第5話「第一関門」

「三つだと!? そんな事は聞いてないぞ!」


 三つのテストがあるとは言っていなかった専属教師に、喰ってかかる侍女エミリー。


 それに対して、専属教師はさも当然のように語り出した。


「この三つは最低限必要なものです。一つ目に受けて頂く歴史のテスト。これが何に必要か分かりますか? 王女様」

「自国だけではなく、他国の文化や歴史を知る事で、外交の際や他国との関係を作る上で必要とされる?」

「その通りです。では、二つ目の算術は?」

「頭の回転を早め、判断を迅速に行い、物事を理的に考える事を鍛えるからですか?」

「正解です。三つ目の薬学は分かりますか?」


 算術までは分かったアリーシャだったが、薬学が何に必要か、今一ピンとくる答えは浮かばなかった。


「分かりません……教えて頂けますか?」

「素直でよろしい。分からない事を素直に教えてくれと言う事は、とっても大事な事です。薬学は、戦争や災害が起こった際、医者が不在の時に先頭に立って国民を助けるために必要なのです」

「なるほど、国を管理する者達の責務ですね」

「ううぅぅっ」


 今まで、一度も自分の話を真剣に聞いた姿を見た事がなかった専属教師は、素直に頷くアリーシャを見て、感動で目頭が熱くなっていた。


「失礼をしました……では、テストを始めます。時間は、そうですね……お昼までとします。それでは、始めっ!」

「今のアリーシャ様なら絶対受かります!」

「ありがとう、エミリー!」


 専属教師の合図と共に始まった学園入学を賭けたテスト。侍女エミリーの応援を背に、羽ペンを持ったアリーシャの顔は、とても凛々しい表情をしていた。


「頑張れ、頑張れ、アリーシャ様っ! 負けるな、負けるな、アリーシャ様!」

「静かにしてエミリーっ!」

「テストの邪魔ですよエミリーさんっ!」

「も、申し訳ありませんでしたぁぁ……」


 アリーシャと専属教師に叱られた侍女エミリーは、シュンとしながらもアリーシャを心の中で応援し続けていた。


(怒られちゃったけど、怒ったアリーシャ様もかわぇぇーっっ!!)


 それから数時間。正午の鐘と共に学園入学を賭けたテストを、アリーシャはやり遂げた。


「ふぅーっ……終わりましたっ!」

「お疲れ様でございました。さっそく採点致しますので少々お待ち下さい」


 自席に座り、アリーシャから受け取った答案を採点していく専属教師。その姿を、アリーシャと侍女エミリーは、固唾を飲んで見守っていた。


「終わりました」

「どうでしたか!?」

「答えろ専属教師!」


 採点を終え、席を立った専属教師の元に食い入るように結果を求めるアリーシャと侍女エミリー。


 専属教師は、採点済みの答案をアリーシャに見せ、厳しかった表情を緩めながら答えた。


「全問正解でごさいます。これなら、学園に通う学力は問題ないかと。王と王妃様には、学園の求める学力を十分に有していると、伝えてもらいます」

「や……やったーっ! やったよエミリー!」

「さすがでございますっ!! 私は、絶対に合格だと信じておりました!」


 抱き合って喜ぶ二人を見て、自分まで嬉しい気持ちになっていた専属教師だったが、ふと、悲しい現実が浮かんでしまっていた。


「これで私の役目も終わりですな……」

「……どうなされたのですか?」


 哀しげな表情で呟く専属教師。喜んで跳ねていたアリーシャだったが、思わず跳ねるのを辞め、訳を聞いてしまっていた。


「いえ、王子様達の教育を終え、残っていた任は王女様の教育だけでしたが、王女様が学園に通うとなると私の任も解かれる事でしょう。少し、感慨深いものがあっただけです……」

「そうですか……先生、ありがとうございました!」

「あっ、いえっ、頭を上げて下さい王女様!」


 突然、お礼と共に綺麗な角度でお辞儀をしたアリーシャに焦る専属教師。一国の王族にお辞儀付きでお礼を言われるなど思ってもいなかったため、頭は真っ白だった。


「長い間、お兄様達や私の教育をして頂き大変ありがとうございました。特に、私は不出来でご迷惑をかけた事でしょう」

「そのような事は決してっ!」

「この合格も、先生の諦めず真摯に向き合ってくれたからこそのものです。重ね重ねお礼申し上げます」

「王女様……」

「これから、先生にどんな人生が待っているか分かりませんが、きっと……人の役に立てる素敵な人になっていると私は思います。今まで、ありがとうございました。そして、お疲れ様でした」

「う、うぅぅぅぅーっっ」


 前のアリーシャが、どんな理不尽な対応を専属教師にしてきたか、侍女のエミリーから聞き出していた今のアリーシャは、苦労をかけた専属教師にせめてお礼と感謝を伝えたかったのだ。


 その素直で優しい心がこもった言葉に、専属教師は再び膝から崩れ落ちて泣いてしまっていた。


(誰かにこんなに感謝された事などなかった……それを、授業の時間の度に机を壊し、紙を破り捨てていたあの王女様が……)


「このハンカチーフをお使い下さい」


 アリーシャから優しく手渡されたハンカチを、専属教師は、すぐにアリーシャの元へ返そうと差し出した。


「お、畏れ多くて使えませんっ!」

「良いのです。もし良かったら、そのハンカチーフを持っていては下さりませんか? 思い出したくはないでしょうが、こんな不出来な生徒がいたという思い出でに……」

「うぅぅっっ……お、王女様ぁぁーっっ!!」


 ハンカチを大事そうに抱え、泣き崩れる専属教師。

 その後彼は、専属教師の任を解かれ放浪の旅へと出る。


 そして、どんな馬鹿でも諦めず真摯に向き合い、優秀な人物へと変えて世に送り出す『伝説の教師』と、呼ばれるのは、また別のお話……。


 さて、見事第一関門を突破し、学園に通うまで後一歩と迫ったアリーシャ。だが、第二の関門である"最強の従者"という難題が残っている。


 国一番の騎士に剣術で勝つことが出来、賢者をも圧倒する魔法使いを見つけるのは、奇跡に近いものがあった。


 しかし、以外な人物が手を上げ、その奇跡はやってくる事にーー

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