第10話「貴公子の雄叫び」

「私とですか!?」


 若き騎士そして貴公子である"ルーク=イグナイト"。


 勇者エミリーの活躍によってアリーシャの学園行きは見事認められた。


 そこに水を差すようなルークの決闘宣言。しかも王女様のアリーシャを使命したのだから周囲のざわめきわ当然の結果だった。


「王女様に向かって何を……」

「ルーク様は一体どうしたのだ……」


 クールで感情を表に出す事は滅多にないと知っている者からすれば、ここまで感情をさらけ出す姿は驚きだった。


「あの日の約束を忘れてはいませんよね」

「や、約束ですか!?」


 約束と言われても最近の事情しか知らない今のアリーシャは、困り顔を必死に隠すだけで、


「あの日……僕がアリーシャ王女にボコボコにされた時です」

「あ、ああ! あの時ね……」


(あの時って、どの時よ!)


 自分にツッコミを入れつつもなんとか会話を合わせるしかなかった。


「あの日から僕は血の滲む鍛練を積んできた。一人でオーガも倒せるまでに」

「す、凄いじゃん! もう私より強い! 絶対! だから決闘なんてしなくてもーー

「ふざけないで下さいっっ!! なんなら血判付きの署名もあります。あの日貴女は僕にこう言ったんです。"強くなったらまた相手をしてやる"」


(なに言ってんのよ私! 正しくは私じゃないけど……)


「まあまあ、決闘しなくたってル、ルーク君のが強いのは分かるって!」


 なんとか誤魔化してこの場を切り抜けたいアリーシャ。

 だが、思うように事は運ばないようだ。


「勝負なら従者であり勇者である私とーー

「黙れ、僕の剣を見切れなかった雑魚が」

「うっっ……」

「辞めろルーク! 何をしているのか分かっているのか!」

「その雑魚に負けた父上は口を出さないで下さい」

「このっっ……」


 エミリーもゼベットも、痛い所を突かれてそれ以上は口を挟めなかった。


「貴様、私のアリーシャに手を出そうと言うのか」

「血判付きの証書です」


 それまで黙って見守っていたベルゼウス王は、怒りを露にしながらルークへ問いただす。今の可愛いアリーシャに傷がつくなど言語道断なのだ。


 怖じ気づいてもおかしくない状況にも関わらず、ルークは飄々としながらベルゼウスへ血判付きの証書を兵士づてに手渡し答えを待った。


「これは確かにアリーシャの……くそっ! 今すぐ破り捨てたい所だが……決闘は認めざるおえない。が、もしアリーシャに傷が付いたら死罪ぞ。その覚悟がお前にあるのか」


 王族の血判がどれほどの効力か分かる場面。ここでそれを破ってしまえば、これまで築いたベルゼウス国の名を汚す行為にもなる。


 いままで決めてきた法さえ冒涜し、秩序さえ乱れてしまうかもしれない行為は、王の立場として絶対に出来ないのだ。


 様々な事を加味し決闘を認めた上で、ベルゼウス王は、最後の抵抗に死罪を持ち出すしかなかったが、


「構いません。ここで引けば、どちらにしても僕の人生は無意味になってしまう。それは死んだも同然。どうせ死ぬなら、名誉を選びます」


 それも無駄な抵抗だったようだ。


 あの日、かつてのアリーシャに負けた屈辱は、誰にも分からない。だからこそ、ルークを止める言葉を持つ者はいなかった。


「そうか……では、双方準備せよ」

「えっ!? ちょっと待って下さいお父様っ!」

「しょうがあるまい。それほど王家の血は重いのだ。だが、ルールはこちらで決めさして貰う。よいな」

「僕は構いません」

「えー!? 決闘なんて私出来ませんよっ!」


 突如決まった対ルークの決闘に焦るアリーシャだったが、置き去り気味に事は進んでいた。


「アリーシャから貴様への攻撃は直接可能。貴様からアリーシャへの攻撃は寸止め。それぞれ木剣とする」

「畏まりました」

「だから決闘なんて辞めようよ~!」

「王女様、木剣でございます」

「あ、はい……」


 兵士の一人から渡された木剣を受け取ってしまったアリーシャ。剣を持ってしまえば、否応なしに勝負は始まってしまうものだ。


「では、始めよ」

「おお、本当に始まったぜ……」

「どっちが勝つのかしら……」


 アリーシャの思いとは裏腹に開始されてしまった決闘。

 木剣を握る手はどこかぎこちない。


(教える事は出来たけど、実戦は無理だよ……)


