第3話


 土曜日の朝――

 カーテンを開けると今日も晴れだった。蒸し暑くなりそうである。

 もっともテレビもなければ新聞もとってないから一日中晴れなのかどうかはわからないけどな。

 いつも通り歯を磨いてカップ麵を食べて進級のために少しばかりの勉強をし始めたところでチャイムが鳴った。

 ドアを開けると、ややぽっちゃりぎみで愛嬌のある顔をした花田先輩だった。


「どうせカップ麺ばっかり食べてるんでしょ。少しはバランス考えなきゃダメって言ってるのに!」


 手にはお鍋を持っている。ほのかに香るカレーの匂い。またしてもおすそ分けをしてくれるみたいだ。

 だいたい周一くらいのペースでこうして、なにかしら持ってきてくれる、とってもありがたい先輩である。

 お鍋を受け取り、こころから感謝の言葉を伝える。


「いつもありがとうございます」

「良いのよ、私も好きでやってることなんだから」


 純粋なる真心からの笑みに対し、ほとんどお返しが出来ていないのが少し悔しかったりもする。

 でも今の俺には、それなりに金がある!


「確か、そろそろ花田先輩誕生日でしたよね?」

「んもぉ~。いつも言ってるでしょ、変な気は使わなくていいって」

「いやぁ、それがですね。ちょっとした臨時収入があったものですから」

「そうなの?」

「えぇ。ですからせめてケーキくらいごちそうさせて下さい」

「うふふ。じゃぁ、楽しみに待ってるからね」


 下手に遠慮せず、こうして人の好意を素直に受け入れてくれるところも先輩の良いところだ。


 まったくにもって、どっかの誰かさんにも見習ってほしいものである!


「あ、そうだ花田先輩! もしあったらなんですけど、使ってない傘ってあったりします?」

「ん~~~~~。あるにはあるんだけど……」


 珍しく歯切れが悪い。なにか問題でもあるんだろうか?


「あの、ホントに傘ならなんでも良いんです」

「ハートだらけでパステルピンクでも?」

「んぐ……」


 さすがに頭を抱えそうになったが、今は両手でお鍋を持っているので、そういうわけにはいかない。


「でしょう。私も先輩が引っ越すときに押し付けられたっきり一回も使ってないのよねぇ」

「あ、いいです、それでも、濡れるよりはましだと思うんで……」

「ほっ、本気なの⁉」

「実は、知り合いってゆーか転入してきたばっかりのヤツなんですけど傘持ってないかもしれなくって」

「え、でも、それなら普通の買った方がよくない?」

「俺に金借りるほど貧乏なんですよ……そいつ」

「噓でしょ!?」


 そりゃ、驚くわな。俺が人から借りるのは想像できるだろうが、その逆は普通に考えてありえねぇもんな。


「まぁ、さっきも言いましたけどちょっとした臨時収入があったんで、何とかなります」

「ホントに! 無理してない?」

「はい。ダメなときは、きちんと借りに行きますので、その時はお願いします」


 花田先輩は、絶対に無理しちゃだめだからねと念を押し階段を登っていった。



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