第26話「ミケはケモミミが好き」

 レクリエーションまで後二日と迫った雨の日。


 マホ研に苦手な二人がやって来てしまい向かう足が重くなるアリーシャ。憂鬱な雨がその気持ちを更に強くしていた。


「入らないのですか?」

「師匠どうした」


 マホ研の扉に手をかけたまま固まるアリーシャ。

 エミリーとルークが心配そうに覗き込む。


「わ、私お花つみ行きたくなっちゃった! ごめん、二人とも先に入ってて!」

「でしたら私も!」

「大丈夫! 一人で行けるから!」


 少し一人になって考えたい。マホ研を前にしたアリーシャは、心を落ち着かせたかった。


 当然自室でも考えてはいたが、いざ試練が目の前に来た時は改めて考えたくなるものだ。


「そうですか……ですが何があるか分からないので!」

「大丈夫だって!」


 しかし、エミリーは中々喰い下がって一人にはさせてくれない。従者として、どうしてもという時以外に主を一人にさせる事は中々抵抗があったのかもしれない。


 そんな時、マオがちょうどやって来てその光景を見ていた。


「どうしたのアリーシャちゃん?」

「あ、マオちゃん。ちょっと"一人"でお花つみに行こうとしてて……」

「そうなんだ」


(もしかして一人になりたいのかな?)


 ここでマオはピーンときた。一人でという所を強調したアリーシャの本音を汲んだのだ。


「じゃあ早く行って来なよ♪ ほらほら、エミリーちゃんとルーク君は早く中に入るよ!」

「しかしアリーシャ様を一人にはっっ」

「アリーシャちゃんも子供じゃないんだから一人で行けるわよ! あんまりしつこいと"あの人"みたいに嫌われるよ?」

「あの赤髪はヤバい」

「うっっ! わ、わかりました……」


 あの人とは勿論"バロン"の事だ。あれと同類にされては困ると、エミリーも納得せずにはいられなかった。


 エミリーとルークをマホ研に押し込んだマオは、アリーシャに軽くウインクをして自身も中へ入って行った。


(ありがとう、マオちゃん……)


 気の利く友人に感謝をしつつマホ研から離れようと後ろ向いたアリーシャに、見覚えのあるケモミミが視界に映る。


「あ、ミケ君!」


 廊下の先に見えるT字路を右から左へと歩いて消えて行くミケ。その姿を見たアリーシャは、ウィッチ先生の言葉を思い出していた。


『ミケラ……ミケ君を見たら勧誘しといて欲しいの。

 あの子もアリーシャちゃんと同じ凄い力を秘めてるのに誘いに乗ってくれないのよ。

 なんでも、違う研究室に入ってて忙しいみたいで……もし会ったら、週一で良いから来て欲しいって誘ってくれない? アリーシャちゃんのお願いなら来てくれるかもしれないし♪』


 そんな事を言っていたウィッチ先生。


 アリーシャもミケが来てくれたら苦手な二人が来た事が帳消しになるかなと、その姿を追いかける事に――


 廊下を進みT字路を左に曲がると、ミケがどこかの部屋に入る姿を捉えた。


 ミケが消えた部屋の前で足を止めたアリーシャは、ふと扉の上に掲げられた名前を確認する。


『魔物研究室』


(ミケ君はここに所属してるんだ。魔物か、なんか怖いな……)


 魔物と言えばファンタジー世界の名物だが、想像する姿は凶暴で野蛮な野生。


 アリーシャもこの学園にやって来る道中に何度か遭遇したが、人を見ると襲って来る凶暴な姿。

 エミリーやルークが退治してくれたものの初めて遭遇した時は震えが止まらなかった。


 想像すれば分かると思うが、現実でも肉食動物を目の前にしたら足が震え恐怖するだろう。

 それプラス更に凶暴で躊躇なく襲ってくる魔物を見れば血の気が一瞬にして引く事間違いなしだ。


「た、たのもー!」


 勇気を振り絞り開けた扉。

 その先には、誰もいない部屋が待っていた。


「あれ?」


 誰もいない部屋を見回すアリーシャ。


 見えるのは机に置かれ湯気を出すまだ温かそうなカップと、魔物について書かれた本がぎっしり詰まった本棚。


 それと、部屋の奥の重そうな鉄の扉から臭う微かな獣臭だった。


「魔物の臭い? だ、誰か居ませんかー?」


 少し怖くなり誰かを呼んだアリーシャ。

 その返答に答えたのは、


「グルルルッッ」


 そんな唸り声だった。


「え、なに……」


 鉄の扉の先から聞こえる不気味な唸り声と、ヒタヒタと近づく足音……。


 なんだか怖くなったアリーシャは少しづつ後ろへ後退していく。そんなアリーシャを追いかけるように、足音は大きくなってくる。


 そして――


「で、でたああああああっっ!!」


 鉄の扉から現れたのは……金色のケモミミを持つ、


「誰か呼びました? あ、アリーシャちゃん」


 ミケの姿だった。


「あ、ミケ君か……もー、ビックリしたんじゃん! ミケ君ならミケ君って大きな声で言ってよ~!」


 非常に理不尽な要求を突きつけるアリーシャ。

 誰が好きこのんで自分の名前を叫びながら歩くのか。


「う、うん……ごめんね」

「いや、こっちこそごめん……」


 冷静に考えたらおかしい事に気づいたようだ。


「それで、どうしたの?」

「あ、そうそう! ミケ君もマホ研入ってよ~! 変な二人が入ってなんか気まづいんだよね……週一で良いからさ! お願いっっ」

「はは、なるほどね。うーん……」


 手を合わせて拝むアリーシャに、苦笑いを浮かべたミケは、少し唸って答える。


「じゃあ、アリーシャちゃんも魔物研究室に入ってくれない? こっちも週一で来てくれれば良いからさ」

「私が魔物研究室に?」

「そう、ダメ……かな?」

「うーん……」


 アリーシャはミケの交換条件に、同じく少し唸ってから返事をした。


「私、魔物研究室がどんな所か今一分かんないんだよね。良かったら教えてくれない? 返事はそれからでも良いかな?」

「勿論良いよ」


 実際、魔物の研究とは何なのか知らない者からしたら見学してから決めたいのは当然だ。

 それにあの鉄の扉の先がなんだか不気味に思えたアリーシャは、とりあえず中が見てみたいと思っていた。


「とりあえず、ここがどんな所か先に説明するね」

「うん、お願いします♪」


 微笑みを見せるアリーシャに、ミケは照れたように指先で頬を掻いて説明を始めた。


「こ、ここは魔物の生態を研究する所なんだ。魔物がどんな風に生き死ぬのか。どんなコミュニティを形成して繁栄していくのか。そんな事を調べているんだ」

「へ~! 魔物ってどんなのがいるの? 私が見たのはゴブリンとオークだったんだけど、他にも沢山の種類がいるんでしょ?」


 ゴブリンは人間の子供ほどの体格で、緑色の肌で醜い容姿をした魔物。オークは豚っぽい容姿をした大型で棍棒を振り回す凶暴な魔物だ。


「うん、魔物の種類は分かっているだけでも数百種を超えている。この魔物研究室では、その中でも四足歩行の魔物を魔獣と呼び、二足歩行で人型の魔物を魔人と呼んで分けているんだ」

「じゃあ、私が遭遇したのは魔人って事か」


「そうだね。種類にもよるけど、魔人は知能が高いやつが多いし、無差別に人を襲う事もある。食べるためじゃなくて、自分達のテリトリーを広げたり、時には快楽で殺戮を楽しむ奴もいる……」

「なにそれ怖い……」


 ミケの言う通り、魔人の被害は多い。時に増えすぎた魔人が森から溢れ人を襲う事もよくある。


 そのため冒険者ギルドは、魔人を退治する任務などを冒険者に斡旋する事が多いとされていた。


「でも、魔獣は違うんだよ! 魔獣は無差別に襲ったりしないし、とても臆病な性格の子が多いんだ! でもさ、皆は魔人と魔獣をいっしょくたに魔物と呼ぶんだよね……魔人と魔獣を一緒にするなんて酷いと思わないかい!?」

「う、うん……あの、私の――

「最近では、魔獣共存共栄してきたビースティアでさえ魔獣を魔人と一緒に考える人もいるんだよ! おかしいと思わない!? あの子達はあんなに可愛いのに!!」


 魔獣について熱く語るミケ。


 それは同じケモミミを生やす者同士の絆なのか、それとも別な理由があるのかはまだ分からないが、一つ明確な事があった。


「あ、あのさ……ミケ君の熱い思いは凄く伝わったんだけど、ちょっと聞いて良いかな?」

「どうしたの?」


「もしかして私の横にいるのって……」

「あ、うん! 魔獣で金狼族のルンルンだよ!」

「……やっ、やっぱりいいいいっっ!?」

「ガウッ♪」


 魔獣が自分の手をペロペロ舐めている事が、良く分かったアリーシャだった……。

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