第24話「これはなんの特訓ですか……」

 それは、ほんの数分前の事。


「へ~、ここは魔術を研究する所なんだ!」

「アリーシャちゃんはどんな魔術を使うの?」

「いや……実は私、魔法とか魔術なんて使った事ないんだよね……」

「え!? じゃあ、どうやって試験突破したの!?」

「さあ? なんか分からんないけど合格しました!」

「なんか凄い……」


 実際なにもしていない訳ではないが、アリーシャ本人はまだ気づいていない。


 無詠唱かつ治癒魔術でアレキサンダーの左目を治してしまったのだ。


 無詠唱は賢者の素質を持つ者さえ苦労する技術であり、治癒魔術という賢者の中でも数人しか体得出来なかった事を無自覚でやってのけたのだから末恐ろしい。


 そんな才能を、この女が放っておく筈がなかったーー


 ピシャンッッ。


「うわっっ!」


 バタンッッ。


 突然開いた魔術研究室の扉。そこからニュッと飛び出た腕は、アリーシャを拐っていってしまった。


「アリーシャ様っ!! ぐぐぐっっ! なんだこの扉は! びくともしない!」

「僕がやる……ぐおおおっっ! だめだ……」


 拐われた姫を助けようと扉を力いっぱい引っ張るエミリーとルークだったが、なにか特別な力で護られているのか、びくともしなかった。


 ダンダンダンッッ。


「すいませーん! アリーシャちゃんを返して下さい!」


 扉を叩き中の犯人に訴えるマオの声にも、なんの反応もない。


「くそっ、こうなったら!」


 一歩下がったエミリーは、右手を扉に向け集中し始める。なにをしようとしているのか。答えは簡単だ。


「おい雑魚! こんな所で勇者の技なんて使ったら退学だぞ!」

「うるさい! アリーシャ様の命がかかっているのだ! 退学など知った事か!!」

「ふん、なら俺も学園内で抜刀するか。俺の最大の力でこの扉を切り伏せる!!」

「ちょっとまって二人とも!」

「止めるなマオ殿。覚悟は決まった!」

「違うの! 中から音が聞こえるの!」


 マオの一声で扉に近づき耳をそばだてる三人。

 そこからは、微かに音が聞こえてきていた。


「……やぁぁ……だめぇぇ……」

「一体何をしているのだ! おのれ誘拐犯めっ!! やはりぶち壊してくれる!!」

「男なら殺す!! 女なら正座して見るっ!!」

「ちょっと待ってよ二人ともっ! 落ち着いてっっ」


 なんとも艶かしい声に興奮するエミリーとルークは、マオの制止する声も届いてはいない。もう後数秒で、退学になるかもしれない違反を起こそうとしていた。


 だが、そんな二人の動きを止める出来事が待っていた。


 ピシャンッッ。


「きゃっっ」


 バタンッッ。


 今度はマオを拐っていく魔の手。


「どういう事だ!!」


 ダンダンダンッッ。


 扉を力いっぱい叩き謎の現象に抗議するエミリーだったが、


 ピシャンッッ。


「うっ、私もかっ!?」


 バタンッッ。


 拐われてしまった。


「なんだこれ……」


 最後の一人になってしまったルークは、何故かいやに冷静になっていた。


 その頃、拐われた三人はというとーー


「いらっしゃい原石達♪」

「貴女は確か、魔法試験の時の!?」

「ウィッチ先生……」

「アリーシャ様の初めてを奪った宿敵っ!」


 三人に目の前に立っていたのは、魔法講師として魔法科の教壇に立っている"ウィッチ先生だった。


 因みに、『学園長のイザベラ』『特別科一年担任アレキサンダー』『魔法講師ウィッチ』この三人は元々、冒険者をしていたパーティーメンバーだったりする。


「なんなんですか突然!」

「そ、そうです! いきなり連れ込まなくてもっっ」

「このビッチめっっ!」

「まあまあ、落ち着いてよ原石ちゃん達♪ 来週のレクリエーションで役に立つ魔術を教えて上げるから♪」

「それはどういう!?」

「レクリエーションの内容知ってるんですか!?」

「ビッチこのっ! アリーシャ様の初めてをっっ!」


 別の事で怒っているエミリーは置いておくとして、アリーシャとマオはレクリエーションの内容をほのめかすウィッチ先生に興味を抱いていた。


「食いついた♪ 教えて欲しい? アリーシャちゃん……」


 なんとも妖艶な悪戯っぽい笑みでアリーシャに顔を近づけるウィッチ先生。近くで見ると、その豊潤な唇に目を奪われる。


「し、知りたいです……」


(なんか甘い香りがする……これが大人の色気なの? )


