第23話「歌姫とオタ姫」

「落ち着きましたかアリーシャ様?」

「大丈夫です、はい。面目ない……」

「師匠の弱点はビースティアだね」

「ごめんなさい……あなたも驚かせてごめんね」


 猫耳の歌姫の叫び声と従者二人の説得により落ち着きを取り戻したアリーシャは、目の前でおどおどする猫耳歌姫に頭を下げて謝罪していた。


「い、いえ、私こそごめんなさいっ! 私、昔から臆病ですぐ驚いちゃうの……」

「それでも、驚かせたのは事実だしごめんなさい……」

「私こそごめんなさい……」


 ごめんなさい合戦を繰り広げる猫耳歌姫とアリーシャに、エミリーとルークは首を傾げていた。


「師匠、いつまで謝るの」

「お互い一回謝れば宜しいかと……」

「あっ、そうだよね! ごめんごめん」

「そうですよね……なんかごめんなさい」

「また謝ってる」

「なにかの呪文みたいですね……」

「「あっ……」」


 エミリーとルークのツッコミに、お互い顔を見合せる猫耳歌姫とアリーシャ。なんだか二人は気が合うようだ。


「ふふっ、私達気が合いそうね♪」

「ですね、ふふっ。でも、アリーシャちゃんはなんでここに?」

「ん? なんで私の名前知ってるの?」

「あ、ごめん気安く呼んじゃって……」

「それは良いの! なんなら気安く触ってくれても良いんだから♪」


(なんだと!? それは聞き捨てならない! アリーシャ様に触れて良いのは私だけだっ!!)

(なんだと!? それは最高の提案だ師匠! 是非それを近くで見せてくれっ!!)


 邪魔をしないように一歩下がって会話を聞いていた従者達は、心の中で叫んでいた。


「そんな失礼な事出来ないよ……」

「私は良いのにな~、残念! それで、なんで私の名前知ってたの?」

「だって、アリーシャちゃん目立ってたから……ビンゴゲームの時とか、教室でも叫んでたし……」

「あっ、それは失礼しました……」

「な、なんかごめん!」

「良いの良いのっ! それで、あなたはなんて言う名前?」

「そ、そうだよねっ、先に名乗れって話よねっ……わ、私は、マオ=ニャベール。マオって呼んでっっ」

「ニャベール……」

「あの国か」


 歌姫ことマオの名前を聞いたエミリーとルークは、何かに気づいたようだ。


「あっ! その国知ってる! 本で読んだ! 確か、ビースティアから唯一独立した公国だよね?」

「うん……小さな国だけどね」

「しかも名字がニャベールって……もしかして公女殿下!?」


 どうやら、持ち前の記憶力で以前見た本の記載を思い出したようだ。


「ま、まあね。第二公女だけど……」

「じゃあ、私と同じお姫様だ♪」

「うん、アリーシャちゃんは南方のベルゼウス国の第一王女様だよね」

「よく知ってるね!?」

「特別科の人達は一応全部調べたの。私の従者、隠密得意だから……」


 臆病な性格のマオは、危ない人がいたら避けるために特別科クラスの全員を調べていた。


 その周到さにも驚きだが、アリーシャはもっと驚くべき発言を聞き逃さなかった。


「えっ!? ちょっと待って! マオちゃんって、特別科だったの!?」


(私がこんな可愛い子を見逃しただと!?)


「そうだよ。前の方で丸くなってから見えなかったんだと思うよ? 私、猫背だし……」

「私とした事が……不覚っっ!」


 可愛い物が大好きなアリーシャにとって、猫耳尻尾持ちの女の子を見逃してしまったショックは大きかった。


「エミリーさん、ルークさん! これはどういう事でしょうか!? こんな可愛い子を見逃すなんて、可愛い物オタとして恥ずべき事ですねよね!?」

「いや、良く分かりません……オタとはなんでしょうか……」

「師匠の言う事は難しい……」


 取り乱すアリーシャ。困惑の従者。

 苦笑いのマオも若干引き気味だ。


「ごめんなさい……また取り乱してしまいました。では、マオちゃん」

「ん、なに?」

「私と友達になりましょう!」

「本当に? う、嬉しいっ」


(ウヒョーッ! たまらんですたい! 待って! こんな可愛い子を集めてアイドル結成させたら……想像だけで萌える! よし、私の学園での目標が決まった!)


「アイドルをプロデュースしてこのステージで見る! そして独占生観賞! あっ、マオちゃんは勿論センターだからね♪」

「ねえ……なんの事??」

「私にも分かりません! アリーシャ様は、たまに私達の理解を越えた先にいらっしゃる事があるので……まあ、天才という事です!」

「師匠は凄い人」


 一人盛り上がるアリーシャに、マオは思わずエミリー達に助けを求めた。


 しかしこの二人もまた変わり者故に、マオの求めた答えは得られずじまい。天才や凄いなどというフワッとした返答しか返ってこなかった。


「そう、なんだ……」


(ちょっと変わった人達? でも、良い人達と友達になれて良かった。特別科の人達って、少し怖い雰囲気だったから……)


 ちょっと変わった人達なんだという事で、マオは納得する。それよりも、殺伐した特別科で友達が出来るとは思っていなかったため、その事に感情は優先されていた。


「よしっ! じゃあ、これから私達と学園散策しない? 変わった施設いっぱいあるみたいだし!」

「うん! 行きたい!」


(はしゃぐマオたんも可愛い~っ♪)


 猫耳歌姫こと、マオと新たに友情を結んだアリーシャ達は、音楽ホールを出て学園散策を再開する事にした。


「なにあの人達……美男美女過ぎない!?」

「俺、後ろの背が高い銀髪の人がタイプッッ」

「俺は前の金髪少女が好みだなっっ」

「いやいや、猫族の女の子も捨てがたいぞ!」


 すれ違う生徒達から視線を集めるアリーシャ達。

 それもまあ当然と言えば当然だ。


 アリーシャは当然千年に一度の可愛い姫としてNo.1だが、後ろを歩くエミリーも相当な美女。胸も中々大きく、盛んなお年頃の男子にとっては目の毒とも言える。


 アリーシャの隣を歩くマオもかなりレベルが高い女の子であり、猫耳族の隠れファンも多いこの世界で、目を引くのは頷ける。


「うわ~、あいつ良いな……」

「ハーレム羨ましい!」


 一人男でハーレム状態のルークを見て羨ましがるのは男子として当然だが、ルークはそんな事など眼中にない。


 硬派な騎士として、手当たり次第に女性を求めるなど言語道断。生涯、一人の女性と添い遂げられれば良いと思っていた。


(三人の絡みが早く見たい)


 改めて言うが、ルークは硬派な男である。

 ただ、姫男子なだけだ。


「フフッ、良い獲物が揃ってるじゃない♪」


 散策中のアリーシャ達を見て下舐めずりをする一人の女性。その魔の手が、迫っていた。


 そして、数分後に事件は起こるーー




「こんなの無理だよぉぉっっ」


(師匠の声っ!)


「アリーシャ様ぁぁんぅっ! 凄いですぅぅっっ」


(これはエミリーかっ!!)


「私、どうしたら……もう、らめぇぇぇっっ!」


(今度はマオっ!!! 一体中はどうなっているんだ!?)


 密室で行われる怪しい行為。閉め出されたルークは、その扉の前で悔し涙を溢し、


「なぜ、なぜ僕はっ……見れないんだああああっっ!!」


 叫んでいた。


(あっ、でも、声だけも悪くないか)

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