第17話
実をいうと、わたしは内心驚いていた。
スピッツが、『討伐のしおり』に含めた毒を守り切ったことが。
しおりにある他の間違いを白状してしまうと、仕掛けた毒は意味をなさなくなる。
きっと間違いを白状した時点で、ヤバい毒だと気付いてしまうほどのものに違いない。
そうなればスピッツの人間性を疑われるばかりか、最悪、わたしが討伐パーティからの離脱を言い出す可能性があると思ったんだろう。
悪役令嬢のわたしに頭を下げるというのは、ヒロインにとっては死ぬほどの屈辱といっていい。
しかし、その汚点を甘んじて受けたということは、スピッツは今回の討伐を、なんとしても続けたいといのだろう。
きっと、わたしを陥れるための罠に、かなりの投資をしたに違いない。
それに今回の討伐は、フルスゥイング様がわたしにお近づきになるために組まれたイベントだ。
これは神族会議の最中に、フルスゥイング様がおっしゃっていた、
「そもそも今回の討伐は、俺とアクヤさんを……!」
この台詞からわかったことだ。
そしてスピッツはフルスゥイング様の前では、わたしとの仲を取り持つキューピット役のフリをしているんだろう。
しかし彼女の本当の狙いは、討伐の最中にわたしがいかにダメ令嬢かを見せつけ、フルスゥイング様の愛想を尽かせようとしているに違いない。
となれば、わたしがこの討伐パーティから降りると言い出せば、フルスゥイング様に対してのスピッツの面目は丸つぶれになる。
そして彼女が投資したものも、すべて無駄にできる。
しかしわたしはそうはしなかった。
むしろ『討伐のしおり』にある毒を追求せず、受け入れることを選んだんだ。
なぜならばアクヤはストロングスタイル。
相手の策謀をすべて受けきってもなお不敵に笑い、圧倒的な力でねじ伏せる戦い方をするんだ。
正直、わたしもなぜこんな考えに至るのか不思議でしょうがなかった。
人間的にハイスペックなアクヤでいるうちに、心までアクヤに染まりつつあるのかもしれない。
なんにしても、わたしはスピッツと真っ向勝負をすることに決めたんだ。
あの女はきっと、この先にも二重三重の罠を張り巡らせているに違いない。
それに乗っかっていれば、尻尾を掴めるはず。
待ち合わせ時間を2時間遅らせるなんていう、セコい悪事ではなく……。
心まで悪魔に売り渡したかのような、決定的な大悪事の尻尾が……!
わたしがひとり息巻いていると、ふたつめ罠は、わたしが思っているよりも早く目の前にやってきた。
それは、わたしが想像の片隅にも置いていなかった、意外なるものだった。
スピッツは神族会議が終わってヤジ馬がいなくなった瞬間に、反省ポーズをやめていつもの調子に戻る。
それでもしばらくは大人しくしてるかと思ったんだけど、さっそく耳障りな口調でわたしにチョッカイをかけてきた。
「きゃんきゃんっ! そういえばアクヤさんには伝え忘れてたんだけど、仲間がもうひとり増えることになったの!」
スピッツは、待ち合わせ場所から少し離れたところに立っている人を呼び寄せた。
それは、神族会議の時に立会人として巻き込まれていた、黒いローブの男性。
わたしはずっとモブかなかにかだと思ってたんだけど、どうやら令息のひとりらしい。
紹介されたその人物を見て、わたしは内心息を呑んでいた。
さ……サダオっ……!?
服装こそ『ミリプリ』における魔術師のローブだけど、ゲームキャラとは思えないほどにオーラ皆無の青白い顔。
腰に付かんばかりの後ろ髪に、どこを見ているのかわからない、目を覆い隠すほどの前髪。
間違いない、サダオだっ……!
「どっ、どどっ、どうも……サダオですっ……」
たどたどしい自己紹介もそのまんまだ。
っていうか、名前もそのまんまなんかーいっ!
