第2話




 昼休みになると、さっそくとばかりにリアンに声をかける。


「案内がてら学食行くから付いてきてくれ」

「はい、わかりました」


 作った笑みと、用意しておいた言葉を並べているだけにしか思えないが、付いてきてくれて一安心である。

 むしろめんどくさいのは、その他大勢の男子がおまけでくっついてきたことだろう。

 普段弁当持ってきてるやつまで弁当持参で付いてきやがる。

 こんなちっこくて、コンパクトなボディの何が良いのやら、俺にはさっぱり理解できん。


 それともあれか、顔が良ければ後はどうでもいいってことなのか?


 しばらくすると学食の券売機が見えてくる。その横にはずらりと並んだ食品サンプルの数々。

 俺みたいな貧乏人のためのメニューもあれば、高級素材を使った贅沢品まである。

 そんな中に少しばかり異彩を放つメニューが最近追加された。

 順番が回ってきたところで俺は迷くことなく券売機に2000円投入しそのボタンを2回押す。

 それを見ていた、やつらから「正気かあいつ?」とか「無理しやがって」とか聞こえてくる。


 俺に言わせりゃ1000円でこれが食べれるならむしろ安いくらいだと思っているんだがなぁ。


 広々とした食堂に入ると、麺類を主に扱う給仕場所の近くの席を取る。


「悪いな、ここで少し待っててくれ」


 やはり、あの細い腕にあれを持たせるのは心もとない。


「はい、わかりました」


 相変わらずの取って付けたような笑みで言葉を並べているリアン。

 その横には、きっちりと春彦が陣取り横山さんと玉木さんもくっつくように並んでいる。

 三人とも弁当なので、学食ではよほどのことがないかぎり、なにか注文することはない。

 どうやら今日は玉木さんが春彦の弁当を作ってきているようだった。


 当たり前のようにただでメシが食えるとは、うらやましいことこの上ない。


 そして、いつぞやの一件いらい。話題となり正規メニューとなってしまった超特大大盛りそばを俺とリアンの目の前に置く。

 冷水で冷やされ光沢をまとった山は今日も美しかった。


 ぎゅるる~~~~。


 と、リアンのお腹がなった。


「じゅ、じゅるり。こ、これ! 食べていいの!?」


 まるで、生肉を前にした野獣である。鼻息も荒く、目をキラキラと輝かせている。

 あっさりと本性を現した蕎麦食い星人が、そこに居た。


「あぁ、こうして上の方から取ってツユにつけて食べるんだよ」

「あ、うん! わかったよ!」


 最初は誰しもが思ったであろう。俺以外でこいつを完食できるヤツは限られている。

 だから、こんなちっこいのがバクバクと食う姿なんて想像もしなかっただろう。

 とはいえ、一度に口の中に入る量は俺の方が上。別に勝負はしていないが少なからず先に完食した優越感みたいなものを感じていた。

 約一分ほど遅れて完食したリアンに対し拍手喝采が惜しみなくおくられる。


「ちょ、どうなってるんだよ! 修二は、ともかくなんで平魚さんまであっさり完食しちゃってるわけ!?」


 春彦の言ってる事は地球人レベルで考えたら当然の事だろうが、俺達蕎麦食い星人からしたら間違っている。


「言ってやれリアン。私なら、もっと食べれますってな」

「え? なんで、そりゃこれだけじゃ物足りないって思うけどさ」

「え~~~~~~~! ほ、ホントに! まだ食べれるの平魚さん!?」

「嘘よね!? 冗談だよね!?」


 横山さんも玉木さんも目を丸くして驚いている。


「なんで? このくらい普通じゃないの?」


 素でこたえているリアンに対し周りに居た連中は絶句した。


「まぁ、俺達の常識と周りの連中の常識がちょっと違うってだけだ。それからなリアン。その方がお前らしくていいぜ」

「ん? 何が?」

「へんにかしこまってても面白くねぇってことだ」

「あ……」


 どうやらいまさらになって素を出していた事に気づいたらしい。


「だから、気にすんなんって。皆その方が、とっつきやすくて喜ぶと思うぜ」

「そうなんだ。うん。分かったよ……え~と、いまさらだけど誰だっけ?」

「俺は、本宮修二。好きに呼んでくれ」

「うん。ありがとう修二」


 ふむ、作った笑みじゃなけりゃ、それなりに可愛いじゃないか。


「それは、それとして来週からはどうするつもりなんだ?」

「なにが?」

「だから昼飯だよ」

「あ……どうしよ」


 おいおいおい。まったく、どうなってんだよ俺のご先祖様の星は!


