第127話 インタビュー

本日1話目。


本日2話更新です。


************ 



 新聞記者のジーカは、喫茶店でコーヒーを飲みながら人を待っていた。


 待ち人は、一人の男。


 残念ながら恋人ではない。


 しかし、今のジーカにとって、恋人などとは比べものにならないほど重要な男だった。


 一応、Sランク冒険者という、世間にわかりやすい称号があるが、ジーカはその称号が彼には不釣り合いだと思っていた。


 その称号では、彼を表現するには足りないのだ。


 やはり彼を表現するなら、天下無双という称号がぴったりだった。


 そう、ジーカが待っているのは、もはや伝説に近いと言われる男、天下無双の武士である。


 今日、ジーカはその男に念願のインタビューをするのである。


 トゥンアンゴが大陸の覇権を取り、世界が平和になってから、新聞の内容も様変わりした。


 以前の新聞はというと、やれ政治がどうの、戦争がどうのなど、いわゆる堅く物騒な記事ばかりだった。


 しかし、平和になってからは、そういった記事はどんどん減っていき、その代わりにエンターテイメント性に富んだ記事が好まれるようになった。


 特に冒険者に関する記事は、もはや半ばアイドル化していると思うほど、人気を博していた。


 イケメン&美女冒険者特集。お気に入りの武器は○○特集。冒険者最強は誰だ特集……などなど、世間の人間に受けるのはそういった記事である。


 そしてどんな特集記事においても、いの一番に記者たちが話を聞きたいのが、これからジーカが会おうとしている男だった。


 しかし、彼の言葉を綴った記事は極端に少ない。


 華々しい称号や実績に反し、彼は目立つのが嫌いで、ほとんど取材を受け入れることはなかった。


 それでも地道にしつこく交渉に交渉を重ねた結果、ようやくチャンスを掴むことができた。


 これは完全なる独占インタビューである。


 このインタビューを成功した暁には、会社からジーカに報奨金が出る予定になっていた。


 憧れの人と話せ、金にもなる、ジーカにとっては二重三重においしい仕事なのだ。


 勢いあまって、待ち合わせの時間より早く来てしまったのも無理はない。


 すでにコーヒーは三杯目だった。


 しかし、ようやく待ち合わせの時刻がやってきた。


 否が応でも鼓動が早くなる。


 本当に来てくれるのか。


 ただの気まぐれで、忘れているのではないか。


 不安がジーカの心を支配し始めた時、喫茶店のドアのベルが鳴った。


 弾かれたように顔を上げると、腰に刀を指した男が現れた。


 歳は二十八と聞いているが、それより少し若く見える。


 精悍な顔つきだが、優しさと知性も感じさせる。


 一言で言ってしまえば、最高だ。


「え~と、すみません。ラボウ新聞社のジーカさんですか?」

「は、はい!」


 ジーカは、質の悪いおもちゃのようにぎこちなく立ち上がる。


「あぁ、良かった。もしかして遅かったですか?」

「いえいえ!ぴったりもぴったり、ぴったりかんかん!問題ナッシングです」

「それなら良かった」


 あまりの緊張に変なことを口走っている。


 落ち着けと自分に必死に言い聞かせた。


「お飲み物はどうしますか?」

「え~と、どうしようかな。何かおすすめとかありますか?」

「あ、ここは紅茶が美味しいらしいですよ」


 そこまで言って、自分はコーヒーを飲んでいることに気づいた。


 じゃあ何故お前はコーヒーなんだと思われないだろうか。


「そうなんですね。じゃ、紅茶にします」


 しかし、彼は一切気にせず、スマートに紅茶を注文していた。


「取材ってほとんど受けたことがなくて。何か決まりとかありますか?」

「いえいえ!何も決まりなんかありませんよ。もうね、気楽にお好きにどんどん話してもらえれば結構です。できれば~そうですね、NGなしでざっくばらんにぶっちゃけトークで」


