第4話 地獄の結婚式
エセキアス・カルデロンと、私――――ルーナティア・リーベラの結婚式のパレードは、大々的に執り行われた。
この日のために用意された豪華な馬車が、数珠のように連なりながら沿道を、ゆっくりと走っていく。
沿道の道端は、大勢の観衆で埋め尽くされていた。二階のバルコニーに立つ女性達は、籠いっぱいに入れた花弁を空に振り撒き、それが雪のように町の上空を泳ぐ。
私とエセキアスは花弁の洗礼を受けながら、民衆に向かって手を振った。
エセキアスは完璧な笑顔を振りまき、私も憂鬱な気持ちを隠して必死に笑顔を取り繕った。だけど頭に被った白いベールのせいで、どのみち民衆には、私の笑顔はぼやけたものにしか見えなかっただろう。
人々は、新しい国王の結婚を祝福してくれている。
――――この完璧に見える国王が、数年後にカーヌス神聖王国の国土の半分を焼け野原にする、
盛大な結婚式は日が高いうちに終わり、日没前に私達はオレウム城に戻った。そして今度は、王族とリーベラ家、名だたる貴族達を招待して、パーティが催された。
パーティのはじまりは厳粛なもので、列席者もはじめは大人しかったものの、お酒が入ると徐々に羽目を外しはじめ、厳かだった空気も消えていく。
「・・・・・・・・」
列席者は、みな浮かれ、楽しそうだ。私は騒がしさの外側から、羨ましい気持ちを抱えながら、楽しそうな人々を見つめる。
――――列席者の中に、カルデロン家の家門に連なる者は少ない。
カルデロン家は昔から、不幸の多い一族だったらしい。
病気や事故で亡くなった親族は数知れず、王家でありながら繁栄はせず、血縁者はとても少ない。歴代の国王もみな早世していて、治世が二十年続けば長いほうだと言われていた。
先代国王には多くの愛人がいて、子供もたくさん生まれたのに、その子達もすべて早世したと聞いている。
なのでエセキアス以外で王位継承権を持つのは、エセキアスの弟で、スクトゥム騎士団長を任されている、エンリケ・カルデロンだけになってしまった。
スクトゥム騎士団は、カーヌス神聖王国の初代国王、プローディトルの戦友であり、右腕だったスクトゥムの名前を取って創立された近衛騎士団で、その役目は国王の警護や補佐から、首都の警備まで、多岐にわたる。
カーヌス神聖王国の精鋭だけをそろえた、スクトゥム騎士団は、国軍の中でも一目置かれていた。
カルデロン一族は王領とは別に、カルデロン名義の土地と爵位を所有している。今はエンリケがそれらを引き継ぎ、カルデロン卿と呼ばれていた。
カルデロン家に男子が数名生まれた場合は、長兄が王位を継承し、次兄以下には、カルデロン家の土地と財産を人数分に分割して分け与えられるのが慣例だった。
だけど分家の血筋が途絶えてしまったため、分割されていた土地と財産は統合され、すべてエンリケが引き継いだと聞いている。
(エンリケ・カルデロン・・・・エセキアスの弟・・・・)
――――エンリケ・カルデロンは兄とは違い、気さくで、大らかな人物だとして知られていた。
一度も出征したことがないエセキアスとは違い、彼は国王の代行者として、何度も戦場に出ている。戦功をあげ、中将の位を賜り、第一師団の師団長も兼任するようになったようだ。
師団長を任されるのには若すぎる年齢だけれど、カルデロンの男子であることと、戦争で戦功を立てたことが認められたのだろう。
一方で彼は、まわりからだらしない人物だと想われていた。
スクトゥム騎士団長という重要な役職を任されているのに、彼は職務に真面目に向き合おうとせず、大事な式典にも遅刻続き、女性との噂も絶えず、彼と噂になった女性は数知れない。
〝前世〟では、エンリケはエレアノールの夫になった。つまり、彼は私の義弟でもあり、この後、妹婿になるのだ。
両家の当主の間で決められた政略婚だけれど、エレアノールのほうは幼い頃から、エンリケに恋心を抱いていたらしい。
――――政略婚しか選べない貴族階級で、好きな人と結ばれることができるエレアノールを、私はいつも羨ましく思っていた。
(そう言えば、エンリケって、どんな顔をしているんだろう?)
いつも注目されている人なので、評判は山ほど聞いているものの、よく考えると一度も会ったことがない。
エンリケもこの結婚式にも列席しているはずだけれど、頭に被ったベールのせいで、列席者の顔がよく見えない。前世では結婚式の後、私は東の塔に閉じこもったので、エンリケとはついに一度も話をしないまま終わった。
だから、私は彼の顔を知らない。
「・・・・・・・・」
これは私とエセキアスの結婚式――――のはずだ。
なのに新郎はずっとお酒を呷り、列席者は私達の存在を忘れている。私達はまるで置物のようで、主役だというのに輪から弾きだされたように、騒がしさの外に身を置いていた。
――――この楽しそうな場所では、私達のほうが部外者なのだろう。疎外感まで感じ、いたたまれない。
(・・・・こんなことを考えてる場合じゃない)
感傷に浸っている場合じゃないと、私は意識を引きしめた。
「陛下、お酒が過ぎますよ」
エセキアスが飲み過ぎていることに気づいた
「うるさい! 俺に触るな!」
エセキアスは怒鳴りながら、乱暴にその腕を振り払った。
その大きな声で、一瞬広間は静かになる。
「酒を注げ! 早く!」
「は、はい」
「あ、私がします」
近習がボトルに手を伸ばそうとするのを止めて、私がボトルを手に取る。
「何を見てる? こっちを見るんじゃない!」
不機嫌なエセキアスは、列席者に苛立ちをぶつけていた。列席者は怯えたのか、首を竦め、私達に背中を向けてしまう。
また広間は騒がしくなったけれど、それはさっきのような自然発生した喧騒じゃなく、不自然な音の集合体になっていた。
耐えがたい空気だけれど、列席者の視線が私から外れたことは幸いだ。
(この隙に)
私は用意していた眠り薬をグラスに入れて、お酒を注ぎ、掻き混ぜた。
「陛下、お酒です」
エセキアスは返事をせず、ひったくるように私の手から、グラスを奪う。
そしてグラスの縁まで注がれていたお酒を、一気に飲み干してしまった。
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