第30話「絶界の森」
「さて諸君。今からこの魔獣に乗り森を目指す。この"スイフト"は世界一速い魔獣として知られているが、乗りこなすにはそれなりにコツがいる。まずはスイフトの乗る所から始めようではないか」
学園の外に出た特別科の生徒達の前には、猛々しく暴れる馬のような魔獣が待っていた。
「はっ、こんなの俺様にかかれば楽勝だっつうの」
「私の美貌にかかればこんな魔獣などいちころよ」
真っ先にスイフトへと近づいたのは、俺様王子バロンと悪役令嬢レイラだった。
自信満々の二人がスイフトの背中へ無理やり乗り込むと、スイフトは狂ったように暴れ出す。
「ヒヒーンッッ!」
「うおっ、暴れるな馬鹿野郎! 俺様を乗せられる事を光栄だと――」
「大人しくしなさいっ! 私の言う事が聞けないと言うの――」
あまりの暴れぶりに揺れ落とされる二人。
「この野郎っ!! 俺は第三王子だぞ!! こんな獰猛な魔物は殺処分だ!!」
「そうよ!! 私を誰だと思ってるの!! 絶対処分してやるわ!!」
憤る二人を見て、アレキサンダー先生はニヤニヤと様子を見ていた。
(いいね~!プライドが高い奴ほどスイフトは乗りこなせねえ! こりゃ、初めての脱落者はこの二人か?)
特別科トップ2と目されていたバロンとレイラが落馬した事で戸惑う生徒達。
そんな時、二人が無理やり乗った二体のスイフトへ歩み寄る女の子がいた。
いまだ興奮治まらぬ二体のスイフトに無闇に近づけばどうなるかは明白だったのだが……。
「大丈夫……怖かったね。もう大丈夫だからね♪」
「ブルルルルッッ♪」
二体のスイフトを優しく撫で落ち着かせるのは、小国の王女様アリーシャ=ベルゼウスである。
「やるなあの子……」
「ええ、まるで魔物をペットのように扱ってるわ」
アリーシャの行動に感心する特別科の生徒達。
これには仲間達の鼻も高くなる。
「"私"の友達のアリーシャちゃんは凄いなー!」
「"私"の王女様であられるアリーシャ様は流石でございます!」
「"僕"の師匠なら当たり前」
「ぼ、ぼくの……」
やたら私や僕を主張する仲間達。ミケも言いたかったが、恥ずかしさが勝り口をつぐんでしまったようだ。
「なあ、俺達にも扱い方を教えてくれよ」
「是非お願い」
「うん♪ 勿論だよ! あ、その前に――この子達は魔物じゃなくて"魔獣"よ! そこだけは間違えないでね♪」
「「はーい!」」
一躍先生に躍り出て生徒達に囲まれるアリーシャ。
「良い。触る時はこの子が見える所から優しく触っていくの。少し慣れてきたら鼻に体を近づけて自分の匂いを嗅がせるの。その後は話しかけながら触り続けてね♪」
「分かった。やってみる」
一人一人丁寧にスイフトへの接し方を教えていく。
魔獣に関してはやたら分かりやすい講義に、生徒達も順調にスイフトと信頼関係を築いていっているようだ。
「見てアリーシャちゃん! 顔舐められた!」
「良かった♪ 仲良くなれた証拠だよ!」
「見てくれアリーシャちゃん! 俺を乗せてくれた!」
「凄い凄い! もう大丈夫だね♪」
いつの間にか生徒達から慕われ始めたアリーシャ。
それが面白くないのは、勿論この令嬢だ。
「たかが魔物ごとき手玉に取ったぐらいでいい気にならない事ね!! 良いから私の言う事を聞くように躾なさい!!」
「そうだ!! 俺様を乗せられるありがたみをその魔物に教えろアリーシャ!!」
レイラの偉そうな命令に、思い通りにいかない事に腹を立てたバロンが乗っかる。
「あんた達……それが人にものを頼む態度かしら?」
「「ぐっっ!」」
「アリーシャちゃんが鬼になってる……」
「アリーシャ様! 可愛い顔が台無しです! 笑顔!」
