第7話「王女様の剣術指南」

 魔王再誕騒動から数日後。


 不穏な空気に包まれていたベルゼウス城は、彼女の帰還で騒がしさを取り戻そうとしていた。


「アリーシャ様っっ!! 貴女の勇者がただいま帰りました!」

「あ、エミリー! おか、えりー! なんちゃってっっ!」

「バルファッッ! うぅっ、なんという威力……益々可愛くなられて勇者でなければ耐えられませんよ」


 "勇者"となったエミリーの帰還を、親父ギャグで迎えたアリーシャ。ただの親父が言えば寒いだけだが、アリーシャの恥ずかしそうにかますその姿は、常人なら悶え死ぬほどの危険さを醸し出している。


「だ、大丈夫!? 凄い鼻血だよ!?」

「この程度、 アリーシャ様の傍に仕えるためなら屁でもありません! それより、アリーシャ様にお願いがっ!!」

「な、なに? ち、近いよエミリー……」


 にじよるエミリーに、壁際まで追い詰められらる。

 元々背が高いエミリーが、アリーシャをすっぽりと覆い隠していた。


「私に……剣術を教えて頂けませんか? アリーシャ様は毎晩剣を振るっていましたよね。あと、ちゅーしていいですか? ……あれ? アリーシャ様どこ?」

「剣術? 勇者って凄い強いんでしょ?」


 いつの間にか脱出していたアリーシャは、ベッドの縁にちょこんと座りながら疑問を投げかけていた。


「ええ、確かに強くはなったのでしょう。ですが、アリーシャ様の従者に認めて貰うには、不格好な姿は見せられません! お願いしますアリーシャ様っ!!」


 壁に話しかけていたエミリーは、何事もないような素振りでアリーシャの疑問に答えると、頭を下げ指南をこう。


「うーん……」


 "天龍一心流"ーー少年は、その流派の当主の息子として育った過去を持つ。一度も剣を振るった事はなかったが、よく父に道場に連れ出され、剣術を"見"せられていた。


 だから教える事は出来るだろう。

 全ての剣筋と型を見て記憶していたのだから。


「分かった! 出来るか分かんないけど、エミリーが私のために頑張ってくれてるのになにもしない訳にはいかないもんね! 一肌脱ぎます!」

「ありがとうございますアリーシャ様!(一肌どころか二肌も三肌も脱いで下さーぁぁぃいっっ!!)」


 こうして始まった王女様の剣術指南。


 庭の広場に降りた二人は、それぞれ木剣を持ち険しい表情で向かい合っていた。


「じゃ、始めるよ!」

「お頼み申す!」

「まずは一の型から始めます! てやっっ!」

「そりゃっ!!」


 天龍一心流は基本の型十一と、奥義、秘奥義、最終奥義で構成され、相手の攻撃を『往なし流し隙を撃つ』をモットーに創られた流派である。


 往なして流すという通り、女性にこそ向いている剣術かもしれない。まあ、勇者となり覚醒したエミリーなら、力でゴリ押ししても勝てるかもしれないが。


「そうそう、いい感じだよ!」

「アリーシャ様の一挙手一投足が骨身に染み渡るように入ってきます! まるでアリーシャ様と私が合体したように! 合体したいっっ!!」

「それより、私が教える剣術はね本当は両刃の剣じゃなくて、片刃の刀で戦う剣術なの!」

「ほう、片刃の刀? ですか。聞いた事がありませんね」

「刀って言うのは……」


 ちょいちょいキモい言葉が増してきた気がするエミリーを無視するように、アリーシャは異世界の刀について説明する事にした。


「ほうほう……その"刀"という武器があれば、更に強くなれると言う事ですね」

「うん! この剣術の力を100%引き出すには、刀が必要なの!」

「では作ってもらいましょう。知り合いに鍛冶を営む男がいるので、頼んでおきます」


 刀を知り合いの鍛冶職人に頼む事となったエミリーだが、刀作りがどれほど難儀か、この時はまだ知るよしもなかった。



「出来ない!? それはどういう事だウスラトンカチ!!」

「出来ねえもんは出来ねえ! 良いか、刀と剣の作り方は全く異なる。それに、刀に合う素材はこの世界じゃ中々手に入らん。分かったら帰れ!」


 知り合いの鍛冶職人である"ゴンゾウ"の元を訪れたエリーだったが、何故か刀の存在を知っており作り方まで熟知するゴンゾウに刀作りを断られていた。


「素材が欲しいならこの剣を溶かせっっ!!」

「お、お前、これは勇者の剣じゃねえか!? そんな大層なもん溶かせるかよ……」

「勇者の剣を知っておるのか?」

「まあな! 武器マニアの俺を舐めるな。てか、勇者の剣引き抜いたのってお前だったんだな……」

「ああ、愛の力よ! それより、この剣が素材に使えるのか使えないのかどっちだ!」

「いや、使えるというより、使ったらヤバいのが出来そうだがよ……」

「なら使えっ! 私は刀が欲しいのだ!」

「かーっ、相変わらず馬鹿だなお前……分かった! お前のその覚悟受け取った! 俺が最強の刀を作ってやらぁっっ!!」


 なんとか刀作りを了承して貰ったエミリーだが、その代償に勇者の剣を溶かす事になってしまった。


 なんとも罰当たりな気もするが、勇者の剣がどんな刀になるか、楽しみなのも確かである。


 その後、刀の完成を待ちつつ、剣術修行を続ける事数週間。いよいよ、その力を見せる時が近づいていた。


「はぁ、はぁっ……これで教えられる技は全部だよ」

「御指南、ありがとうございました。アリーシャ様の流れる汗の数々、美しい限りでございました。この通り、汗が染みた土を詰めたビンは、家宝と致します」

「キモいよ? さあ、後はいよいよ騎士と対決だね」

「ええ、必ずや、この右手を挙げて勝鬨を」


 国一番の騎士を破るため、勇者エミリーの勝負が始まろうとしていた。勇者の剣エクスカリパー改め、勇者の刀"龍神一徹"を片手にーー

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