第11話「揃いぶみ」
「あんな棒切れで大丈夫なのか?」
「大丈夫な訳ないだろ……」
観戦していた者達の心配そうな声が上がる。
皆、棒切れで勝てるなど思っていなかった。
「そうか、得物が軽ければ軽いほど天龍一心流の本領が発揮される。この勝負……アリーシャ様の勝ちだ!」
アリーシャの勝利を疑わないエミリーを除いて。
勝負は一瞬ーーこの一瞬を征する者が勝者となる。
天龍一心流においては、この一瞬を征するために技が磨かれてきた。
体が小さい者や力が弱い者でも剛に立ち向かえるように。相手の力を"柔"らかく"流"れるように往なし"瞬"を掴む。そこには、力などいらない。
「今度こそ勝たせて頂きます……《剛速八連撃っ!》」
一撃目を避ければその先に二撃目が待ち構え、それを避けても三撃目が襲いかかる。
まるで逃げ場がない高速の剣撃。だが、力が入れば入るほど、振りが大きくなればなるほど、跳ね返りは大きいものだ。
「見つけました。その綻び……天龍一心流、二の
三撃目までなんとか避けたアリーシャは、四撃目が少し大振りになったのを見逃さなかった。
技を決める事が出来るのも一度きりだろう。
もうそれぐらいしか、体力は残っていない。
四撃目の振りに合わせ、棒切れれを剣筋へ這わせるように添えて振りを流す。
「なに!?」
ルークの振った剣は大きく空振り、次の剣撃は更に振りが大きくなる。
どんどん大振りになるルークの攻撃を、まるで踊るように流し合わせていくアリーシャ。
今攻撃しているのはルークに間違いないが、正しくは攻撃しているのではなく、攻撃"させられている"状態だ。
「なぜだ……なぜ言うことをきかんっ!!」
ルークは言うことを利かない体に苛立っていた。
こんな状態にされた事など今までなかったのだ。
振り子のように一定のリズムで振らされる剣。
それは、気持ちよく踊るためにチューニングされているような感覚だ。とうに八連目を越え、何度振ったかも分からなくなった時ーー
「お疲れ様でした。一緒に踊れて光栄でしたよ」
アリーシャの終演の一言で、幕引きは訪れた。
「なぜだ、なぜなんだ……」
大振りを続けさせられた体。もう剣を振る力など残っていなかった。両手はプリンさえ潰せないほど脱力し、握っていた筈の剣は知らぬまに地面へと落ちている。
喉元に突き立てられた棒の先。
それは、ルークの敗北を意味していた。
「僕の……負け……です……ううっ」
「貴方は決して弱くない。私がそれを少し上回っただけです。せめて、汝の糧にならん事を……」
(キャーッ! 私なに言ってんの!? なんか勝手に盛り上がって口から出ちゃったけど恥ずかしすぎるっっ)
中二臭いセリフを吐いてしまったアリーシャ。
後で枕に顔を埋めて叫ぶ事だろう。
「「うおおぉぉーっつ!!」」
「なんか見えなかったけど王女様が勝った!」
「末代まで語り草に出来る光景だった!」
歓喜にわく観衆達。
勇者の誕生。その勇者を上回る若き騎士の登場。
更に、王女がその騎士を圧倒的かつ可憐に破ってしまったのだから、騒ぐなと言われても無理な話だ。
「ゴホンッ」
「静粛にっっ!! ベルゼウス王のお言葉であるっ!!」
ベルゼウス王の咳払いで察したルークの父ゼベット伯爵が観衆を黙らせる。たった今No.4にまで落ちてしまったゼベットだが、その胆力はさすが騎士を束ねる者だけある。
「ここまでの戦い見事であった。侍女エミリーよ」
「はっっ!」
「たった今侍女の労を解く。そして、アリーシャ=ベルゼウス第一王女の従者としての任を与える。王女を守り、命を賭けよ!」
「その任、喜んで務めさせて頂きます。私の命を王女様に捧げ、尽くして参ります」
「うむ、頼んだぞ。では……アリーシャよ」
「は、はい!」
緊張の一瞬。出る言葉は分かっていても、待ち望んだ瞬間にアリーシャの心臓は高鳴る。
「全ての課題をクリアした事を踏まえ……」
「踏まえ?」
「学園……」
「に?」
「通う……」
「事を?」
「許……」
「お父様っっ!! 勿体ぶりすぎです!!」
最後の抵抗なのか。
ベルゼウス王の言葉は歯切れが悪かった。
「すまんすまん。あっ、ちょっとお腹痛くなってきたかも」
(絶対嘘……どれだけ行かせたくないのかしら……)
娘が親元を離れる時とは、小鳥が巣立つと同じ事。
ベルゼウス王は、可愛い娘が居なくなる事に中々決心がつかないでいた。
「あなたっっ!! もういい加減諦めなさいっっ!!」
「ぎくっ!」
ここで母である王妃様の出番。こういう時は、父親より母親の方が切り替えが早いものである。
「アリーシャは私達の無理難題を全てはね除けたのよ。娘がこんなにも頑張ったというのに、認めないとはどういう事?」
