第13話「運命の出会い」
とめどなく溢れる感情。
撫でたい、摘まみたい、ハムりたい。
アリーシャの心は、ケモミミを愛でる事で満開に咲き乱れていた。
「いま撫でにーーグファッッ」
その時だった。誰にも止められないアリーシャの猛進を止めたのは、たくましい胸板だった。
「おいっ! ミラン様になんて事を!」
「いいんだ。それより、怪我はないかい?」
「ごめんなさい……」
何者かにぶつかり尻餅をついたアリーシャ。
ぶつかった者の従者らしき男は怒っていたが、ぶつけられた張本人は、自分よりアリーシャの心配をしていた。
申し訳なさそうに見上げると、そこには漫画のような端正な顔立ちをした青年が見えてしまった。
深海のような深く青い髪が、男にしては珍しく腰まで長く伸びている。こちらを心配そうに見つめるその瞳は、まるで漆黒が覆い尽くすが如く黒く魅力的だった。
「ミラン……様」
「貴女は?」
「アリーシャです……」
「アリーって呼んでも良いかい? 私の事はミランでいい」
「うん、良いよ。ミラン……」
差し出された細く長く綺麗な手を取るアリーシャ。
フワッと軽く起き上がったかと思うと、その手は腰に回され軽く添えられていた。
あったばかりの異性に体を触られるのは中々抵抗があるもの。だが、何故か嫌な気持ちはせず、心地よさまで感じていた。
「貴様! アリーシャ様に気安く触ったばかりか腰に手をっ!!」
「師匠に触れたら怪我する」
「ミラン様! そのような誰とも知らない者に触れるべきではありませんぞ!」
ガミガミと煩い従者達。しかし、二人の世界に入ってしまったアリーシャとミランには聞こえてはいなかった。
「これからお茶でもどうかな? アリーの事、知りたい」
「いいよ……私もミランの事知りたい」
会ったばかりの二人だが、そこによそよそしさなどなかった。まるで運命を感じるように見つめ合う二人。
(なんでだろう……この人と、ずっといたい)
これが一目惚れというものなのか。
目が離せないその瞳に、そんな事を感じていた。
「「という訳で、行ってくるね」」
「ちょっと待って下さいアリーシャ様っっ!!」
「師匠に捨てられてしまう……」
「ミラン様! お待ち下さいっっ!!」
従者達の呼び声など一切耳に入らない二人は、そのまま路地に消えてしまった。
二人を呆然と見送る従者達。
急な展開に頭がついていけていなかった。
その消えてしまった二人はというと、格式の高そうなレストランへと入っていた。
「ここで良いかな?」
「一緒ならどこでも……」
場所など、どこでも良い。その辺のベンチでも、小汚ない食堂でも、どこか落ち着いて話せる場所なら。
「お客様の御来店心よりお待ちしていました」
「ありがとう。季節の果物を使ったデザートを二人分。あと、紅茶を。アリーも紅茶で良いかな?」
「はい……」
吸い込まれそうな瞳と、微かに香る香水の魅力に頭がクラクラして紅茶どころではなかった。
「女性に年齢を聞くのは失礼だけど、アリーの事を沢山知りたいから教えてくれるかな?」
「17歳です。ミランは?」
「私は一つ上で18の歳だよ。ねえ……アリーはどうしてそんなに魅力的なんだい?」
「そ、そんな事っ」
「そのサラサラした髪を撫でたい。髪と同じ金色の瞳でずっと見ていて欲しい。その細く美しい手を握りたい。こんな気持ち初めてなんだ……」
たった今運ばれてきたデザートより何倍もアリーシャの心を満たす甘い言葉。こんな漫画のような事があって良いのか。
そんな疑問が少し浮かんだアリーシャだったが、今はただーー漫画のヒロインでいたかった。
「私もミランと同じ気持ち。それに……」
「いいよ触って」
ミランがどこの貴公子なのか今は分からない。
一つ確かなのは、心を掴む何かが、彼にはある。
「凄く柔らかい……フワフワして気持ちいい」
「んぅっ……まさかそこを触られるとは思ってなかったよ」
