第19話

 討伐を開始したわたしは、サダオを引きつれて洞窟の中を進んでいた。


 洞窟内は鉱山のトンネルのように広く、真ん中には川のような暗闇が横たわっている。

 覗き込んでみると、ぽっかりとした断崖の奥から、かすかに水が流れる音が聴こえてきた。


 大きな溝を挟んだ対面には、反対側の壁沿いにある通路を進む、3人組の男女が。

 遠間にいるフルスゥイング様がわたしに気付くと、満面の笑顔でブンブンと手を振ってきた。


 フルスゥイング様って、なんだかシーツと似ている気がする。


 なんてことを思っているうちに、少し開けた場所に出た。

 壁にあった、子供が屈んでようやく通れそうな小さな穴から、小さな鬼のようなモンスターたちが這い出てくる。


 『ミリプリ』においての最弱モンスター、『ゴブリン』だ。


 数は6匹。

 反対側の通路にもゴブリンが出現していたが、そっちの数は半分の3匹だった。



「あっ!? あ、アクヤ・クレイ嬢様っ、あぶないですっ!」



 わたしの背後にいるサダオが叫んだ。

 正面に注意を戻すと、6匹ものゴブリンが一斉に、「ギャーッ!」と雄叫びとともにわたしに飛びかかってきていた。


 わたしは踊るように身をクルリと翻しつつ、腰のサーベルを抜刀。

 一回転した勢いを利用して、



「ローズ・スプラッシュ!」



 目にも止まらぬスピードの6連突きを放つ。

 開花する薔薇のような衝撃波とともに、吹っ飛んでいくゴブリンたち。



「ギャ……ア……?」



 なにが起こったのかわからない様子で地面を転がったあと、そのまま息絶えた。


 わたしのまわりでは花びらのようなものが、ハラハラと舞い散っていた。

 これは技のあとに出る、オーラの残照のようなもの。


 それがあまりにも華麗で美しかったので、わたしの後ろにいたサダオはもちろんのこと、対岸にいる仲間たちまで、それどころかゴブリンまでもが見とれていた。



「きゃ、きゃんっ!? き、綺麗……!」



「あ、あれが彼女だけが使えるという剣技、『ローズ・スプラッシュ』……! 見るのは初めてだけど、なんて美しいんだ……!」



「ほ、惚れ直したぜ、アクヤさんっ……!」



「ギャアアッ……!」



 ゴブリンの鳴き声でふと我に返り、対岸では戦いが始まっていた。

 それを花火のように見物しながら、わたしは腰にサーベルを戻す。


 すると、隣にサダオが寄り添った。



「さ、さすがです! アクヤ・クレイ嬢様……!」



「当然ですわ。でも次からは、あなたも戦いに参加するのです。火球ファイアボールのひとつも撃てるのでしょう?」



「いっ、いちおうは……。でっ、でも僕、実戦になると、まともに狙えなくて……。いっ、いつも仲間に迷惑をかけてしまうんです……。やっ、役立たずだからって、だっ、誰もパーティを組んでくれなくなって……」



「それは実戦経験が足りないだけですわ。それじゃあこうしましょう。次の戦いから、かならず1発はファイアボールを撃つのです」



「えっ、ええっ!? そそっ、そんなことをしたら、あっ、アクヤ・クレイ嬢様に、ききっ、きっとご迷惑が……!」



「大丈夫。一生懸命やったのであれば、どんな結果になったとしてもわたくしは責めたりはしませんわ」



「ううっ……な、なぜそんなにまで、僕のことを……!?」



「別にあなたのことを気づかっているわけではありませんわ。わたくしたちの力は、なんのためにあるのかよく考えてみるのです」



「そっ、それは……功績を立てて、神族の階級をあげるためでは……?」



「違いますわ。わたくしたちの力は、この世界をよりよくするためにあるのです。民の笑顔を守るためなら、階級なんてどうでもいいことですわ。あなたはせっかく魔術座学のトップという、民の笑顔を守るための大いなる力を持ちながら、実戦が苦手だからというくだらない理由で、その力を腐らせている……。わたくしには、それがガマンならないのですわ」