 それともなにか、着る物と寝るとこ用意すりゃあとはてめぇで何とかしろってスタイルなのか?

 まぁ、おそらくリアンは学生寮に入ってるんだろうし。そこなら朝晩の食事は確保できる。

 聞いた限りじゃ休日も食事は出るらしいし。


「まぁ、餓死する心配はねぇか」

「ひどいよ、修二! 自分さえ良ければ私の事はどうでもいいってこと!?」 

「や、だってお前さん人に借りつくるの嫌なんだろ?」

「そりゃ、そうだけどさ……」

「だったら、しばらくは我慢しろ」


 どうせ仕事も紹介されてるんだろうしバイト代入れば普通に食えるようになるだろ。


「う~~~! ずるいよ! 自分だけ美味しい物食べて!」

「だったら、あきらめて借りる事を考えろ!」

「そういうことなら話は早い。俺が平魚さんの昼食を用意しようじゃないか」


 予想通り春彦が乗ってきてくれた。

 これでリアンも文句ないだろう。


「ごめんなさい春彦君。私、貴方から借りを作りたくないんです」


 は~~~。こいつバカなの! なんで春彦の好意無駄にするようなこと言ってくれちゃってるわけ?


「なんでさ!?」


 断られると思ってなかったんだろう。春彦も驚いている。


「だって、貴方の場合下心しか見えないんですもの。それに横山さんと玉木さんにも悪いですから」

「いやいや、この場合、美優と愛結は関係ないだろ?」

「だったらはっきり申し上げます! 私は貴方の三人目の奥さんになるつもりはありません!」

「じゃぁ、こうしよう。平魚さん。キミを一番の妻として受け入れようじゃないか」

「先ほども申し上げましたが、お断りさせて頂きます!」


 周りで俺達のやり取りを見ていた連中がざわめきだす。

 横山さんと玉木さんも驚いている。

 まぁ、当然の反応だわな。

 春彦と結婚出来りゃ一生遊んで暮らせる生活が約束される。それを、さも当然とばかりに切り捨てやがったのだから。


「ほ、本気なのかい?」

「何度も同じ事を言わせないで下さい!」


 厳しい目つきでピシャリと言い切られ春彦は、あぜんとしていた。

 もう、フォローのしようがねぇ。

 同じクラスの連中も春彦でダメなら自分達も無理だとさとったらしくなにも言わないし。


「あ~あ、もったいねぇ」

「なによそれ! 修二は私が、この人の愛人にでもなった方が良かったっていうの!?」

「そこまでは言ってねぇだろ。借りるだけなら後で返せば良いだけじゃねぇか」

「だったら、修二が貸してくれたらいいじゃない!」

「はぁ、なんで金持ちの好意断って貧乏人に借りようとしてんだよ!」

「だって、修二だけだもん! 私に色目使わないの!」

「んなもん当たり前だろ! 俺は色欲よりも、食欲なんだよ!」

「私だって同じだもん!」

「は~~~~。分かったよ、しばらくの間。昼飯代貸してやるよ……」

「ありがとう修二!」

「言っとくが、今日のは特別だからな!」

「え?」

「『え?』じゃねぇよ! 当たり前だろ! 普段はもっと安いので我慢してんだよ!」

「そうだったんだ……」


 あからさまに落ち込んでやがる。

 まったく、どんな教育受けてこの星に来てんだこいつわ……


「もう手遅れだが、春彦の好意受けてりゃ毎日でも同じ物が食えたんだからな」

「いいもん! 私も修二と一緒に我慢するから!」

「はいはい。ところで寮って休みの日も昼飯出るのか?」

「あ……どうしよう……」


 どうやら、約束されてる食事は朝晩だけらしい。


「は~~。わかった、明日の昼飯も何とかしてやるよ」

「ホントに!」

「そうだな。11時に東ゲートで待ち合わせってのはどうだ?」

「うん。分かった! 約束だからね!」

「あぁ。お前こそ遅れんなよ……」


 いくら同族のためとはいえ、こんな事になるとは思いもしなかった。

 こりゃ、飯以外でも色々と問題ありそうだ。

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