 卑しい本音が出てしまった。


「そうですか。まぁ全部が全部とは言いませんが、せっかくの機会なので、話せることはなるべく話しますね」

「うぉぉっ!ありがとうございます」 


 言ってみるもんだ。


 ジーカは心と体の両方でガッツポーズをする。


 紅茶が届いたところで、念願のインタビューをスタートすることにした。


「少し前の話にはなりますが、深淵の魔物ミノタウロスを単独討伐された時のことをお聞きしたいのですが」

「あぁ、ありましたね」

「深淵の魔物なんて、普通に生きているとおとぎ話の中の存在のように感じてしまうのですが、直面した時、どんなお気持ちでしたか」

「う~ん、どうでしたかねぇ。多分、怖かったような、でも少し楽しみだったような……」

「楽しみ!?どういうことですか?」

「楽しみっていうとちょっと語弊がありますかね。でも自分の力を試せるチャンスというか」


 やはり規格外だ。


 深淵の魔物に実際に会った冒険者の話を聞いたことがあるが、その冒険者は深淵の魔物の話をするだけでも恐ろしいといった様子だった。


 その時のことを話そうとすると当時の恐ろしい記憶がフラッシュバックするらしく、話の途中で呼吸困難になり、インタビューを中断したのを思い出す。


 その冒険者はAランクの高位の実力を持っていたにも関わらずだ。


 それが、楽しみとは。


 さすがは天下無双。


 ますます興味が惹かれていく。


「力を試す……やはりそういった強者と戦うことで、更に強くなっていくものですか?」

「そうですね。極論を言えば、それが強くなる一番の方法だと思います。限界を超えて戦うというのか、死線をくぐるというのか」

「死線をくぐる!」


 思わず言葉を反復してしまった。


 言った本人は少し恥ずかしかったのか、照れ隠しのように微笑む。


「かわいっ!」

「え?」

「え?」

「……いえ、何でもないです」


 最強の男のギャップ。


 なんとかわいいことか。


 はにかみにやられて思わず心の叫びが出てしまった。


 自重しなければ。愛想をつかされて、帰ってしまうかもしれない。


「死線をくぐるとおっしゃいましたが、これまで一番の死線、一番強かった相手というのは誰ですか」

「……もうそれは一人の武士しか思い当たらないですね」

「え!?それはどなたですか?私の知っている人かしら!」

「う~ん、すみません。名前はちょっと」

「あぁ~そうですかぁ。ちょっとだけ、ヒントだけでもダメですかぁ~?」

「すみません」

「あっ!そんな、やめてください。私こそ不躾にすみませんでした」


 深々と頭を下げられてしまっては、それ以上突っ込むことはできない。


 のどから手が出るほど欲しい情報だが、ここは一旦引くしかないだろう。


「では少し趣向を変えた質問を……え~と、ずばり!結婚されていますかっ!?」

「いえ、していませんよ」

「よっしゃ!」

「え?」

「え?」


 鼻息が荒くなってしまったのは、自分の欲望が出てしまったからではないと信じたい。


 これは極めて貴重な情報である。


 巷の女子が大いに食いつく情報だろう。何せ最強の男の恋愛事情だ。


 見出しは、天下無双の武士の恋愛模様。これで決まりか。


 新聞の売り上げがぐいぐい伸びるのを肌で感じる。


「では~、決まったお相手は?」

「う~ん……それもいない、ですかね」


 若干言い淀んだが、セーフ……セーフか?うん、ぎりぎりセーフだろう。


 ここは書き方次第でどうとでもなる、セーフということにしておこう。


「恋愛に絡めて~、ちょっと失礼かもしれませんが、こういった仕事をしていると色々な噂が入ってきまして、それを少し確認させていただいても?」

「噂?どんなものでしょう?」

「え~と、例えば~、エンナボ様のご息女とか~、ウルダン国王様のご息女とか~、はたまたSランク冒険者で5年連続美女コンテスト1位のアマンダ様とか~、この辺のお嬢様方が、相手候補として」

