第14話「手違い……ではない」

「はぁ~ぁっ」


 一際大きいため息を放つのは、馬車に揺られとある場所を目指すアリーシャだ。


「まあまあ、アリーシャ様。そんなにお気を落とさずに。なんならわざと不合格になればいいではないですか!」

「そうです師匠。能あるドラゴンは爪を隠す」


 従者として同行するエミリーとルークは、なんとか元気付けようとしていた。


「でもさ、受けるからには全力じゃないと。手を抜くのは受けにきた他の人に失礼だよ……」

「それもそうですが……」

「手を抜きたくないが受かりたくない。僕には難しい問題です」


 難しい問題に直面するアリーシャ。

 そもそも頭を抱えなければいけないのはなぜか。

 それは当然、ベルゼウス王が発した言葉からだろう。


『お前には国を出てもらう』


 そんな事を突然言ってのけたベルゼウス王だが、言葉足らずにもほどかあった。よくよく詳しく聞いてみれば、ちょっとした外交の問題だったのだ。


「それにしても、国連理事に入るため世界で一番難関の"ガーレスト"学園に入学し卒業しろとは……陛下や重臣達も突拍子ないですね」

「うん……なんでもベルゼウスは小国ゆえに理事には入ってないらしいの。お兄様達が色々外交努力してるみたいだけど、私達の国が理事に入る唯一の方法が王家からガーレストの卒業生を出す事なんだって」

「師匠、国連理事にはガーレストの卒業生が山程いるみたいです」

「そうみたいね。いわば、パイプ作りよ」


 小国のベルゼウスが戦争や他国の進軍から身を守るには、国連に加入し、加護を得るしかない。平和が続く世だが、いつ未曾有の事態になっても良いよう準備しなければいけなかった。


 そこで、アリーシャに白羽の矢がたったのだ。


 馬鹿だと思われていた筈のアリーシャだが、テストの件もあり秀才を証明。


 剣術は国一番。文武両道、容姿端麗とくれば、難関学園に行って国の象徴になって貰おうではないか。


 そんな感じで重臣達は盛り上がってしまい、ベルゼウス王も後に引けなくなってしまったのだ。ベルゼウス王も出来る事なら自国の学園に城から通って貰いたかった。


 ガーレスト学園は様々な国が資金を提供し、世界一の教育機関として君臨。学園の土地は莫大に広く、独立国と名乗れるほど。


 卒業生には大国の王は勿論、国の重臣や国連理事などが名を連ね、ガーレストを出ていない者は世界会議などにも出席出来ない。


 要は、ガーレスト学園に通えるほどの人物を出さない国は、世界から遅れを取ってしまう。


「そんた大事な問題、私に委ねないでよ~!」

「落ち着いて下さいアリーシャ様!」

「師匠、馬車壊れる」


 国からのプレッシャーに地団駄を踏むアリーシャ。

 そんな格式の高い学園に通う気など全然なかったのだ。


 まだ受かった訳ではないが、通うとなれば国を離れ全寮制のガーレストで秀才や天才達に囲まれて、とても『アハハウフフ』の学園ライフなど望めないだろう。


「師匠、学園見えてきた」


 ルークの一言で馬車の外を見ると、古い石造りの建物が見えてきた。


「うわ~、大きい建物! 私達のお城より大きいんじゃない?」

「アリーシャ様、今見えているのは寮です。あそこにグローリー寮と書かれています」

「えっ!? これが寮なの……」


 城より大きい寮に圧倒されるアリーシャ。

 しかし、本体の学園は更に大きかった。


「ほげぇぇーっ! これが学園……?」

「みたいですね……」

「こんな大きい建物見たことない……」


 ベルゼウス城の何倍もあろうかという建物。自分達は小さな田舎にいたんだと、改めて思わさせられる。


「人も凄いね……」

「ええ、これ全部入学試験を受ける者でしょうね」

「まるで蟻のようだ」


 馬車で学園に乗り付ける各国の令嬢や子息達。

 軽く見積もっても千人以上はいるだろう。


 入試を受ける者達が行列を作り入試会場となる学園へ入っていく。ルークの言った通り、まるで蟻の行列だ。


「ねえ、エミリーとルークも受けてくれるんだよね!」

「受けますが、私は受からないでしょうね。アリーシャ様ほどの学力もありませんし……」

「僕も無理だと思う」

「そんな事言わないで頑張ろうよぉ~っ。私一人でこの学園は無理だよぉ~っ」

「安心して下さいアリーシャ様。受からずとも、どんな手を使ってでもお側に仕えさせて頂きますので!」

「この学園を滅ぼしてもなんとかする」

「ああ、その通りだ!」


 滅ぼしては余計にややこしい事態になりそうな所だが、二人のアリーシャを思う気持ちは伝わってくる。


「エミリーは魔法学専門科で、ルークは武術専門科だよね?」

「そうです! ラブデインをガツンと決めて来ます!」

「師匠以外には絶対負けない。師匠の二の型で完封してくる」


 ガーレスト学園には一般の総合科の他に、三つの科が存在する。総合を受ける者が大半で合格難易度は二番目。


 専門科を受ける者は多くはなく、宮廷魔術師を目指す者は魔法科。大国の騎士や将来自分の流派を立ち上げようとする腕自慢達は武術科。


 二つの専門科はそれぞれ難易度は三番目だろう。ただ、専門科は総合科を卒業するより難しいとされている。


 それゆえ、受験する者はそれほど多くはない。

 そして、一番難関だと言われているのが"エリートクラス"と呼ばれている特別科だ。


 特別科はその名の通り特別な者しか入れない。

 合格難易度は勿論一番難しく、卒業するのも難しい。


 晴れて入学出来ても、卒業するまでに半分の生徒が自主退学するか一般の総合科へ脱落していく。


「私も総合科だから受かるのは無理かも……まあ、記念受験だと思って頑張るよ!」

「そうですね! サクッと受けて帰りましょう!」

「早々に終わらせてくる」

「うん! 二人も頑張ってね!」


 学園に入っていく列は三つ。

 アリーシャは一番長い列に並び二人を見送った。


 数十分後、やっと受付へたどり着いたアリーシャ。

 エミリーとルークの並んだ専門科の列は総合科の半分もなかったせいか、とっくに二人の姿はなかった。


「うー、やっと私の番だ……」


 並ぶだけで疲れてしまったアリーシャは、受付の用紙に力なく名前と出身国を書いていく。


「お願いします」

「アリーシャ=ベルゼウス様ですね……おや?」


 ビシッとした礼服を着た受付の男性に用紙を手渡したが、名前と名簿を見比べた受付の男性は訝しげな顔をしていた。


「どうしました? もしかして受験願いが出されていないとか?」

「列の外で少々お待ち下さい」


 受付の男性は、アリーシャを一度列の外へ出すと、その場で待つよう指示を出して消えてしまった。なにか手違いでもあったのかと、不安な表情のアリーシャ。


(まあでも、受験出来なかったらしょうがないよね? その時は皆諦めてくれるでしょ)


 不安に思いつつもそう呑気に考えていた。


 そして数分後、総合科を受ける受験生の名が書かれた分厚い名簿ではなく、薄い名簿を持って戻ってきた受付の男性によって、呑気な気分は一瞬で緊張へと変わる。


「大変お待たせ致しました。ベルゼウス様は受ける科を間違えていらっしゃるようです」

「えっ!? どういう事でしょう?」

「ベルゼウス様は……特別科の受験名簿に名前があります」

「嘘でしょ……?」

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