 対岸で3匹目のゴブリンが倒された瞬間、わたしはサダオに背を向けて歩き出す。



「この洞窟で、わたくしがあなたを一人前の魔術師ウィザードにしてみせますわ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次に現れた敵は、オーク6匹。

 オークというのは豚のような顔をした人型のモンスター。


 ゴブリンは人間でいうところの子供くらいの大きさなんだけど、オークは大男くらいの体格がある。

 それでもこの程度のモンスターなら『ローズ・スプラッシュ』で瞬殺なんだけど、わたしはあえてオークを1匹だけ残す。



「さあっ、サダオさん! ファイアボールを撃つのです! 早くっ!」



 わたしはオークの棍棒攻撃をヒラリヒラリとかわしながら、側面にいるサダオに指示した。

 サダオは「ひっ……ひぃぃ!」とおっかなびっくりで呪文を詠唱し、火の玉を作り上げる。


 普通のファイアボールは大きくてもソフトボールくらいなんだけど、彼のはドッヂボールくらい大きい。

 さすが魔術座学のトップだけある。


 勢いよく放たれた火球は、目を閉じて投げた球みたいに派手なカーブを描き……。


 わたしの肩に、命中したっ……!



 ……ドシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!



 爆ぜるような衝撃を受け、わたしは思わずよろめく。



「ああああっ!?」



 しめたとばかりにオークの棍棒が追撃してきたけど、わたしはバランスを崩しながらもローズ・スプラッシュを放ち、棍棒ごとオークを葬り去った。



「くっ……! うううっ!」



 わたしは思わず肩を押えて崩れ落ちる。

 サダオはただでさえ青白い顔を、紙のように真っ白い顔をして駆け寄ってきた。



「すすっ、すみません! ああっ、アクヤ・クレイ嬢さんっ! やっ、やっぱり僕は……!」



 対岸からは怒声と呆れ、そして歓声が。



「大丈夫ですか、アクヤさんっ!? おい、なにやってんだよサダオ! ふざけんなっ!」



「やれやれ、女の子にファイアボールを当てるだなんて、最低の魔術師じゃないか」



「きゃんきゃーんっ! アクヤさん、かわいそぉ~っ! 一生残る傷になったんじゃない? あーあ、サダオくん、責任とってアクヤさんと……」



 しかしわたしは、それらを全部まとめて、



「おだまりなさいっ!!!!!」



 全部吹き飛ばした。



「一生懸命やっている者を応援こそすれ、罵倒や嘲笑をするなど……。天が許しても、このわたくしが絶対に許しませんわよっ!!」



 わたしは立ち上がり、サダオを見据える。



「その調子ですわ! その調子でどんどん、ファイアボールを撃ちまくるのです!」



「えっ、えええっ!? でっ、でも、これ以上、アクヤ・クレイ嬢様に当たるようなことがあったら……!」



「ファイアボールの1発や2発、いいえ、10発でも100発でもどんとこいですわ! わたくしを誰だと思っているんですの!?」



 アクヤのドレスは特別なマジック・アイテムなので、ファイアボールを受けても焦げ跡ひとつついていない。

 わたしもすぐに完全復活した。



「アクヤ・クレイにとっては、流れ弾なんてシャワーのようなもの……! 朝と晩、毎日浴びておりますわっ!」



 ……それからわたしとサダオは通路を進みながら戦闘を繰り返す。

 わたしはそのたびにファイアボールを浴び続け、そして15戦目にしてようやく、



 ……ドバシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーンッ!!



 わたしが背後からのファイアボールをかわし、見事オークに命中させることができた。



「やっ……! やっ……た! やった……っ!」



 いつも自信なくボソボソしゃべりだったサダオだったが、その時はさすがに嬉しかったのか、かなりのハイテンションになっていた。



「やっ、やりました! やりましたっ! あぁっ、アクヤ・クレイ嬢様っ!」



 諸手を挙げてわたしの元へと駆けてくるサダオ。

 わたしはふぅ、とひと息つきながら、彼を祝福すべく穏やかな顔をつくる。



「ひうっ!?」



 しかしサダオの顔を見た瞬間、わたしはファイアボールをくらった時よりもずっとのけぞっていた。

 彼が前髪を紐で縛っていて、いつもは隠している顔を出していたんだけど……。


 それが予想もしなかったほどの、イケメンだったから……!

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