第22話「なぐりあい」
さてどうしたものか。
用事があるというミケと別れ、エミリーやルーク達と食堂で昼食をとるアリーシャは、一人そう考えていた。
一週間後レクリエーションで誰かが退学。
もしくは一般科への脱落。
そう決まった訳ではなかったが、入学式で行われたビンゴゲームの一件もある。
どんな想定もしておかなければと、誰もが思っていた。
「だったらさ……なるだけ作っとくべきよね!?」
「なにをですか?」
「何事?」
突然の発言に困惑気味の従者二人。
主人が何を作りたいのかさっぱり分からなかった。
「友達だよ友達! 来週退学になった時に備えて一人でも多く作っとくべきだよね!?」
「そうなのですか?」
「友達は修行に必要なの?」
喰い気味に訴えるアリーシャだが、エミリーとルークにその真意は今一理解出来なかった。
なぜそこまで友達を作りたいのか。
貴族社会に生きてきたエミリーとルークにとっては、例え同世代と話す機会があろうと、どこに行っても家と家の付き合いでしかない。
薄っぺらいおべっか合戦やマウントの取り合いばかりの貴族社会で友情など無いに等しい。
それは平和な世界だからこそ。
戦国の世だったら、仲間と助け合い敵に立ち向かう事で友情が生まれる事も多い。
共に手を取り障壁を越える。そのチャンスは、この学園でこそ訪れるのかもしれない。
「例えばさ、敵に囲まれた時、危険をかえりみず助けに来てくれる人がいたら心強いと思わない?」
「それは確かにそうですね」
「師匠が来てくれたら心強い」
「もし、私がピンチになったらエミリーやルークは助けてくれる?」
「当たり前ではないですか!」
「当然」
即答で答えるエミリーとルーク。
そこにこそアリーシャの言いたい事が潜んでいた。
「従者だから?」
「勿論それもありますが、それだけではないです!」
「従者じゃなくても助ける」
「なんで?」
「それは……好きだから? ですかね?」
「その質問難しい……」
「なにも難しく考える事なんてないよ。好きだからーーそれだけで良いじゃん。家族や恋人に使う好きとは別な好き。好きになる理由は人それぞれだけど、そう思えるのが友達だと私は思う。私はエミリーとルークが好きだよ♪」
突然の"好きだよ"宣言。
そこに変な意味はなくても、信頼や親愛を感じられる特別な言葉に思えた。そして、気恥ずかしさも同時に込み上げてくる。
「ふふっ。二人とも顔が赤いよ~? もしかして照れた?」
茶化して聞くアリーシャに、エミリーとルークは顔が上げられなかった。
「あれれ~。二人は私の事嫌いなのかな~? 悲しいな~」
「嫌いな訳ありませんっ!」
「それは絶対ない」
「じゃあ好き?」
「「……」」
返す言葉は分かっていた二人だが、真面目な空気で聞かれると恥ずかしくなって答えられずにいた。
「やっぱり嫌いなんだ……」
答えない二人を見て落ち込む"ふり"をするアリーシャ。
下げた顔がニヤついているあたり中々の策士である。
「す、好きです! 大好きですから顔を上げて下さいっ!!」
「師匠が好き!!」
「うん♪ 私も大好き♪」
「「ぐはぁっっ!!」」
二人の告白に顔を上げたアリーシャのつばめ返し。
これにはエミリーとルークも一撃KOだった。
しかもKOされたのは二人だけではない。
近くで食事を取っていた男子は軒並みKOされ、女子でさえもクラクラ状態の大技だったのだ。
この時居合わせた者達がアリーシャのファンクラブを立ち上げたのは言うまでもない。
そんな事があった昼食も終わり、特にやる事もなかったアリーシャ達は、フラフラと学園を散策する事にした。
「しかし広いね~」
「ええ、城の倍以上ありますから端から端まで相当な広さですよ」
「走り甲斐がありそう」
ガーレスト学園には様々な施設がある。
美術室や図書室など学園には当たり前な施設から、特別な結界で保護された魔術研究室や大型から小型の魔物が収監されている魔物研究室など、ファンタジー特有の施設も存在する。
そんな施設の前を感心したり驚いたりしながら進むアリーシャは、その中でも気になる部屋の前で足を止めた。
「どうしましたかアリーシャ様。なにか気になる部屋でも?」
「修行部屋でもあったのですか」
「いや、音楽ホール……」
扉の上に掲げられた音楽ホールの文字。現代日本で暮らしていた少年時代では、アイドルが歌う元気なハッピーソングが好きだったアリーシャ。
(この世界の音楽ってどんなのがあるんだろう?)
そんな単純な疑問を覚えたアリーシャは、自然と扉に手を掛けていた。
何か催しが行われているという事はなかったが、楽器の一つでもあればなという気持ちだったのだ。
音楽ホールの少し重い防音扉を開けると、無音の筈だった部屋の前とは違い聞きなれない歌が聞こえてくる。
(なんだろこの歌? 初めて聞く歌なのに、なんだか落ち着く……)
清廉な歌の中にも力強さを感じる声質。
讃美歌のようなメロディーを歌い上げるその女の子は、目を瞑り神に祈るように手を組んでいた。
(か、可愛いっ!! それにあの耳と尻尾!! 私のハートに突き刺さるっっ……)
青いセミロングの頭の上に生えた猫耳。
スカートからこんにちはするフサフサの尻尾。
それら全ては、アリーシャの性癖にクリーンヒットしていた。
徐々に近づくアリーシャ。それに気づいたエミリーとルークは、止めようとアリーシャの手を掴んだのだが、
「なんて力だっ!! 」
「このパワーはどこから……」
エミリーとルークをズルズルと引っ張りながら女の子へと距離を縮めるアリーシャ。今度こそ外交問題へと発展しかねないピンチだった。
そんな時、歌を終えた女の子と目が合うアリーシャ。
止まる時間ーー緊張の一瞬。
そのはりつめた糸は、
「きやああああぁぁっっ!!」
叫び声と共に切れた。
「ご、ご、ごめん! 邪魔するつもりはなかったの!」
「いえ、邪魔する気しかしませんでしたよ」
「絶対触ろうとしてた」
「ちょっと二人は黙っててっっ!!」
「ひぃぃっっ!」
「違うの! 驚かせるつもりはなかったの!」
「いやいや、驚かせる気しかしませんでした」
「完全に確信犯」
「もーっ!! これ以上ややこしくしないでよ!」
「いぃぃっっ!」
怯える女の子を落ち着かせるまでには、暫し時間を要するかもしれない。
(驚いてる所も可愛い……私の推し、見ぃーつけたぁ♪ デュフフッッ)
この野獣を落ち着かせるまでは……。
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