第18話
サダオがいまにも死にそうな顔をしていたので、見かねたわたしは彼の元まで降りていって、ダンスに誘うように手を伸ばす。
「まだ目的地にも着いていないというのにその調子では、先が思いやられますわね。わたくしにお掴まりなさい」
「いっ、いいい、いえ……! そそっ、そんな……! アクヤ・クレイ嬢様に、そんなことをしていただくわけには……!」
「山ひとつ登れない足手まといがなにを言いますの」
わたしは杖にしがみつくように立っていたサダオの手を、強引に取って歩き出す。
出だしは少しよろめいていたけど、かまわずグイグイと引っ張っていく。
「すすっ、すみません、すみませんっ、アクヤ・クレイ嬢様……! いちばん下の僕が、足を引っ張るだなんて……!」
「足を引っ張れるのは、下にいる者の特権ですわ。そして足を引っ張った者を蹴落とすか、引っ張り上げるかは、上にいる者の特権。わたしはあなたを引っ張り上げると決めたから、今こうして手を引いている。それだけのことですわ」
「なっ、ななっ、なんで僕なんかを……!? みんな僕のことを足手まといだと言って、置き去りにするのに……!?」
「それは、あなたがわたしに似ているからですわ」
「ぼっ、僕が、アクヤ・クレイ嬢様と……!?」
そうこうしている間に、わたしとサダオは先行隊に追いつく。
フルスゥイング様はわたしがサダオを引っ張っているのを見て、ショックを受けているようだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
山賊がいるという洞窟の前に着くと、スピッツが張り切って仕切りだす。
「きゃんきゃーんっ! ちゅうも~く! それではこれから、洞窟の中に入りまぁ~す! でもその前にぃ、洞窟の中は二手に分かれて進むようになってるから、パーティをふたつに分けまーっす!」
わたしはこの時すでに、この洞窟までも彼女によって仕込まれたものだと察していた。
なぜならば、いつも洞窟の入り口あたりにいる山賊の見張りが、ひとりもいなかったから。
なぜ知っているのかというと、わたしは『ミリプリ』のトッププレヤー。
この洞窟には、駅前にあるスーパーかってくらい何度も来たことがある。
そしてキャンキャンの狙いにも薄々気付いていた。
たぶん、これからパーティを3対2に分けるつもりなんだろう。
そしてわたしをサダオとふたりっきりで行動させたいんだろう。
「えーっと、
ほらね。
ちなみに
ようは、ロールプレイングゲームの職業と同じだ。
フルスゥイング様は『剣士』。
ハーフストローク様は『
サダオは『
そしてスピッツは『
パーティを先導し、モンスターや罠を発見する役割のことだ。
ちなみにアクヤはかつてラスボスだけあって万能型。
その気になれば魔法も使えるんだけど、今日は魔法を使うための装備は持ってきていない。
手持ちの武器はサーベルだけなので、今のわたしは『剣士』ということになる。
そしてこの組み分けに、フルスゥイング様とハーフストローク様は異論を唱えなかった。
しかしサダオは不安でたまらない様子だった。
「ぼぼっ、僕が、アクヤ・クレイ嬢様と、ふたりで……!?」
「きゃんっ! 大丈夫だってサダオくん! アクヤさんは強いんだから!」
わたしは特になにも言ってなかったのだが、スピッツはわたしにウインクすると、
「アクヤさんも心配しないで! サダオくんはこう見えて、魔術座学でトップの成績なんだから! きっとすっごい魔術をバンバン使って、アクヤさんを助けてくれるはずだよ!」
そんな言葉もわたしにはまったく響かない。
きっと今のわたしは、カラッポの冷蔵庫を開けたときのような顔をしているに違いなかった。
なにが、座学トップだよ……。
どうせ、実技がからっきしダメなヤツを連れてきたんだろ……!
「それに、アクヤさんたちには簡単なほうの道を譲ってあげるから! この洞窟は左の道のほうが、モンスターも罠も少なくて安全なんだって!」
そんな言葉もわたしにはまったく響かない。
きっと今のわたしは、カラッポの冷蔵庫かと思ったら隅っこになにかを見つけて、どれどれと思ったら消臭剤の抜け殻だった、みたいな顔をしているに違いなかった。
っていうか、知ってるんだよ!
この洞窟は、左の道のほうが難しいって!
しかしわたしは、そんなことはおくびにも出さずに、
「わたくしは誰と一緒でも別にかまいせんわ。なんでしたら、ひとりでも大丈夫ですわよ」
「きゃんっ!? すごい自信だねぇ! でもサダオくんを連れてってあげてよぉ! スピッツ、アクヤさんとサダオくんって、とってもお似合いだと思うから!」
なるほど。
サダオとペアにして、既成事実化しようという狙いもあるのか
まあ、なんでもいい。
たとえサダオがリアルの時みたいにストーカーになったとしても、アクヤだったらへっちゃらだろうから。
「きゃんきゃーんっ! んじゃあ決まりね! そっちのリーダーはアクヤさんってことで、これを渡しておくね!」
目がぜんぜん笑っていないスピッツが手渡してきたのは、『双葉の石』。
ふたつに割れるようになっていて、効果を発動すると、片割れを持っている相手のところに一瞬にしてワープできるというものだ。
「お互いがピンチだと思ったら、この石を使って助けに行くってことで!」
この洞窟は入り口で二手に分かれ、最深部にある山賊たちのいる部屋で合流するような構造になっている。
また、分かれ道は壁ではなくて断崖で遮られているので、通路を進むお互いの姿を見ることができる。
『双葉の石』があれば、もうひとつの通路を進む仲間がピンチなった場合、すぐ助けに行けるんだけど……。
この石はそこそこレアなので、買うとそこそこのお値段だったはず。
それでわたしはなんとなく、スピッツの『表』の狙いに気付いた。
わたしとサダオを難しいほうの通路に行かせれば、手強いモンスターにピンチに陥る。
そこでスピッツ側が『双葉の石』を使って、フルスゥイング様が颯爽と助けに参上すれば……。
その勇ましさと強さに、わたしはトゥンクとなって、フルスゥイング様にフォーリン・ラブ……!
山登りのときはあれほどわたしと一緒に登りたがっていたフルスゥイング様が、パーティ分けが別になっても文句ひとつ言わないのがおかしいと思ったんだ。
きっとスピッツとフルスゥイング様の間では、すでに話ができあがっているんだろう。
そしてわたしは同時にスピッツの『裏』の狙いにも気付いていた。
わたしがピンチに陥ったときに『双葉の石』を使おうとしても、
「きゃんきゃんっ!? 双葉の石がないっ!? きっとどこかで落しちゃったんだ! このままじゃ、アクヤさんが死んじゃうっ!? きゃんきゃ~んっ!」
なんて言い出すに違いない。
この女は、モンスターや罠でボロボロになっていくわたしを、フルスゥイング様やハーフストローク様に見せつけて、愛想を尽かせようとしているんだ。
しかし、まだまだ甘ちゃんだ。
なんたってわたしは、『ミリプリ』のトッププレイヤーにして、最強最悪の悪役令嬢、アクヤ・クレイ嬢なんだから。
こんな低レベルの洞窟くらい、なんくるないさー!
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