第4話「専属教師の憂鬱」
専属教師が城に勤め始めてから十年。王子達がまだ少年だった頃は、専属教師も三人いたが、ある年を境に二人は辞めてしまった。
原因ただ一つーー"王女"の教育が始まったからだ。
『こんもんわかんねえよ! クソ教師っ!』
暴言は日常茶飯事。机を叩き壊し、筆を折り、心まで折られた者達は城を去ってしまった。
残った一人の専属教師は、それでもめげずに凶暴な王女に立ち向かったが、王女は授業をサボり教育は中々進まなかった。
頭を抱える状況が続いてはいたが、残ったただ一人の専属教師に諦める気はない。なにより、王子達を教育してきたプライドと教師という職務に誇りを持っていた。
しかし、今日はその仕事も休み。頭を抱える必要もなく、好きな読書に浸りつつお気に入りの紅茶に舌つづみを打てる優雅な一日だった。
そう、その筈"だった"のだ。専属教師の優雅な一日を終わらせ、憂鬱へと貶めたのは、騒がしい足音達だった。
その者達は、とても天気の良い清々しい日に訪れた。
「今日も平和だ……しかし、良い天気だ」
「失礼致しますっっ!!」
「アリーシャ様のご訪問である!」
「あつっっ! なんですか一体っっ!?」
紅茶で一服しようとしていた専属教師の男は、突然やって来た乱入者のせいでティータイムが台無しだった。
「ああ……私の優雅な休息が……でっ、一体何事なんですか王女様っ!」
「お休みの所申し訳ありませんが、貴方に頼みたい事がございまして」
「は、はぁ……」
王女様の性格が変わったとは聞いていたが、身だしなみや口調、柔らかで繊細な雰囲気といい、ここまで変わってしまうものかと、困惑する専属教師。
きっと、なにか裏があるのではないかと、邪推したくなる気持ちになっていた。
「実は私、貴族の方々が通う学園に行きたいと思っていまして……お父様とお母様に相談したら、先ずは貴方に了承を得ろと……」
「ふ、不正はしませんからねっ! ぼ、暴力反対!」
「アリーシャ様が不正などするかっ! 打ち首にするぞ!」
「ひっっ!」
「よしなさいエミリーっっ!!」
暴力で屈服させられると思い込み、涙目で抗議する専属教師。凶暴な王女様のイメージしかない専属教師にとって、アリーシャは恐怖の対象なのだ。
「大変失礼しました……ですが、決して不正を頼みに来たのではありません」
「で、でしたらなにを……」
「私が、学園に通えるだけのレベルか見極めて頂きたいのです! テストでもなんでも構いませんので」
「いや、しかし……」
アリーシャのお願いに戸惑う専属教師。貴族の通う学園と言えば、最上位の学力レベルがなければいけないのだ。
馬鹿の代表だったアリーシャに、そのレベルを求めるのは、天地がひっくり返っても無理だとさえ思っていた。
ただ、そんな失礼な事を口走れば、それこそ不敬罪=打ち首になってしまうと、専属教師は口ごもるしかなかった。
「お願い致します……」
「アリーシャ様のお願いを聞けないと言うのかっ!!(その上目遣い、私にもしてーぇぇっっ!)」
「うっっ……わ、わかりました」
上目遣いでお願いするアリーシャに、思わず頷いてしまった専属教師だったが、どうせ無理に決まっていると、この時は思っていた。
「では先ず、私の出題する問題に答える事が出来たら、テストを受ける権利を上げましょう」
「分かりました」
「それでは……8×8は?」
「64です」
「えっ!? 12÷4は?」
「3です」
「そんな馬鹿なっ!?」
まさかの事態に驚愕する専属教師。王女様の頭脳は五歳児と同じという烙印を押した張本人だけあり、動揺を隠しきれなかった。
「一体どいういう……」
「そんなものか! 今のアリーシャ様なら、そんな問題屁でもないわっ!」
「くっ……では、三百年前に建国した際の当時の王の名前と、右腕として活躍した騎士の名を答えよ!」
「アラン=ベルゼウス王と、ギュラン=イグナイト卿です!」
「まさか!? そんな筈は……で、では! マーキュリー草と岩妖樹の葉を混ぜて出来る薬の副作用は!?」
「むくみ、ほてり、どうきです。ですが、その薬に帽子草を混ぜると副作用が緩和すると後に分かりました」
「そんな馬鹿な……」
「フンッ、だから言ったのだ」
まさかの出来事に膝から崩れ落ちる専属教師。
それを誇らしげに見下ろす無関係の侍女エミリー。
最後の問題など、意地悪な引っかけ問題であり、薬学書を読み込まないと解けない問題だったのだ。
「これで、テストを受けさせて頂けますか?」
「王女様……」
崩れ落ちた専属教師の手を取り、優しく立ち上がらせるアリーシャ。その手の温もりを感じた専属教師の心は、何故か暖かくなっていた。
「良いでしょう。ですが、学園の求めるレベルを測るテストならばさっきの問題より難しくなります。落第点でも、私は正直な結果をお伝えしますよ?」
「それで構いません」
「分かりました……でしたら明日、またここに来て下さい。学園レベルのテストを作るとなると、それなりに時間を要しますので」
翌日、再び訪れたアリーシャと侍女エミリーを、キリリとした表情で待ち受けていた専属教師の男。
先日のような無様な姿とはうって変わって、とても教師らしいオーラを放っていた。
「宜しくお願いします」
「お待ちしておりました王女様。さっそくですが、学園の入学に必要とされている教科の内、三つのテストを受けて頂きます。それも最上級の難易度の。フフッ」
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