……」

「いえ、まだ卒業までは時間ありますし。クリスマスとかだっていいじゃないですか。って! 先輩に彼氏とかできてたらそっちが優先ですよね!」  

「ん、もう。そんな人できるわけないじゃない」

「何言ってるんですか! 花田先輩料理だって上手いし、気がきくし! きっとチャンスありますって!」

「はいはい。今日のところはそのくらいにしてちょうだい」


 むしろ俺としては有望株だと思うのだが、やはり真剣に上をめざしてただけに彼氏とかつくれなかったんだろうなぁ。

 そう思うと残りの学園生活を楽しんでほしいと強く思うのだった。

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