「ご、ごめんなさい! 私っ……」
「良いんだ。でも、覚悟は出来てるよね?」
覚悟と言われ思わずドキッとしたアリーシャ。
だが、決して怒っているような口調ではなかった。
「覚悟ですか?」
「うん。触った意味、分かるよね」
アリーシャは触ってしまっていた。
ビースティアにとって神聖な耳。
髪の毛と同じモフモフの耳を。
そう、突如現れた貴公子は、ビースティアの民だった。
ビースティアの頭に生えたケモミミに触れるのは、傍にいる近しい者だけ。
家族なら親愛の印。
そして、結婚を誓った男女が求愛する意味もあるのだ。
「知ってる……」
沢山の本を読んだアリーシャは、その意味を赤面と共に思い出していた。
「アリーは、私の事が好きかい?」
「あの、その! 触ってしまったのは事実でっ、神聖なものなのに申し訳ないと言いまふかっっ」
「ふふっ、良いよ。とりあえず今はこの事は忘れよう。それより、もっとお互いを知ろうか」
「は、はいっ!」
アリーシャのあたふたした姿に思わず微笑んでしまったミラン。その微笑の魅力で更に顔を赤くするアリーシャ。それでも、目を離せななかった。
それから二人は色々な話をした。
お互いの身の上、趣味、これから学園に行く事。
アリーシャが正直に王女だと話しても、ミランは特に態度を変える事はない。ミランはビースティアの国で辺境の領主を務める辺境伯の息子だそうだ。
沢山笑い、会話は途切れる事はなかった。
この時、アリーシャは幸せの絶頂を味わっていた。
この時まではーー
「もうこんな時間か……どうやら迎えも来たようだし、このへんでお開きだね」
ミランの残念そうな声と共に聞き覚えがある声が背後から聞こえてくる。
「アリーシャ様っ!! こんな所にいたのですね! さぁ、帰りますよ!」
「もう遅いから帰りましょう。稽古の時間が無くなる」
「ああ、ごめんね二人とも……」
エミリーとルークの催促で席を立つアリーシャは、名残惜しそうにミランに振り返りお別れの言葉を捻りだした。
「さようなら……」
寂しげに別れを告げるアリーシャ。それに対して、ミランは優しく包みこむような笑顔を見せ、
「さようならじゃない。"またね"だよ」
「うん……そうだね! またねだね!」
二人は笑顔で再会を誓ったーー
幸せな時間を満喫した後、ニヤニヤが止まらないアリーシャは、二人に散々問い詰められながら城に帰っていた。
「一体あいつと何があったのですか!」
「あいつじゃなくてミランだよ♪」
「まさかあいつも弟子にしたんじゃないですよね」
「弟子なんかにしないよ。それより旦那……ううん、なんでもない♪」
「なに!?」
「旦那?」
余計な一言で問い詰めは尋問ばりにきつくなる馬車の中。しかし、このような事は些細な事。
問題は城に帰ってからだった。
「アリーシャ様、お帰りなさいませ。陛下より帰ったら会議室に来て欲しいとの伝言を預かっています」
「ただいま♪ うん、分かった!」
侍女の一人から言付けを受け取り会議室に向かうアリーシャは、
(学園関係の事かな? もしかして行く学園と日にちが決まった? そうならいいな~)
単純にそんな事を考えていた。それが、まさかあんな事を言われるとは、夢にも思っていなかった。
「失礼します……」
「おお、アリーシャよう来た。まあ、座れ」
呼び出された会議室には、がん首揃えた大人達が難しい顔でアリーシャを見ていた。
「あ、あの、一体何事でしょうか?」
なにやら不穏な空気を感じたアリーシャは、恐々としながらも呼び出された訳を問う。
「ああ、突然だが……」
生唾を飲み込み先を待つアリーシャ。
その先が、驚愕の言葉とは知らずに。
「お前には、この国を出てもらう」
「え? ええぇぇーっっ!?」
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