「え?そんな話が広まっているんですか?」

「い、いえ!あくまで噂ですよ、噂!私が言ったわけじゃありません」


 そう、ジーカは言っていない。書いただけである。


「ないですないです!どれも嘘ですよ」

「あ~そうなんですかぁ」

「でもすごいですね。そんな話が広まるんだ」

「えぇ、そういった話を好きな人も多いですからね。特に人気冒険者の恋愛話なんて垂涎の的ですよ」


 嘘をついているようには見えない。


 それは多くの人間にインタビューしてきたジーカは確信が持てた。


 あくまで噂は噂か。


 残念だったような、良かったような複雑な心境である。


「ではお次に、強さの秘訣をお聞きしたいのですが」 


 正直、恋愛の話をもっとしたいところだが、何事もバランスが大切なのだ。


 血涙をもって、話を先に進める。


「お使いの武器は刀ですが、それは昔から?」

「はい、最初から刀ですね」

「今でこそ普通になってきましたが、昔は刀を使うのって少し珍しかったですよね?実はホノカのご出身とか?」


 彼の出身についても、謎めいているところがある。


 刀=ホノカというのも短絡的ではあるが、逆に言えばそれだけその二つの結びつきは強い。


「いえ、ホノカ出身ではないですよ」

「あ、そうなんですね」


 ホノカ出身ではない。しっかりメモを取る。


 これだけでも十分なネタだ。それだけ身辺情報が少ない男なのだ。


「ちなみにご出身は~~?」

「あ~……いや、ちょっと、すみません」

「あ、ちょっと事情がおありなんですね!?いいですいいです、ご無理をなさらず」


 あまり無理強いをして気分を損ねられても困る。


「それでは次は冒険者としてのご活躍について。Sランク冒険者になるまで一気に駆け上がりましたね」

「いえいえ、たまたまです」

「何をおっしゃるんですか。わが社の作っているランキングをみるみる昇りつめていくのを目の当たりにしていますよ~~」


 まさしく昇り龍。


 世間が少し注目し始めてから、一気にトップまで昇りつめた。


 どこに隠れていたのか。


 業界が騒然となったのは今でも語り草である。


「刀でばったばったと倒していく様、本当に素敵です」

「ありがとうございます」

「その戦い方について、ちょっとお聞きしたいのですが」 

「何でしょう?」

 

 今回の独占インタビューは、ゴシップや軽い話題中心にするわけにいかない。


 彼のインタビューを待っているのは、ファンだけではないのだ。


 一般の冒険者たちも彼の言葉を聞きたいはずだ。


 そして、その冒険者たちがおそらく最も知りたいであろう一つについて切り込む。


「どうして強敵と戦う時だけ、一刀流なのですか?」

「あぁ~」

 

 彼の戦闘スタイルは二刀流。


 二本の刀で敵の大軍に飛び込んでいき、次々と敵を斬り倒していく。


 美しい剣舞を見ているかのようだ。


 彼の戦いを見た者たちは、みな口を揃えて言う。


 しかし、その彼が本当の強敵と戦う時は、何故か一刀流になる。


 先ほど話に出たミノタウロス戦もそうだった。


「う~ん、言っていいかなぁ……まぁいいか、最後だし」

「え?」

「実はですね、一刀流の方が強いんですよ」

「えぇーーー!」


 驚愕の事実である。


 彼のイメージは完全に二刀流の剣士。


 しかし、実は一刀流のほうが強い。


 隠された本当の技。


 何とかっこいいのか!


「いや、知ってる人は知ってるので、そんな大袈裟なことじゃないんですが」

「いやいや、びっくりしましたよ。もう二刀流が代名詞みたいになってますから」

「そうですよね」

「でもじゃあ何故、普段は二刀流なんですか?」

「う~ん、二刀流の方が、敵を大勢相手するときは戦いやすいんですよ」


 確かに、何となく想像はできる。


「あとは、一刀流だと、つい理想を追ってしまうというか」

「理想?」   

 

 聞き捨てならないワードである。


「あ、え~と……すみません、ここは記事に載せないでくださいってお願いはできますか?」

「でで、できますできます!もちろんです!書きませんよ、書きません。ですから、どうぞ思い切ってどーぞっ」


 何かすごいことを話そうとしている。


 別に記事になんかしなくてもいい。とにかく聞きたい。


 記者として失格かもしれないが全く構わない。


 一ファンとして聞きたいではないか。


「私には理想とする剣士がいましてね。その人の動きをつい追い求めてしまうんですよ」

「目標とする剣士がいるということですか!?」

「はい」


 これこそ超貴重情報だ。


 彼の口から他の剣士を目標としているという話は今まで一度も出たことがない。


 その剣士は、まさしく彼のルーツと言っても良いのではないか。

 

