第6話「侍女の覚悟」

「ここ数日、嵐の影響で農作物に被害が出ている。農家への支援は迅速に行えるのか?」

「支援部隊が支援物資と共に被害にあった地域へ向かっている所です」

「そうか。作物がやられたとなると、輸入の強化も必要だな」

「そちらは、第二王子様のルクラン様が外交先で交渉を行っているとの事です」

「それは良かった。あやつなら問題ないだろう」


(凄いな~、さすが王様!)


 学園の件で王である父の元を訪れていたアリーシャ。


 大臣と難しそうな話をしていたので暫く物陰から見ていたのだが、凛々しい顔つきで事を進める王に感心させられていた。


「おっ? そこに居るのはアリーシャか?」

「は、はい! お忙しい所来てしまい申し訳ありません……時間を改めて伺います」

「いやいや、もう終わったから良いぞ。大臣、後はよしなに」

「はっ、報告は随時致します。所で、王女様は美しさに磨きがかかりましたな」

「で、あろうっ! 前は早く婚約させようと思っていたが、今はどこにも行かせたくないわっ!」

「ははっ、私も娘を持つ身として良く分かります。しかし、いつまでも手元に置いておける訳ではありませんよ?」

「分かっとるわっ! ほれ、娘が待っておる。そろそろ行け」

「では、王女様もお元気そうでなによりでございます」

「お、お疲れ様でした!」


 会釈をして大臣を見送ったアリーシャに、王はさきほどとはまるで違う優しい声で語りかけた。


「それで、どうした? なにかあったか?」

「あっ、その、学園の件で……」


 "学園"というキーワードを聞いた王は、顔をしかめ出した。専属教師から学園に通えるだけの学力を持っていると聞いていただけに、娘が離れていく可能性が高まっていたからだろう。


「専属教師から聞いておる。しかし、何故そんなに賢くなったのだ?」

「それは……本を読むのが好きになったからかもしれません。書庫の本は全て読んでしまいましたし……」

「なるほど、やはりアリーシャは天才だったという訳か! さすが私の娘だ! だが……まだ従者は見つかっておらんのだろう?」


 天才という言葉で片付けてしまう辺り、親馬鹿が加速しているようだ。


「はい……名のある方を調べて頂いているのですが、条件に合う方はまだ……」

「だろうな……やはり諦めてーー

「嫌ですっ! 私は学園に通いたいんです!」

「何故、そこまで学園に拘るのだ」

「それはっ……」


 王にそう聞かれ躊躇するアリーシャ。この世界に来る前に通っていた学校では、異端な存在として扱われ、友達と呼べる人はたった一人の親友ぐらいだった。


 立ち向かえなかった自分。弱かった心。反抗する気概も、本当の自分をさらけ出す勇気もなかった。


 だからこそ、心と体が一致した今だからこそ、全てを乗り越えるチャンスが欲しかったのだ。


「私は弱い人間です……だから、強くなりたいっ! 色んな事を経験して、色んな人と関わりたいんですっっ!! どうか、そのチャンスを下さい……」

「アリーシャ……良く分かった。私も鬼ではない。娘が高みを目指すと言うなら、背中を押してやりたい。しかしだ、一国の王女である事を忘れてはならない。いくら身分を隠していても、危険は常に付きまとう。お前の軽率な行動で民の命が危険にさらされる事だってあるのだ! それをゆめゆめ忘れるな!」

「は、はいっ! では……」

「素直に許可してやりたい所だが、お前を護りきれる者が従者となるのが絶対条件だ。ちゃんと従者が見つかったら許可してやろう」

「分かりました……」


 王との話はここで終わり、アリーシャの従者探しが始まった。周囲の者達に聞いてはいるが、中々見つかる者でもない。


 王女を護る従者となれば責任も重大になり、普通の肝をした者では務まらない。王女のために心良く死ぬ勇気さえ必要になるのだ。そんな者は、


「では、私が従者としてアリーシャ様に付き添いますっ!!」


 いたかもしれない。


「えっ! エミリーが? そりゃぁ、エミリーが従者になってくれるなら嬉しいけど……国一番の騎士に勝てるの?」

「今は無理ですね」

「賢者を圧倒する魔法は使える?」

「それも今は無理です」

「も~、変な期待させないでよ! 私、真剣なんだからね!」


 王との会談の後、部屋に戻って侍女エミリーに相談していたアリーシャ。話の途中、侍女エミリーが突然手を上げたと思いきやこのありさまだ。


「だから"今"はと申し上げたのです」

「どういう事?」

「実は私……勇者の末裔でございまして」

「勇者?」

「ええ、それは大昔の事です……」


 侍女のエミリーは、不思議な顔をするアリーシャに自分の家に関わる秘密を語りだした。


 小難しい話を無しにすると、魔王が世界を破滅させようとした時代に現れた勇者こそ、エミリーの先祖だったという訳だ。


 そしてその力をエミリーも受け継いでいるかもしれないが、力を覚醒させるには勇者の剣を引き抜かなければいけない。


「成る程……それで、その剣を抜ければエミリーは勇者になれるのね?」

「そうです、が……抜ければの話です。勇者の剣を引き抜こうとしてきた先祖達もいましたが未だ引き抜けた者はいないそうです」

「え、それじゃ……」

「でも大丈夫ですっ!! 勇者は悪が生まれたから現れた訳ではない! 『誰かを護りたい』その思いの強さで現れると信じています! 私がアリーシャ様を想う気持ちがあれば必ず引き抜けると信じています!」

「あ、うん……」


 熱く語るエミリーに、とても無理だとは言えないアリーシャだった。エミリーが休暇届けを出したのは、そんな話をした数日後の事であった。


 それからまた数日後の事、世界は震撼した。



「ベルゼウス王っ!! 大変でございますっ!」


 王の間に慌ただしく入ってきた大臣は、息も切れ切れに青い顔をしていた。


「どうした大臣? そんなに青い顔をして。まさか魔王が現れたとでも言うのではあるまいな」

「その"まさか"かもしれません」

「ハッハッハッハ! 冗談が上手くなったな大臣!」

「……」

「えっ、冗談じゃないの……」


 静かに頷く大臣を見て、ベルゼウス王の顔は空より真っ青だった。


 魔王再誕騒動に揺れる世界。事の発端は、勇者の剣が引き抜かれたという事実からだった。


 勇者の剣が引き抜かれた=勇者が現れた=魔王も現れたのでは? という単純な成り行き。


 尾ひれ背びれが付きあれよあれよという間に泳ぎ出したというよくある話だ。


 だが、実際は魔王など現れてはいない。一国の王女を想う"変人"が、勇者の剣をぶっこ抜いただけである。


「アリーシャ様ぁぁーっっ!! 私は貴女の勇者になりまーすぅぅっっ!!」

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