第31話「巨大な壁」

「とにかく、皆離れず警戒しながら行きましょう」


 優等生の女の子が統率を取るための言葉を吐いた。


 こういう場面では必ず一人や二人単独を好み、勝手な行動を取る者が現れるものだが、


「ま、反論はない。それぞれいつでも戦えるようにして集団で行動するべきだな」


 俺様王子のバロンでさえ纏まる事を納得していた。

 特別科の生徒達は馬鹿ではないのだ。


「でも、索敵は必要だよね?」


 そう話すのはマオだ。

 それも一理あるかと生徒達は一様に頷いている。


「私行ってくる! こういうの得意だし!」

「大丈夫マオちゃん?」


 アリーシャの心配する声に微笑みを浮かべ頷いたマオは、「私忍者の家系だから♪」と、一言添えて索敵に向かって行ってしまった。


「では行きましょうか」


 優等生の女の子の一言で出発する生徒達。

 目的地は花畑だと言うが、道筋は分からない。

 今はただ、林道を真っ直ぐ歩くしかなさそうだ。


 しばらくすると、索敵に出たマオが戻ってきた。

 優等生の女の子へ報告を済ませ、アリーシャの元へ戻るマオ。


「大丈夫だった?」

「うん! 特に危険な箇所もなさそうだし、周囲に魔人もいないみたい。しばらくは一緒に歩けるよ♪」


「良かった♪ なんかみんなでピクニックって楽しいね♪」

「相変わらずだねアリーシャちゃんは、ふふ」


 仲間達と幻想的と言われた花畑を目指すアリーシャ。

 まだまだピクニック気分は抜けないようだ。


 それから一時間ほど歩いた時だろうか。

 誰かが根を上げ始めたのは。


「あの~、皆さんちょっと休憩しません?」


 そんな気の抜けた提案をするのは、勿論アリーシャだ。


「まだ一時間も経ってないわよ?」

「だらしないわね! あなた本当に特別科の生徒なの? だから王女様は嫌なのよ」


 優等生女の子に乗っかるように嫌味を吐き散らすレイラ。


「だってお腹空いたんだもん! レイラにはサンドイッチ上げないから!」


 ルークに持って貰っていたバケットを開けるアリーシャ。そこには、沢山のサンドイッチが詰め込まれていた。


「それアリーシャが作ったのか?」

「うん♪ エミリーとマオちゃんにも手伝って貰ったけどね。みんなで食べよ♪」


 バロンの問いに笑顔で答えるアリーシャ。


 腹が減っては戦が出来ぬと、事前に食糧を用意していたのだ。当然、自分のお腹が空くからである。


「おい、お前ら! 休憩だ。ありがたく頂くぞ」

「おー! アリーシャちゃんありがとう!」

「アリーシャちゃん気が利くね!」


 生徒達に囲まれドヤ顔のアリーシャは、ようやくピクニックらしくなってきたと、ほくそ笑んでいた。


「なんなのよっっ……」


 一人、木の幹に背中を預けその様子を見ていたレイラ。

 今さら食べたいとは言えず、鳴りそうな腹の虫を必死に抑えていた。


「どうしたの? 食べないの?」

「うるさいわね! 要らないわよ!」


 アリーシャが心配になり、そう聞きに行っても意地を張り続けるレイラ。


 ぐうーっっ。


 だが、腹の虫は我慢出来なかった。


(もうっ、意地っ張りなんだから……あっ、そうだ!)


 アリーシャは、そんなレイラに呆れつつも、素直にサンドイッチを食べさせる方法が浮かんできたようだ。


「これ、バロン君が食べなって」

「バロン様が……?」


 そういう事ならとアリーシャの差し出したサンドイッチを受けとるレイラ。


 なんとなくだが、それが嘘だと言う事は分かっていた。

 あのバロンが、人にものを分け与える姿が想像出来なかったのだ。


 それでも、バロン様からと自分に言い聞かせ、レイラはサンドイッチを頬張った。


「美味しい?」

「ええ、バロン様からだもの当然よ」

「良かった♪」


 つっけんどんな態度だが、それでも『美味しい』の一言が聞けて、アリーシャは嬉しかった。


 絶界の森を進む特別科生徒達の一休みと昼食を兼ねた休息も終わり、腰を上げて再出発となる。


 お腹を満たし、少し気が緩んでいた。

 それを見越したように、危機は迫る。


 それは、索敵から戻ったマオの知らせによって明るみになった。


「大変っ!! 私達囲まれてる!」

「みんな少し広がって準備して!」

「魔術が得意な者と武術が得意な者に別れよう!」

「魔術組は遠距離で援護! くれぐれも武術組に当てるなよ!」


 言わずとも何に囲まれているか察する生徒達。

 優等生のみならず指示を飛ばし合い警戒態勢を整える。


「来たっっ」


 誰かが発した声の先を見ると、土煙を上げた集団が迫っているのが見える。


「エミリー、怖いよ……」

「大丈夫ですアリーシャ様。私達がついております!」

「師匠には指一本触れさせない」

「私も傍についてるからね」

「僕も居るよアリーシャちゃん。これでも魔人との戦いは得意なんだ……」

「アリーシャは俺様が守るぜ!」


 怯えるアリーシャを囲む頼り概がある仲間達。


 いつのまにか輪にはいっていたバロンでさえ、こんな時は頼る他ない。


 いまだ魔人との戦闘を経験していなかったアリーシャは、そんな仲間達が心強かった。


「前から来るのはオークの集団か……」

「前だけじゃない! 左右の森からはゴブリンが来てる!」

「おいおい、嘘だろ……後ろからはオーガの集団だぞ!」


 四方を囲まれる特別科生徒達。


 魔人のオンパレードに、腕に覚える生徒達もさすがに緊張の汗が滲み出る。


「ねえ、オークの後ろに居る牛っぽいのは何……?」


 アリーシャの一言で一斉に目を凝らす生徒達。

 オークの後ろで微かに見える影は、確かに牛の角だ。


 徐々に近づく魔人の群れ。

 獲物を狩る人間のような狡猾さを感じる。


「……あれは!? ミノタウロスかっっ」


 ハッキリ見えてきた巨大な姿に、誰かが言った。


「嘘だよな? だって、ミノタウロスは神話の生き物だろ?」

「そうか……先生が言っていたSランクでも手も足も出ない奴は、あれの事か」

「あんなのと交戦したら全滅だ! 逃げるぞ!」

「逃げるってどこによ! 後ろはオーガよ! 相手してる内に追い付かれるわっ!!」

「だったら左右のどちらかに……」

「ゴブリンが罠を仕掛ける奴だって事ぐらい知ってるだろ! わざわざ罠に飛び込んでどうする!」


 定まらない選択肢。

 どれを選んでも苦しい戦いになるのは明らかだった。


 今まで本当のピクニックのような雰囲気に包まれていた生徒達の前に、大きな壁が立ち塞がった。


 それも巨大な壁。

 伝説の魔人"ミノタウロス"という怪物が。


 壁を越えるか壊すか。

 はたまた逃げるか。


 なんにせよ。

 選択は躊躇なく迫っていた。


「グオオオオオオーッッ!!!!」


 耳をつんざく雄叫びと共に――

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