「しっかりしてアリーシャちゃん!」


 色香にクラクラとするアリーシャ。その肩を揺らし目を覚まそうとするマオにもウィッチの吐息が迫る。


「マオちゃんは知りたくないのかな?」

「わ、私に誘惑魔術は通じません!」

「ふーん……結構芯が強いのね」

「え、今の魔術だったの!?」

「おのれビッチ! またしてもアリーシャ様を!」

「エミリーちゃんには……効かないでしょうね」

「な、なんでマオちゃんとエミリーには効かないの!?」

「わ、私は心のバリアが強いから……」

「知りません!」


 何故自分だけと、単純な疑問が浮かんだアリーシャ。

 その疑問に答えるなら簡単な話だ。


 マオの故郷ニャベール公国は、諜報や隠密を得意とし成り上がった忍びの里だった。


 だが、平和な時間が長く続く世界でその活動は縮小し、立場が危うくなってしまう。そのピンチを救ったのが当時のビースティア国の王である。


 王はニャベール一族の数々の犠牲と功績を認め、仲の良かった第三王子とニャベール族頭領の娘を結婚させ、ニャベールを公国とし独立を許した経緯がある。


 そんなニャベールには、捕まった時の拷問に耐える訓練が平和なこの時代にも残っており、姫だろうがなんだろうが訓練は通る道だった。


 いつ乱世が来ても良いように。

 恩あるビースティアを助けるために。


 アリーシャもいつか、その事情を知る事になるだろう。

 マオと友情を深めていけば。


「まあ、ネタばらしすると、レクリエーションの内容なんて知らないわ。毎年内容が変わるし、アレキサンダー先生も教えてくれないしね」

「で、でも去年の事は知ってますよね」

「ええ♪ 去年は湖でBBQして、一昨年は絶景を見に山にハイキングしに行ったみたいよ?」


 食らいつくアリーシャに、ウィッチはいやらしい笑みを浮かべて答えた。


(本当にそれだけ? それだけなら凄く楽しそうだけど……いやいや! 絶対なにかある筈よ!)


 聞いてみるとなんの変哲もないレクリエーションの内容。しかしそこに裏があるのではと、どうしても勘繰ってしまっていた。


「そうなんですか……それで、なんで私達をここに?」


 レクリエーションの事は一度忘れ、アリーシャは改めて連れ込まれた真意をウィッチ先生に聞く事にした。


「えー、だって貴女達凄く惜しいんだもん♪」

「惜しい? どういう事ですか?」

「アリーシャちゃんは魔法全適正で魔力も膨大なのに魔法や魔術をまともに覚えてないし」

「ええ!? アリーシャちゃん魔法全適正なの!?」

「うーん、なんかそうみたい……」

「アリーシャ様は才能の塊なのです!」


 驚くマオ。何故かドヤるエミリー。

 そんな二人にも、ウィッチ先生の興味が向けられた。


「マオちゃんは自分の声が特殊で凄い事が出来るに気づいてないし。エミリーちゃんは魔法適正がないけど、聖霊魔法を使えるのにコントロール出来てないし。あーん! 勿体ないわっ!」

「私の声が特殊?」

「聖霊魔法だと?」


 気になる発言をするウィッチ先生に、マオとエミリーの心は捕まってしまった。


(魔法とか魔術とか、なんか危ないし怖い……それに、もっとやりたい事出来たしな~)


 魔法や魔術の訓練をするなら、アイドルを発掘したかったアリーシャ。そんな時、投網が投げられる。


「アリーシャちゃんが魔法や魔術を使いこなしたら……凄く可愛い魔法少女になれるのにな~。訓練すれば魔法少女アリーシャなのにな~」


(魔法少女ですって!? 魔法少女アリーシャ……)


「やります! 訓練やります!! 私を魔法少女にして下さい!!!」


(やった♪ 食いついた♪)


「勿論ですとも♪ 他の二人はどうする?」

「私は……」

「私はアリーシャ様がやると言うならやります!」


 エミリーは即答だったが、マオは歯切れが悪い。

 きっと警戒しているのだろう。


「やろうよマミさん! 素敵な魔法少女になれるんだよ! 魔法少女でアイドルとか、ヤバヤバのヤバだよ!!」

「"マミ"じゃなくて"マオ"なんだけど……分かった。アリーシャちゃんがそこまで言うならやってみる!」

「そうこなくっちゃ♪ 私達、素敵な魔法少女になります!」


 魔法少女のワードに興奮したアリーシャによって強引に決まる魔法魔術特訓。ここまでは、ウィッチの思惑通りだった。


(これで今年の賢者祭は貰ったも同然ね……)


「よーし♪ じゃあ、皆! 手を繋いで輪になって♪」


 ウィッチの掛け声で、手を繋ぎ輪になる一同。

 一体なにが始まるのか。

 アリーシャ達は一抹の不安を覚えていた。


「今から魔法の源を感じる訓練を始めるわね♪ アリーシャちゃんはもう知ってると思・う・け・ど♪」

「まさか……アレを!?」

「アレってなに?」

「アリーシャ様どういう事でしょうか……」

「御託は良いから始めるわよ♪」

「あぅっっっ! き、きてるううぅぅっっー!」


 という訳で、


「こんなの無理だよぉぉっっ!」

「アリーシャ様ぁぁんぅっ! 凄いですぅぅーっっ」

「私、どうしたら……も、もう……らめぇぇぇっっ!」


 この通りである。



 その声を扉越して聞いていたルークは、一語一句聞き逃すまいと扉の前で座禅を組んで集中していた。


「あの子なんで座禅組んでるの?」

「分かんないけど、なんか可愛いね♪」

「あ、確かあの子、ビンゴの時特別科に編入したルーク君だよね?」


 真剣な表情で座禅を組むルークを見た女子達は、『仏像のルーク』という二つ名を授け、密かにファンクラブを立ち上げていた事など、


(なんという想像を掻き立てる声!! 絶対に聞き逃かさず脳裏に焼き付ける!!)


 硬派な騎士ルーク=イグナイトはまだ知らない……。

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