わたしの内面はツッコミで大忙しだったが、表面上はアクヤを取り繕う。
「うむ、苦しくありませんわ。当然、わたくしの名前はご存じですわよね?」
するとサダオは、悪名高い令嬢を前に緊張しているようだった。
「はっ、はひっ……。アクヤ・クレイ嬢様……!」
ただでさえいつも猫背なのに、さらに身体を縮こませて恐縮するサダオ。
片眼鏡ごしのわたしの視界には、彼のネームタグと階級タグが浮かび上がっている。
わたしのことをフルネームで、そして『様』付けで呼ぶことからもわかるように、サダオはわたしのひとつ下の階級だった。
--------------------神族の階級(♀:令嬢 ♂:令息)
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♂ハーフストローク
♂ダンディライオン
♂ベイビーコーン
♂フルスウィング
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♀アクヤ・クレイ
♀スピッツ・キャンキャン
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New:♂サダオ
○
♀エリーチェ・ペコー
--------------------
新メンバーの簡単な紹介を終えると、わたしたちはさっそく討伐へと出発した。
目的の山賊がいるという辺境は、ゲッツェラント城よりもかなり離れていて、歩いていくと何日もかかる。
しかしこのゲッツェラントには『ポータル』と呼ばれる転移魔法のための魔法陣があり、それを使えば一瞬にして、この天空都市の果てまで移動が可能。
ポータルを利用できるのは
しかしポータルで行けるのは、大きな街に限られている。
そのため、最寄りの街まで転移して、あとは馬車などを使って目的地まで向かう、というのがこの『ミリプリ』の一般的な移動方法だったりする。
ポータルで辺境の街まで移動したわたしたちは馬車をチャーターして、山賊被害に遭っているという村を目指す。
村に着いたら依頼人である村長から、山賊がいるという洞窟の場所を聞いて、あとはひたすら山道を歩く。
リアルのわたしは登山なんてしたことがなくて、駅の階段を登っただけで死にそうになるんだけど……。
アクヤの身体は鍛えられているのか、どんな険しい山道でも息一つ切れなかった。
そしてフルスゥイング様は、わたしをしきりに気づかってくれた。
「だっ、大丈夫か、アクヤさん。その恰好で山登りなんて、大変じゃないか?」
「きゃんっ! アクヤさんってば山登りするのにドレスとヒールだなんて、おっかしいんだぁ!」
やり込められたこともすっかり忘れて、わたしをからかうスピッツ。
「しおりに『ハイキング感覚で行ける場所だから、普段の恰好でオッケー』と書いてありましたので、いつもの装いで来たのですわ」
しおりの毒をチクリとチクってやると、フルスゥイング様とハーフストローク様は批判的な視線をスピッツに向ける。
「きゃんっ!? そうだったっけ!? でも、アクヤさんはそのドレスがいちばん似合ってるから、気にしない気にしない!」
まあいい。アクヤ・クレイはいつでもどんなときでも、このワインレッドのドレスなんだ。
たとえ渓流下りをやるとわかっていたとしても、アクヤはきっとこのドレスで挑んでいたに違いない。
不意に、フルスゥイング様が手をさしのべてくれた。
「スピッツのヤツが迷惑をかけてすまないな。さぁアクヤさん、俺の手に掴まって。いっしょに登ろう」
そのファイト一発感あふれる爽やかな笑顔に、わたしはちょっとトゥンクときてしまう。
しかし隣にいたスピッツがバーゲンセールのような勢いで、フルスゥイング様の手をかっさらっていった。
「きゃんきゃーんっ! ありがとうございます、フルスゥイング様ぁ! スピッツと一緒に登りましょ!」
「おい、なにすんだよスピッツ! 俺はアクヤさんに……!」
「きゃんきゃんっ! いいからいいからぁ! らんららんららーんっ!」
スピッツは調子っぱずれの歌とともにフルスゥイング様の手を、散歩が嬉しい犬みたいに引っ張っていく。
彼女はリアルの時もそうだったんだけど、やたらと元気だ。
そしてフルスゥイング様もハーフストローク様も男の子だけあって、このくらいの山道はへっちゃらのようだ。
しかし、問題児がひとり……。
わたしたち一団のかなり後ろから、杖をついてヨロヨロとついてくるサダオ。
どうやら見た目のイメージどおりで、身体を動かすのは苦手らしい。
まるでリアルのわたしが登山をしたらこんなカンジになるんだろうな、ってくらいのヨボヨボっぷりだった。
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