「師匠笑って」
「あっ……それで、なんて言うのかしら?」
エミリーとルークの声で笑顔を取り戻したアリーシャがレイラとバロンへと問う。
「わ、私に教えなさい……」
「俺様に教えろ……」
「あ、ごめん! 聞こえなかった」
まだまだ上からの二人に意地悪く聞き直すアリーシャ。
中々素直になれない二人だったが、ここで意地を張れば脱落者1号2号は間違いない。
それが頭にちらついたのか、
「「教えて下さい……」」
「うん♪ いいよ♪」
素直に教えを乞うことが出来たようだ。
「あなた達はちょっと傲慢な所があるから、触る時は好きな人を思い浮かべてその人に触れるように撫でてみて♪」
(バロン様……その肌を撫でてみたい……)
(怒ったアリーシャも可愛かった……アリーシャの髪を撫でてみたい……)
それぞれの好きな人を思い浮かべながらスイフトを撫でる二人。それに応えるように、結果は表れた。
「ブルルルッッ♪」
「おお、そうだな。さっきは悪かった! 仲良くしようぜ」
「こうやってみると結構可愛いわね……仲良くしましょう」
問題児二人をなんとか脱落から救ったアリーシャ。
(計画と違うがまあ良いか。壁はまだまだ高くなる)
それを、ちょっと不満気なアレキサンダー先生が見ていた。
「さて、諸君! スイフトに乗っていざ出発だ!!」
「「おーっ!」」
スイフトに跨がり学園を出発する特別科生徒達。
どんどん速度の上がるスイフトに必死に掴まる者。
切り替わる景色を楽しむ者。
到着までの姿は千差万別であった。
それから二時間ほど経つと、目的の森が見えてくる。
途中でスイフトを休憩させた時間を入れても驚異的なスピードだった。
馬車なら二日ほどかかる道のりを経った二時間で到着してしまうスイフトの足は、この世界では非常に貴重だ。
それ故、本来は乗りこなすまで苦労したり、中には跨がる事さえ出来ない者もいる。
まあ、今回はアリーシャのお陰で全員が乗りこなすまで信頼を深められたが、去年一昨年と数名の脱落者を出した壁だったりする。
「着いたぞ諸君!! ここからは歩いて花畑を目指す!」
スイフトを事前に用意された小屋に繋げ、アレキサンダー先生の後を追う生徒達。
「全員森に入ったか?」
「はい。これで全員です」
アレキサンダー先生の問いに、ちょっと優等生っぽい一つ縛りの女の子が答える。
「さて、諸君。花畑を目指す前に言っておかねばならぬ事がある。この森は絶界の森と呼ばれ、危険な魔物を封印するために古より作られた森だ。森の周囲には、七人の大賢者お手製の結界が張られ、どんな強力な魔法でも破れぬ。勿論、出るすべを知っているのは私だけだ」
「そ、そんな危険な場所だったなんて聞いてません!」
アレキサンダー先生の告白に、優等生の女の子が非難の声を上げる。
「事前に教えたからなんだと言うのだ!! それとも、聞いていたら来なかったと? ああ良いぜ、退学になりたい者は今すぐ出してやる。出たい者は手を上げろ!!」
アレキサンダー先生の一喝に押し黙る生徒達。
ここで退学をしたい者などいないのは明白だった。
「では、私は先に行って待っている。因みに、この森にはSランクの冒険者が手も足も出ない魔物が出る。諸君……死ぬなよ!!」
不穏な事を言い残し深い森へと消えてしまったアレキサンダー先生。ここでようやく、アリーシャは事の重大さを理解していた。
(ヤバくない? 全然楽しいピクニックなんかじゃないよ~!! 折角サンドイッチ持って来たのにー! 今の内に食べておこうかな?)
呑気さを残しつつ……。
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