第25話「悪役令嬢様のご登場」

 魔法少女になるため魔法魔術の訓練を受けるアリーシャ達。三日目にもなると、それなりに"コツ"を覚えてしまう所がアリーシャの凄さである。


「見て見て♪ 私のフェニちゃん可愛くない?」

「可愛いと言うよりなんでそんな事出来るの? 普通魔術でそんな事出来ないよね……」

「流石アリーシャ様です! 私も不死鳥のようにいつまでもお側に居りますよ!」


 アリーシャによって、炎の魔法を使った魔術で生み出されたフェニックスは、魔法魔術を使う事を前提に作られた研究室の高い天井を優雅に舞う。


 しばらく舞い続け「ボォッ」と、最後の灯火を発して消えてしまった姿を、アリーシャは悲しそうに見上げていた。


「炎って、消えるから美しいのよね……」

「どうしたの急に!? 吟遊詩人?」

「なるほど深い言葉ですね……」


(そんなに深い言葉ではないよね……)


 マオはそう思ったが、空気を壊すのも悪いと口をつぐんだ。ここに、空気を読める唯一の常識人が生まれる。


 一方ルークは、そんな三人を見ながらひたすら素振りをしていた。


『貴方は魔法魔術について凡人ね。魔力もそんなにないし、これ以上鍛えても無駄かも』


 ウィッチにそう言われ黙って素振りをする事にしたルーク。別に悔しい気持ちなどない。自分は剣の道で強くなれればそれで良いと思っていた。


 そんな事より、後ろで素振りをしながら見るアリーシャ達の仲睦まじい光景を見ているだけで幸せなのだ。


「さあ皆♪ 今日は新しいお友達が来てくれたわよ♪」


 まるで幼稚園の先生かと思うようなテンションで魔法魔術研究室――通称"マホ研"へと入ってきたウィッチ先生。


 このマホ研には総勢16名の研究員がいる。

 二年生8名。三年生8名。

 男女比6:4と少し女子の方が多い。


 ウィッチ先生が選りすぐった原石達。

 その中でもアリーシャ達三人は過去一番の宝石だった。


 アリーシャ達を入れて19名と増えたマホ研だが、ウィッチ先生は更に研究員をスカウトしてきたようだ。


「紹介するわね♪ レイラ=アンバウスちゃんと、バロン=タイゼル君よ♪ この二人も中々の才能を持った原石ちゃんなの♪ 皆仲良くね♪」

「「はーい!」」


 先輩達が素直に返事をする中、アリーシャの顔色は悪かった。


(うわっ、よりよってこの二人……私の苦手なタイプ1号2号だ)


 レイラとバロンとは特別科でのクラスメイトでもあるが、特別試験で悪い印象しか持てなかった二人。


 レイラの方はお高くとまる古典的な令嬢であり、アリーシャが余計な事を言ったばかりに恨みを買い悪役令嬢にレベルアップさせてしまった経緯がある。


 バロンは絵に描いたような俺様で、大国の第三王子という肩書きがそれを増幅させる付き合い難いキャラの代表各だった。


「よろしく皆様」

「俺様が来た事を喜べ愚民ども」


(頭ピンクでツインテールか……まどちゃんだね。隣は赤……男だけど杏ちゃんでいいか。マオちゃんは頭青いからさやちゃん。名前がマミと紛らわしいけどね。私は金髪だからマーさんで、エミリーはキュベだね。ルークはほむちゃん。よし、これで全員揃った! 魔女のウィッチ先生を倒すべく集まった私達こそ、魔法少女アリシャマギカよ!)


