第8話



 月曜日は朝から曇りだった。

 どんよりとした厚い雲におおわれていて薄暗い。

 いつ雨が降り出してもおかしくない状況だ。

 普通のヤツなら傘を持って登校するだろう。


 そう、普通ならな……


 教室に入ると、すでにリアンは来ていた。昨日とは違うシンプルな髪どめで後ろの方を二つにまとめている。

 そんな問題児に対し真っ先に声をかけた。


「なぁ、リアン。傘持ってきたか?」

「ん~ん。持ってきてないよ」


 やっぱりか、やっぱりそうなのか。

 ホントお前いったい何を教わってきたんだよ!


「なぁ、同じ部屋の林さんだっけ。何か言われなかったのか?」

「ん? なんか部活? とかってのやってるから朝は気付くと居なくなってるけど」

「でもさ、登校してる連中が傘持ってるの見て変だとか思わなかったのか?」

「あ~~それね! なんで持ってる人と持ってない人が居るの?」

「それは一見持ってないように見えるが、折り畳み式の傘をカバンの中に入れてるからなんだよ」

「ふ~ん。折り畳み式とかもあるんだ~」


 や、ホントどうなってんだよ!

 なんでこんなにも残念なヤツを信じて送り出したんだ?

 これじゃ南守先輩の苦労が台無しじゃないか……


「まぁ、今日のところは誰かに入れてもらって寮まで帰るんだな」

「なんで?」

「実際のところは知らんが、かなりの確率で雨が降ってくるからだ」

「だったら修二が送ってくれたらいいだけの話だよね?」


 俺は頭を抱えた。

 リアンの言った事がもっともだったからである。

 なにせ問題児を押し付けるようなもんだ。

 例え帰る場所が同じだとしてもなんらかの迷惑をかける可能性は否定できない。


「分かったよ、その時はそうしてやる」

「うん! よろしくね!」


 なにが、そんなに嬉しいんだかリアンは満面の笑みを浮かべていやがる。

 一発ひっぱたいてやりたいくらいだ!


 ――昼休みになり毎度おなじみの学食へと向かう。


 注文するのはもちろん100円蕎麦。

 俺がしたのと同じようにリアンも券売機に……100円を入れてくれなかった。


「おい! 金はどうした!?」

「えと、忘れちゃった……」


 ホントなら思いっきり文句を言いたいところだが後ろがつかえている。

 しかたなく100円を券売機に投入。


「ほれよ! 俺が押したとこと同じとこ押してみろ」

「うん」

「よし、それ持って配膳場所まで行くから付いて来い」

「うんっ!」

「明日からは、全部自分でやるんだからな! しっかり覚えるんだぞ!」

「わ、わかってるよ……」


 配膳場所の少し前に居るおばさんに券を渡す。


「なんだい。先週豪快にいったと思ったら、またこれかい」

「えぇ。むしろ先週が特別だっただけです」


 軽く会話を交わして次はリアンの番。


「これは、また可愛い御嬢さんだねぇ。ネギと天かすは乗せ放題になってるから好きに盛り付けな」

「あ、はい……」


 予想通り不思議そうな顔をしている。

 おそらく何のことか分かってないんだろうが、俺のを見てれば分かるだろ。


「はいよー、かけそばね~!」


 右に移動すると流れるように出てくる注文の品。

 それを四角いトレーごと受け取って右に移動し、ネギと天かすをやや多めに盛り付ける。

 少しでも空腹をまぎらわすためだ。

 リアンも俺の真似をして同じくらい盛り付けていた。

 

「じゃ、空いてる席に座るぞ。こぼさないようにな」

「う、うん」


 何事もなく無事席についてほっとする。

 まるで子供の面倒を見ている親の気分である。


 その時だった――


 ザーっと大きな音を立てて雨が降り始めたのは……

 周りの連中も少なからず嫌そうな顔をしている。


「ちっ、やっぱり降ってきやがったか……」

「ね、ねぇ、これってもう食べていいんだよね!?」


 ぎゅるる~~~~。と、お腹を鳴らしながらはぁはぁ言ってる獣が居た。


 まったく帰りの事気にしちゃいねぇ。


 もうホント許されるならひっぱたいてやりたいくらいだ。


「あぁ、火傷に気をつけてな」

「うん……って、あっつ!」

「だから、言っただろうが! こうして、ふーふーって、してから食べるんだよ!」

「だったら、先に言ってよね!」


 言ったよな?

 間違いなく忠告したよな俺!?

 なんでこんなやつのめんどうを見なくちゃいけねぇんだよ……

 それともなにか、いちいち俺が率先して手本見せなきゃいけねぇのか?

 こんなんで、仕事とか出来るのかコイツ?


 食べ終わった物を返す場所を教えてやり教室に戻ると――


 春彦が、困った顔して近づいて来た。


「ん? どうした?」

「いやな、お前、陰でロリ宮って呼ばれてるみたいだぞ」


 思い当たることだらけで言い訳する気にもならん。

 いまさら不名誉な称号を得たところで俺の地位(最底辺)は変わらねぇ。


「好きに言わせとけ。どうせそのうちに飽きるだろ」

「そうか? まぁ、俺の方で一応釘だけはさしておいたからあんまり変な事にはならないと思うが」

「なんか、気を使ってもらって悪いな。ありがとう春彦」

「いや、いいさ。親友がバカにされてるのは癪にさわるからね」


 女が絡まなければホントにいいやつなんだよな春彦って……

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