「そんな事は……」
「ハッキリなさってっっ!!」
粛然とベルゼウス王を問い詰めていく王妃。
「さすがお母様……」
アリーシャはそれを、どこの父母も同じなんだなあと、感慨深そうに見守っていた。
「わ、分かったからそんなに怒るな……仕方ない。アリーシャよ」
「はい、お父様」
「学園行きを許可する。しっかり学び、民を導く術を得て来なさい」
「ありがとうございますお父様。このアリーシャ=ベルゼウスーー頑張って参ります!」
「ああ……」
「やっぱり、ちょっと寂しいわね」
「ああっ、本当だぁっっ」
「王が泣かない!」
「はいっ!」
最後は名残惜しそうに学園行きを許可したベルゼウス王。王が泣くなど言語道断だが、この時ばかりは許しても良いのかもしれない。
「ちょっと待って下さい。僕は一体どうしたら……」
微笑ましい光景に和んでいたが、忘れていた。
二度も敗北を味わい進む道を見失った者を。
「ルーク君……」
「私もお前も敗北者だ。精進するしかあるまい」
「そうだっ!! 精進すれば良いのか!」
「うむうむ」
慰めの言葉が見つからなかったアリーシャに代わり、ルークの父ゼベット伯爵が優しい言葉をかける。
ルークもその言葉を受け入れて、
「アリーシャ王女! 僕を弟子にして下さいっっ!!」
「ええっ!?」
少し斜め上に進んだようだ。
「王女様の弟子など、いや、是非そうして貰おうっ!! どうですかベルゼウス王! 息子は王女様に負けたとはいえ剣術だけならNo.2です! 従者兼弟子として学園に付き添わせれば虫避けにもなりますぞ!!」
「待って下さいゼベット伯爵様!」
(こんな格好いい男の子がずっと一緒なんて心臓持たないよ……)
「ふむ……だが、そのルークが虫となったらいかがする?」
「それはありません。弟子として仕えるだけです。僕の命を賭けて誓います」
「息子もこう言っていますので!」
(今はな……)
ゼベットの脳裏には、様々な思惑が浮かんでいた。
元々、騎士として戦場を駆け武功を立ててきたイグナイト家。だが、平和になった世では中々出世は難しい。
騎士ゆえに政治的活動は苦手だったゼベットにとって、千載一遇のチャンスが巡ってきた瞬間だった。
アリーシャの弟子兼従者として仲を深めさせ、最終的には第二でも第三でも婿にさせてしまえば王族の仲間入り。即ち、貴族として最高位の公爵家まで発展させる事が出来るのだ。
「うむ……では、ルーク=イグナイトよ」
「はい」
「お主をアリーシャの弟子兼従者とする事を認めよう」
「なんですとっ!?」
(もうっ! なんで勝手に決まってくのよ……)
「という訳なので、宜しくお願いします師匠」
「いや~、弟子は取らない主義でーー
「お願いします師匠っ!!」
「え、あ、うん……」
押しに弱い性格がバッチリ裏目に出た瞬間だった。
「ふんっ! 調子に乗るなよ! 一番弟子は私だからな!」
「えっ、エミリーも!?」
「今さら何を言ってのですかアリーシャ様。あんなに強く打ち付けてくれたじゃないですかぁぁ」
「いや、それは只の打ち込み稽古でしょ!」
「それに、こうやって体を寄せあってぇぇ」
「型を教えて上げてただけでしょ! もう、エミリー離れてっっ」
豊満な胸を押し付けながらアリーシャに迫るエミリー。
同じような歳の女の子同士の絡みは、見ていて気恥ずかしいながらも微笑ましくもある。
それを間近で見ていたルークは、
「えっっ!? ルーク君鼻血! あっ、ちょっと噴水並みに出てるよ!?」
「まるで血の池……コインでも投げれば願いが叶うだろうか……とりゃっ、アリーシャ様と結婚したい!」
「コイン投げないでよエミリー! 冗談言ってる場合じゃないんだからねっ!」
(なんだこの感覚……し……あ……わ……せ)
「あっ、ルーク君っっ!?」
鼻血を出しすぎて倒れたルーク。アリーシャとエミリーは、知らぬまに純朴な少年を目覚めさしてしまった。
女性同士の絡みーー謂わば"百合"を愛する男。
通称、姫男子を生み出してしまったのだ。
なんと罪深い行い。だが、青ざめながらも幸せそうな表情を浮かべるルークを見れば、許す他ないだろう……。
こうして、従者兼弟子を二人得たアリーシャは、学園行きを叶える事が出来た。
元少年で今は王女様ーーアリーシャ=ベルゼウス。
変人の勇者ーーエミリーリア=フレイ。
クールで硬派な姫男子ーールーク=イグナイト。
ちょっと変わった三人。
それもまた、楽しい学園生活のスパイスとなるだろう。
「なんかこの先、ふあーんっっ!!」
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