 とまあ、妄想を働かせ現実逃避を図るアリーシャ。

 だが、現実は否応なしにやってくる。


「ご機嫌いかがかしらアリーシャ王・女・様」

「こんにちは、レイラさん……」

「俺様が来て嬉しいかアリーシャ? 嬉しいよな!」

「……」


 一直線に絡みにきた二人に苦笑いを浮かべるアリーシャ。レイラの方には挨拶を返したが、バロンには相変わらず全力無視を貫き通していた。


 このバロン。とにかくしつこいのだ。


 入学してから、初めて会ったように感じるかもしれないが、実は初日からずっと話しかけてきていた。


『おうアリーシャ。試験以来だな。俺様に会えなくて寂しかった?』

『はは……そ、そうですねっっ! 私用事があるのでさよなら!』


 アリーシャがまともに相手をしたのはその一度だけだったが、一度相手をするとつけ上がる俺様王子にとって、そのたった一度の返事を良い方に捉えてしまう厄介な奴だった。


『恥ずかしがりやがって……あいつ、俺に惚れてるな』


 どこをどう捉えたらそうなるのか意味不明。

 けして常人には計れない思考回路である。


 その後もしつこく話しかけてくるバロンに嫌気が差したアリーシャは、シカト戦法でバロンに対処する事にした。


『また会ったなアリーシャ。運命の赤い糸で結ばれてるようだ』

『……』


 廊下でも。


『なあアリーシャ。こんなちんけんな飯じゃなくて、俺の専属シェフに用意させた食事を俺の部屋でどうだ? デザートとは勿論……俺達の甘いひととき』

『……』


 食堂でも。


『いつまで無視する気だアリーシャ。もし身分の違いで一線を越えられないなら心配する事はない。俺達の間に壁なんてないんだぜ?』

『……』


 寮のロビーでも。


 ずっと無視しているのにも関わらずめげないバロンに、半ば呆れを通り越し感心さえ抱いてしまう。


「なあ、アリーシャ。俺様思ったんだが、無視をするって事は恥ずかしくて話す事さえ出来ないって事だよな? だから考えた。話すのが恥ずかしいなら文通なんてどうだ? それなら俺様に対する愛の言葉も恥ずかしがらず好きなだけ書ける。どうだ? 俺は天才だろ!」


 馬鹿な事をツラツラと語るバロン。

 その横ではレイラがずっとアリーシャを睨んでいる。


「ねえ、アリーシャちゃん……この人達ヤバくない?」


 一連の流れを見ていたマオは、怯えたようにアリーシャに問う。


「だよね。私もそう思う……」

「アリーシャ様。私がラブファイアで消し炭に致しましょうか?」

「ダメだよエミリー。そんな事に勇者の力を使ったら、それこそ魔王になっちゃうから……」


 手のひらに炎を灯すエミリーの腕をそっと下げるアリーシャ。こういう輩は相手にしてはいけないのだ。


「貴女、王女だかなんだか知らないけど、バロン様に気に入られたからって調子に乗らない事ね。小国の王女なんて、大国の伯爵令嬢の私に比べれば取るに足らない存在よ!」

「この人も中々強烈だね……」

「だよね……」


 好意を持っていたバロンに突き放されたのは、アリーシャのせいだと決めつけ悪役令嬢と化してしまったレイラ。もはや、彼女を止められる者はいない。


「なんだお前達! 俺を取り合って喧嘩か? いや~、モテる男は辛いな!」


 その一言で、とうとうアリーシャの堪忍袋がはち切れた。


「貴方のせいでしょうがっっ!!!!」


 ばちこーんんんんっっ!!


 頬を捉えた高速の張り手。


(やってしまった……)


 つい手が出てしまったアリーシャだが、こんなに激情した事自体初めてで張った右手は震えていた。


 張り詰めた緊張感に包まれるマホ研。


 いくら学園での出来事はどんな大国だろうと介入不可としていても、影響力の強い大国の王子をビンタしたとなればどんな事が待っているか想像も出来ない。


 最悪――ベルゼウスという小国は地図から姿を消すかもしれなかった。


 生徒達はバロンの動向を伺い、エミリーとルークは何があっても良いように身構える。


 その中で、ただ一人邪悪な笑みを浮かべるレイラ。


(これで貴女もおしまいね。タイゼルが小国を潰すなんて赤子の腕を捻るより簡単なのよ。さよなら王女様……フフフフフッッ)


 そんな中、頬をぶたれたバロンが起き上がり静かにアリーシャへと近づいていく。


「それ以上アリーシャ様に近づくな!」

「斬る……」

「どうしよう……私なんてこと……」


 自分がした事に頭が真っ白になるアリーシャ。


 バロンはエミリーとルークが守る手前で立ち止まり、とうとう言葉を放った。


「俺様の事、そんなに真剣だったんだな……気づかなくて悪かった。俺も真剣に考える。二人の将来について! 後、ぶってくれて嬉しかった。ぶたれるって、なんか気持ちいいな!」


 満面の笑顔。そこに邪念はなかった。


「「なんでやねんっっ!!」」


 総ツッコミを受けるバロン。

 アリーシャは茫然自失だ。


(なんなのこの人……)


 しかし事が起こらなくて幸いと、皆胸を撫で下ろした。

 この一人を除いて……。


(なんで貴女ばかり好かれるのっっ!! 絶対に許さない! アリーシャ=ベルゼウス!! 今度のレクリエーションで、貴女を地獄に落とすわっっ!!)

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