「どうしました王女様。構えがなっていませんが」

「重いの~!」


 いくら木剣と言えど両刃の剣を型どった木剣だけあり、重量はそれなりにある。


 アリーシャとして目覚めた日から剣を振る事などなく、筋力トレーニングさえしてこなかったお陰で筋力はがた落ちしていた。


「僕がくる日もくる日も鍛練をしてきた中、王女様はぬくぬくと温室育ちになってしまったのですね……それとも、いくら鍛練を積んでも勝てっこないと舐めているのか!」

「そんな事ないよ~! もう謝るからやめようよ~!」

「もう……遅いです」


 立ち会い後、先に動き出したのはルークだった。

 間合いを詰め剣撃を四方八方から放つ。


 エミリーにも察知出来なかったルークの剣。当然、今のアリーシャでは見極めるなど至難の技かと思われたが、


「避けてるぞ王女様っ!」

「いや、剣筋なんか見えないし、避けてるのかすら分かんないよ……」


 常人には見えざる攻防。

 なんとか所々見える者と言えば、エミリーだけだった。


「寸止めとはいえ急所を的確に狙っているのか? だけど、アリーシャ様をそれを紙一重で避けているように見える……ダメだ分からん! あのルークとかいう奴とアリーシャ様はこんな領域にいるのか……」


 勇者になったとはいえ、まだまだ鍛練が足らず実力不足を痛感するような攻防を見せられたエミリー。


 どうなるか分からない展開だが、アリーシャを信じるしか今のエミリーには出来なかった。


 信じるエミリー。見守る観衆。

 誰一人として決着の予想は出来ない。


「流石です」

「ちょっとたんまっ~!」

「そうですね。一度仕切り直しです」


 なんとか紙一重で避けていたアリーシャ。

 まさかこんなにも動けるとは、自分でも予想外だった。


(私凄ーい! あんなに早いのに見えるし避けれる! でも、体力が持たない……)


 自画自賛の余裕はあったが、体力は限界に近かった。

 今の体のスペックに見合わない能力が祟っているのだ。


 アリーシャとして生きる前は軟弱で動く事が嫌いだった。それでも、剣士としての才能はあったのだ。


 剣を握れば神経分泌が爆発的に上がり、見る力とそれに呼応する反射する力は、この世界の剣聖と同レベルかもしれない。


 だが、いかんせん木剣が重い。避けるだけはなんとかなっていたが、反撃出来るだけの力はなかった。


「どうやら力が落ちているようですね。木剣さえ振れなくなるとは」


 それは相手のルークにもバレていた。


「ですが、勝負は始まっている。一本取るまで止めませんよ」

「もうやだーっ!」



 嫌だとは言いつつ、ここにきて何故か"負けたくない"と思ってしまったアリーシャ。


 負けず嫌いだったこの体が言っているのか。

 それとも、剣士の家系で育った系譜が突き動かすのか。

 それは、アリーシャにも分からなかった。


「ちょっとたんまっ! エミリー! 稽古で使ったもの持ってきて!」

「は、はいっ! ただいま!」


 突然の命令に、アンパンを頼まれたいじめられっ子ばりにダッシュでぶつを取りに行くエミリー。


 何かを頼んだ事は分かったルークも、それが届くのを静かに待っていた。それから、一分もしない内にエミリーは片手にぶつを持って戻ってきた。


「持ってまいりましたアリーシャ様!」

「よしよし偉い偉い♪」

「は、はい!」


(これでは犬ではないか! だが、アリーシャ様の犬なら喜んでなるっっ!!)


 変人の勇者は放っておくとして、アリーシャの手に渡ったのは、ただの"棒切れ"であった。


「まさかそれで戦うと言うのですか」


 無表情ながら驚きを隠せなかったルークは、自然と疑問が口から出ていた。


「そうですよ? なにかおかしいですか?」

「ここまで舐められているのか……」


 流石のルークも苦虫を噛み潰したような表情で悔しさを露にしていた。当のアリーシャは、なにがおかしいの? という顔。


 叩き斬る事が当然の世界で、武器は重ければ重いほど、頑丈であればあるほど攻撃力が高いと思われているのだ。


 それを考えれば、ルークの悔しそうな表情も頷ける。


「もう様子見はしません。全力でいかせていただきます」

「ええ、こちらも準備出来ました」


 覇気が増し、無表情ながら燃えるような闘志さえ見える若き騎士ルーク=イグナイト。


 棒切れを軽く振り感触を確かめたかと思えば、脱力したかのような構えで穏和な表情を浮かべるアリーシャ=ベルゼウス王女。


「勝負だぁぁーっっ!!」

「いざ参らん」


 ルーク対アリーシャの決闘は、終着の刻を迎えようとしていたーー

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