「一刀流だとその人を目指してつい全力を出してしまうんです。だから体力が長くは持たないんですよ」

「何と!では、一刀流になるとその御方のようになれるということですか?」

「あははは!」


 そこで急に笑い出した。おかしなことを言ってしまっただろうか。


「ないですないです。正直、影も踏めないというか。こっちは身体強化の魔法まで使っているんですがね」

「……嘘ですよね?」


 さすがに謙遜がすぎる。


 稀代の英雄に、あまり卑屈なことを言って欲しくない。


「嘘じゃないです」


 真っ直ぐな視線。


 宝石のような真っ赤な瞳だった。


 嘘は言っていない。


 しかし、そうなると。


「その御方は、どんな人なんですか?」

「すみません」


 彼は深々と頭を下げた。


 丁寧な謝罪だったが、今までで一番強い拒否だった。


 これ以上、聞いてはいけない。


 ずかずかと相手の心に踏み込むことに定評のあるジーカだったが、彼の雰囲気に飲まれそれ以上聞くことはできなかった。


 その後は、比較的当たり障りのない質問をいくつかして、お開きとなった。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ。何かあまり話せることがなくてすみません。記事になりますか?」

「なりますなります、なりまくりますよ!本当に素敵な情報ばかりでした」


 それは事実だった。


 彼の肉声がそもそも貴重なのだ。


 それゆえ、もっともっと話していたいが仕方がない。

 

 それとなくプライベートの誘いも振ってみたが、やんわりをかわされてしまった。さすが達人。


「ところで、これからどうされるんですか?やはり今、世間を騒がしているあれですか?」

「あれとは?」

「神出鬼没の白龍ですよ。その討伐に向かうんですか?」

「白龍……ですか」

「なんか眉唾に近い情報ですが、その白龍、食事が美味しい地域を狙って現れるとか言われてますね」

「あははは!そうなんですか?それはいい情報をいただきました」

「じゃあやっぱりその白龍を追いかけているんですか?確かに、倒せるのは天下無双のあの男しかいないっていうのが巷の声ですからねっ」

「いえ、私は引退しますよ」

「へ?」


 何と言った?


 いんたい?


 引退!?


「ど、どういうことですか?」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「い、いやいや!聞いてないですよっっ!」


 待てよ、確か、さっき最後と。


「もしかしてさっき最後って言ったのは?」

「あぁ、そうですそうです。冒険者の最後ですよ」

「なんと!」

「これまで色々な方にお世話になったんで、今お礼に回っていて。ラボウ新聞社さんからは、ギルドに寄付とかいただいてましたから、そのお礼と思って最後にインタビューを」

「そそそそ、そうだったんですね」


 言ってほしかったが、言われたら平静にインタビューができなかっただろう。


「に、二十八歳って、まだ冒険者としてばりばりの時だと思うんですが、ど、どうして?」

「う~ん、元々三十歳ぐらいまでって決めてたんです」

「や、やめて何をするんですか?」

「村へ戻って村のために働きます」

「ひえぇぇ!」


 人の夢は人それぞれ。


 別にそこに大小はない。


 しかし、それでも思ってしまう。


 最強の冒険者が全盛期に村へ引っ込むというのはどうなのか。


 完全に世界の損害だろう。


 しかし同時に、目の前の青年を見ていると、不思議なもので、それもいいのではないかと思ってしまった。


 村のために働くと言った彼が誇らしげで眩しかったからかもしれない。


「約束なんです。子どものころからの」

「村のために働くということがですか?」

「はい。俺は村のために強くなったんです」


 一人称が変わっていることに気づいた。


 多分、これが彼の本性なのだろう。


 一瞬、彼の奥に、少年を感じた。


 きっとその約束は、その赤髪の少年がした大切な約束に違いない。


「そうですか……素敵な約束だと思います」

「ありがとうございます」


 礼儀正しく頭を下げて、彼は出て行った。


 彼を見送ると、ジーカは再び席に着いた。


 あまりにも、目まぐるしいことが起きて、まだ頭が興奮している状態だが、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲んで、無理矢理頭を冷やす。


 彼女を興奮させたことのほとんどが、原稿に書けないことだが、それ以外でも十二分に面白い記事となる。


 一ファンから、プロの記者に気持ちを切り替える。


 彼の最初にして、最後の独占インタビュー。


 ならば、それに恥じない記事を書こう。


 まずは見出し。


 人の目を引くようなキャッチ―なキーワードを並べてみるが、どれも陳腐な感じがしてしまう。


 やはり、彼の知名度があればシンプルな見出しが一番いい。


 ジーカは、ノートに一つのタイトルを書き出した。


『ソウモンイン・ヤク 独占インタビュー』

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