第8話「天を仰ぐ」

「お父様、お母様。お話があります」


エミリーへの剣術指南を終えたアリーシャは、国一番の騎士との決闘を申し込む手筈を整えようと、朝食の最中に口火を切った。


「なんだ畏まって……ああそうだ大臣との会議があったのだ話はまた今度」

「そうよ、折角の可愛いお顔が難しい顔で台無しよ? さて、お茶会の準備をしなきゃ」


なんとなく内容を察して逃げようとする王と王妃。

ここで逃がせば後に後へと流れてしまう。


忙しい事もあり、昼食や夕食などは基本個々で食べていたベルゼウス王家。


次の朝食には話をしたくない王と王妃は現れなくなってしまうかもしれない。話をするには今しかないのだ。


「これは大事なお話なのです! お待ちになって下さいっ!!」

「「うっ!」」


久しぶりに聞いた王女の大声に、思わずびくついてしまった二人。なにか嫌な過去を思い出すような苦い表情をしていた。


「わ、分かった分かった! 話を聞くから可愛いアリーシャに戻っておくれ……」

「そ、そうよ、ちゃんとお話を聞きますから……」

「それは良かったです♪ では、お話をさせて頂きますね♪」


険しい表情から花のようなにこやかな表情に戻ったアリーシャを見て、二人はホッとした顔をしていた。


「前にお話した学園の件です。学力は認めて貰いましたが、肝心の従者が見つからず悩んでおりました……が、なんと見つかりました! なので、国一番の騎士様との決闘を手配して頂きたく」


やはり、と言う内容に顔色が悪い二人。しかし、一度決めた事をご破算にするほど、ベルゼウス王家は落ちぶれていなかった。


「そうか……では、日取りが決まったら知らせよう」

「ところで、その従者はどんな方なの? 決闘の前に一度面会したいわ」

「それもそうだな」

「心配しなくても大丈夫です! お父様もお母様も毎日のように見ている人ですから! それでは失礼致します!」

「あっ、ちょっとアリ……行ってしまいましたわ」

「一体誰なのだ……」


気になる台詞を言い残して消えてしまったアリーシャ。

お陰で王と王妃は、決闘の日まで顔を合わせる者達を睨むという現象をおこしてしまう羽目に陥ってしまった。


それから数日後。


一体誰がアリーシャの従者となったのか気が気ではなかったベルゼウス王は、遠方の兵士達の演習を行っていた国一番の騎士を呼び戻し、決闘の日取りを早める事に。


そして、決定した日取りがアリーシャ伝えられた。



「エミリー! 決闘の日が決まったよ! って、なにしてんの……」

「いえっ、決してアリーシャ様の洗濯物の匂いなど嗅いではおりませんっ!! これは持ち帰って家宝にしようとしていた所ですっ!!」

「所ですじゃないよっ! 私のパンツ返して! もうっ……決闘は明日だからね!」

「あっ、アリーシャ様っ! 行ってしまわれた。いよいよ明日か……必ずやこの手をっ!」


握り隠していたもう一枚のパンツを掲げ、勝利を誓うエミリー。その真剣な表情からは、並々ならぬ覚悟が伝わってくる。


「そしてこれは家宝に」


シュバッッ。


「やっぱり持ってたっ!」

「ああっ、それは、それだけは……家宝が後一枚になってしまった……」


胸の谷間から、隠し持っていたアリーシャのパンツを取り出し、感慨深そうな顔をするエミリー。その真剣な表情からは、もの凄い執念が伝わってきた。



次の日、いよいよ決闘の時がきたる。


「さて、国一番の騎士ゼベットとアリーシャの従者が戦う時が来た。双方名乗り上げろっ!!」


城の広場にて開催された決闘の刻。兵士や騎士のみならず、城で働く全ての者が見守っていた。


「我こそ、初代ベルゼウス王の右手となったイグナイト卿の系譜ーーゼベット=イグナイト伯爵であるっ!!」

「「ウオオーッッ!!」」


初代ベルゼウス王時代から数々の功績を上げてきたイグナイト家。騎士の家系ながら異例の伯爵まで登り詰めてきた剛の家系だ。


ゴツゴツとした体。切れ長な目。体から溢れるオーラからは、ひしひしと覇気が伝わってくる。


対するは、


「我こそ、愛するお方をお守りするため勇者となったーー"エミリーリア=フレイ"であるっ!!」

「あの子は侍女のエミリーだよな……」

「フレイと言えば勇者が先祖だと言い張っていた家だよな?」

「ああ、誰も信じず相手にしなかったと聞くが……」


まさかの侍女エミリーの登場と、フレイという勇者の系譜を語っていた家系だと知った周囲は、困惑した表情を浮かべていた。


「ふんっ、侍女ごときが相手とは、準備体操にもならん」


明らかに舐めきっている態度のゼベット。

集まった者達もとんだ茶番だと思っていた。


この時まではーー


「まさかお前がアリーシャの従者になったとは……それにしても、勇者を名乗るとは中々かぶくのう。しかし、勇者と言うならば証拠を見せて貰わんとな」

「証拠ですかお父様……」

「ああ、まさか忘れた訳ではあるまいな。騎士を倒す事が出来たとしても、賢者を圧倒する魔法を見せて貰わねば学園の件は許可出来んぞ」


秀才となったアリーシャが忘れるなどあり得ない事だ。


「どうしよう……忘れてた」


あり得た。


「エミリー! もの凄い魔法使えるよね!?」


焦ったアリーシャが、エミリーに問いただす。


「……」


しかし、返ってきたのは沈黙と汗だくの顔だけだった。


「まさか使えないの!?」

「分かりません……なにせ、剣術に夢中で魔法など片隅にも。因みに私の魔法適正は0ですっ!!」

「威張らないでよっ……」


まさかの事態。絶対に大丈夫だと思っていただけに、アリーシャの焦りは頂点に達てしていた。


「これ……つんだよね」


諦めきった表情で天を仰ぐアリーシャ。夢の学園生活は夢のまた夢なのかと、ため息さえ出なかった。


「なんとかなりますよアリーシャ様! 愛の力があればっ!!」


愛とはなんなのかと、アリーシャはこの時、吟遊詩人より深く考え込んでいた……。

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