メイソンのカルテ
お前なんか何の役に立たない!
ボクがここにいる影みたいなもんなんだ!
影のくせにボクと同じ場所にたつな!
お前の事を覚えているのはせいぜいボクくらいなんだ!
明日に死んだって、だーれもお前のことなんか悲しまないよ!もちろんボクもな!
言葉の暴力に打たれて、ボクは小さく頷くしかなかった。
誰もその言葉を否定してくれる存在もないから、ボクにはそれが真実だと聞こえた。
ボクは影。ボクの価値なんて無い。
だからボクには名前なんかもない。
呼んでくれる人もいない。
だって…ボクは……
「メイソン、何かあったか?」
名前を呼ばれて振り返る。長い黒髪が風に波打っている。
セブン=ブルーアイランド。
彼女はこの街を支える領主一家の跡継ぎ。
自分の立場を理解し、力を養い、常に自分に課題を求める…強い人間だ。
授業が終わったのか、鞄を肩に掛けていつものように車の前に歩いてきた。
「お前は貴重なのだから、ぼんやりしてると誘拐されるぞ」
呆れながらも、ボクを心配してくれる。
メイリーン様を亡くされてからすっかり沈みきっていたのに、あれから比べるとセブンも強くなったなぁと思う。
「ふふ、大丈夫ですよ。ここは学校ですから……いたっ!」
軽く笑いながらドアを開けたら、セブンにデコピンされた。
「それが油断だと言うのだ。お前は我が屋敷の所有物だと自覚しろ。
それに、この私の大事な家族なのだとな」
セブンの声に『あの言葉』が頭をよぎる。
ボクを『いらないモノ』と散々痛めつけた、言葉…。
同じ人間が使う言葉なのに、こんなにも暖かい。
ボクは嬉しかった。
機械のボクだって、自分の価値が何もないなんて言葉、信じたくなかった。
「……なんだ、黙って」
「嬉しいなって喜んでました」
ふん、と鼻を鳴らす。でもその横顔は嬉しそうだ。
ボクはこのブルーアイランド家に拾わ
れた機械人形。
幸せな日々、温かい言葉、優しい人間。
前の記憶は無いって検査結果だったけど、時が経つにつれて、奥深くから決して消えない記憶が甦る。
悲しい事ばかりでは生きてはいけないから、人間は忘れる機能があるらしい。
ボクには無いけれど……忘れたふりはできた。
ボクはここで新しくメイソンという名前をもらった。
便利な機械人形が普及した今、捨て人形は珍しくない。ボクの境遇は間違いなく、いい方だと思う。
だから、
……前と同じ過ちは繰り返さない。
「メイソン、どうした?」
はっと我に返る。セブンの声。
屋敷に着いたようだ。車のドアを開け、セブンが出た後にすぐ閉める。
天を突くような高い建物。この街で特に目立つ。
セブンはその屋敷への階段を歩いていき、ボクもそれに続く。
……と、急に立ち止まるセブン。
「何かありましたか?」
「私の横に並べ」
何かを思いついたのか、手で手招きする。
ボクとセブンの立場上いけないことだが、ボクは微笑んで、セブンの横に並んだ。
そして、そのまま振り返る。広がるのはこの街の景色。
「どんな景色だ?」
満足そうにボクを見る。
その瞳に、変わらない優しさが見える。
「…セブンの黒髪がとても邪魔で、何も見えませんね」
「違う、心情的な感想を求めたのだ」
慌てて髪を手で押さえて、生真面目に返すセブン。
思わず笑う。とても、自然に。
「ええ…とても、幸せですよ」
カルテ Rui @rui-wani
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。カルテの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます