第27話「魔獣危機一髪」

 魔物研究室の本拠地となる鉄の扉の先へ案内されたアリーシャは、その光景に唖然としていた。


 鉄の扉の先は螺旋階段になっており、地下へと続いている。そしてその階段を降りると、室内とは思えない草原

 が広がっていた。


「ここが魔物研究室……?」

「そうだよ。驚いた?」


「うん……てか、なんで外みたいに明るいの!?」

「ああ、これは魔術だよ。設置式の魔術具を使ってるんだ」


「魔術具か……本で見た事あるけどこんなに便利な物もあるんだね……」


 魔術具について好奇心を覗かせたアリーシャは、後でウィッチ先生に詳しく聞いてみる事にした。


(もしかしたら生活に使える物もあるかも。お風呂上がった後にドライヤーとか欲しいんだよね)


 そう考えながら改めて草原を見渡したアリーシャの視界には、不思議で幻想的な光景が飛び込んできた。


 広さ約五百メートル程の草原にポツポツと樹木が生え、そこには木の上の葉っぱを啄む魔獣の姿が見える。


 草原にも角が生えたウサギっぽい小型の魔獣や鹿に似た魔獣がリラックスしたように草を頬張っていた。


「これ皆魔獣?」

「うん。ここにいるのは主に草食系の魔獣達だよ。みんな親を亡くしたり怪我をしたりして保護した魔獣なんだ。ま、こいつは別だけどね」

「ガウッガウッ♪」


 ミケの隣で嬉しそう吠える金狼族のルンルン。ぱっと見は大きい犬だが、揺れる尻尾は魔獣らしく三つに別れている。


「ルンルンも草食なの?」

「いや、肉食だよ」

「えっっ!? あ、狼だもんね……」


 肉食と聞いて竦み上がるアリーシャだが、狼なら当たり前かと納得するしかなかった。


「肉食といっても、同じ魔獣は食べないよ。勿論人間もね」

「じゃあ、もしかして"魔人"を?」


「そう。金狼族は魔人の肉しか食べないんだ。何故かはまだ分からないけど、僕が思うに魔人が溜め込んだ邪悪な魔力を好んで食べている気がするんだ」

「邪悪な魔力……」


「一説には、魔人は元々人間だったんだじゃないかと言われていてね『邪悪な魂に魔力が宿り魔人と化した』なんて言う説もあるんだ」

「へ~、ねえねえ、後で上にあった本見せてくれない?」


 ここで魔獣と魔人について興味が沸いたアリーシャは、知識欲から本棚の本を全て読もうとしていた。


「うん、良いよ」


 それに対してミケは、少し微笑みを浮かべ快く了承してくれたのだが、まさか全ての本を数時間で読むとは思っていなかった。


「まさか全部読んじゃったの……?」

「うん♪ なんか止まんなくなっちゃって! あっ、もう夕方……」


 魔獣達の世話があるからと地下に残っていたミケが上に戻ると、山積みの本に囲まれたアリーシャの姿と、空っぽになった本棚に出迎えられた。


「私戻らないと! あっ!ミケ君、明日マホ研来れる!?」

「大丈夫だけど……」


「良かった♪ じゃあ明日ね! あー、ヤバい! 絶対エミリー達心配してるよねっっ」

「あっ、アリーシャちゃ……」


 ミケの呼び声も虚しく、アリーシャは勢い良く魔物研究室を飛び出し走り去っていた。


「行ってしまった……また言えずじまいか。ふふ、それにしても、君は本当に凄いね。アリー」


 何か重要な事をアリーシャへ伝えたかったミケは、走り去ったアリーシャの残り香に包まれながら苦笑いを浮かべていた。


 その頃、マホ研へとダッシュで駆け込んだアリーシャに様々な声が飛んで来ていた。


「アリーシャ様っっ!! ご無事だったのですね……良かったあああああっっ」

「もう、アリーシャちゃんどこに行ってたの!? 心配で探し回ったんだよ!」

「師匠の気配を感じられないなんて弟子として失格……」

「みんなごめんね……」


 泣きわめくエミリーと、落ち込むルーク。

 その横でマオに説教を受けるアリーシャ。


 その後。マオは許してくれたものの、エミリーを泣き止ませルークを元気付けるのに四苦八苦したアリーシャは、二度と勝手に居なくなるのは辞めようと心から誓っていた。


「それでアリーシャちゃん。ミケ君は明日来てくれるのね♪」

「ああ、はい……その代わり私も魔物研究室に入る事になったんですが、掛け持ちは大丈夫ですか?」


 なんとかエミリーとルークをいつもの状態に戻したアリーシャは、ウィッチ先生にミケの件を報告していた。


「勿論大丈夫よ♪ 基本的には上手く調整してくれるならいくつでも掛け持ちOKにしてるから♪」

「良かった♪ じゃあ、先生。明日また来ますね!」


 日も落ちてきた事もあり、報告を済ませマホ研を後にするアリーシャ達。


 その後をヒタヒタとつける影がいた……。


「ガゥ……」


 そしてその晩、事件は起こった。


 今日もいろんな事があって疲れたと、早くに眠りについたアリーシャ。その晩の夢は、とても幸せな夢だった。


「あっ、この耳もフワフワで気持ちいいね……ん~♪ この尻尾もフサフサキュート……」


 とても幸せな夢を見るアリーシャ。きっと今頃、夢の中でケモミミに囲まれているのだろう。


 まあ、実際にケモミミと尻尾を触っているのだが……。


「ん……んぅぅぅぅ」


 顔を舐められているような感触で目を覚ましてしまったアリーシャの横には、


「ガウッ♪」


 本物のケモミミを持つ魔獣ルンルンが、アリーシャの顔を舐め回していた。


「え、ええええーっっ!?」


 当然驚くアリーシャの叫び声が響くと、その声を聞いて駆けつけたエミリーが飛び込んできた。


「どうしましたアリーシャ様!?」

「い、いや、この子が……」

「ん? それは……」


 アリーシャの顔とルンルンの顔を交互に見ながら状況を整理するエミリー。


「それはもしかしてですが……」

「うん……」


「人形ではありませんよね?」

「間違いなく生きてる生物ね」


「なるほど……うん。マモノオオオオーッッ!!!!」

「ちょ、エミリー静かにっっ」

「なにがあった!?」


 そこに遅ればせながら駆けつけたルークが、アリーシャとエミリーとルンルンの顔を順番に見ながら状況を整理する。


「師匠。それはもしかして……」

「うん。人形じゃなくて生きてる生物」


「ふむ、なるほど。それはあれか。魔物……だああああーっっ!!!!」

「ちょ、ルークも静かにしてっっ」


 二人とも状況が今一飲み込めなかったようだ。


「お下がり下さいアリーシャ様っっ!!」

「斬るっっ!!」


 エミリーの愛刀"龍神一徹"――

 ルークの愛刀"竜神正宗"――


 月明かりに照らされキラキラと光る愛刀を構えた二人が、鬼気迫る表情で魔獣に飛びかかっていく。


「だめええええーっっ!!!!」


 アリーシャの叫びと共に――

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