第126話 約束

本日3話目。


本日3話更新です。


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 新芽が芽吹き、殺風景だった周囲の木々が、日に日に彩を増していく。


 季節は春。


 肌寒さを感じることはほとんどなくなってきた。


 柔らかな陽の光に身を任せ、恭之介は衛兵小屋の前の椅子に腰掛けていた。 


 あの大きな戦から少し時が経った。


 トゥンアンゴとウルダンの戦は、大方の予想通りエンナボの勝利だった。


 ロンツェグの援軍を失ったネイハンは、それでもなお粘ったが、飛ぶ鳥を落とす勢いのエンナボ相手には叶わなかった。


 攻め込んだエンナボは、そのままウルダン王国の首都を囲み、最後には講和という名の降伏を勝ち取ることになった。 


 周到なエンナボは、首都を囲んだ際、ネイハンの政敵を丸め込んで内応までさせたそうだ。


 さすがのネイハンも、外からだけではなく内からも攻められては持ちこたえることはできなかった。


 この戦により、両国の国境線は大きく書き換えられ、かつてのウルダンの領土から考えると半分ほどになってしまった。


 当然フィリ村もトゥンアンゴ王国の領土に加わることとなり、戦の前にレンドリックが描いた形となった。


 勝者であるエンナボは、その後も国に帰らず、新しく領土になったところを慰撫するために、毎日忙しく動き回っているらしい。


 そんなエンナボは、時折フィリ村にもやってくる。


 主にレンドリックの勧誘だ。


「新たに加わった東部の旧ウルダンエリアを全部引き受けてほしい。辺境伯とかあるだろう?あんな感じで何とかならないか?」

「断る」

「頼むよ、優秀な人材が足りないんだ。あんたならぴったりなんだよ」

「僕はこのフィリ村の領主で十分だ」

「そこを何とか」

「悪いが無理だ」


 二人がそんなやり取りをしているのをよく聞く。


 おそらくレンドリックが引き受けることはないだろう。


 フィリ村の領主でありたいという彼の信念は固い。


 しかし、きっとエンナボもそれはわかっていて、ただ遊びに来る口実にしているのでは、というのがリリアサの見解だ。


「恭之介君、日向ぼっこ?」


 杖をついたリリアサが恭之介のところへ近づいてくる。


 リリアサの目は光を失っていた。


 あの戦で使った時魔法の代償だった。


 本人は命があっただけラッキーだったとあまり気にしている様子はない。


 恭之介も、リリアサが生きていればそれで良かった。


 不便なことがあれば、自分が手助けをすればいいのだ。


「はい、気持ちがいいですよ」

「じゃ、私も一緒してもいい?」

「どうぞ」


 恭之介は近くにあった椅子を横に並べた。


 リリアサは、ヤクが削って作った杖を上手に使って、椅子まで歩く。


 最後は恭之介が手を取り、ゆっくりと座った。


「あぁ、気持ちがいいわね。冬の厳しい寒さも実は嫌いじゃないんだけど、やっぱり春の陽気はいいわ」

「はい」

「そんな春の陽気にあんまりふさわしくない話なんだけど」

「何ですか?」


 光を失っているはずなのだが、不思議と恭之介の目を見る時はまっすぐとこちらを見る。


「ネイハンさんが自殺したんだって」

「え?」


 戦では負けたものの、宰相としてやることはあったはずだ。


 むしろ戦後のほうが仕事は多いと言ってもいいだろう。


「戦争に負けた責を負ってでしょうか」

「う~ん、それもあるのかもしれないけど」


 リリアサが杖の先で地面をいじる。


「戦争の勝ち負けはともかく、ここまでの後処理と交渉は見事なものだったと思う」


 結果として、ウルダン王国はトゥンアンゴ王国の傘下に入ることになった。


 自治は許されているが、紛れもない属国である。


 しかし、王の命の保証と国体の継続は勝ち取った。このことがまず第一のネイハンの功績だった。


 これらのものがなくなってしまっては、ウルダン王国としての歴史が終わるのに等しい。


 また他の面でも、ネイハンはしたたかに交渉を重ねたらしい。


 エンナボも甘い交渉はしなかったはずだが、結果的にネイハンの要求をある程度飲む形になったようだ。

  

 そして、その交渉と並行する形でネイハンは、国を乱しそうな不平分子をきれいに狩り取っていった。


 特にトゥンアンゴの力もわからず、ただウルダンの独立を唱える者たちには厳しい処罰を与えた。


 ネイハンは、トゥンアンゴに寝返った裏切者という醜聞は気にせず、残ったウルダン王国をとにかく守ろうと行動したのである。


 これらの不平分子の処断は、ウルダン旧領土を統治することになったエンナボにとっても追い風になったはずだ。


 その働きが、交渉にもいい面に出たのだろう。


 そうして、すべての片が付き、これから新しいウルダンが始まるというところでの自殺だった。

 

「やはり責任を負ったように思えますが」

「う~ん、何かね、遺書の最後に『妄執が消えない。それゆえ死を選ぶ』って言葉が残されてたんだって」

「妄執?」

「多分、レンドリック君のことじゃないかしら」


 死ぬ最後の最後までレンドリックのことを恨んでいたというのか。


「どうかな、私は違うと思うんだ。確かに、最後まで恨みみたいなものは消えなかったんでしょうけど、それが理由で書いたんじゃないと思うな」

「とすると?」

「多分、レンドリック君を恨むのに疲れちゃったんだと思う。生きていたらまた同じ過ちを繰り返してしまうかもしれないって気持ちがあったんじゃないかな。それは誰のためにもならない。だったら、ここで死ぬべきだって」

「なるほど」


 彼女が言うと、そのように思えてくる。


 少し都合のいい見方かもしれないが、ある意味レンドリックとレイチェルのために死んだとも言えないだろうか。


 自分が生きていては、二人をいつまでも苦しめる。それならばと。


「私もね、その考え方に賛成。あの優しい二人のお兄さんが、嫌なだけの奴とはちょっと思えなくて」

「確かに。それにこう考えたほうが、何と言うか、その」

「素敵だと思う」

「それですね」


 本心はネイハンの中にしかない。


 当然、我々の考えが的外れの可能性だってある。その可能性のほうが高いのかもしれない。


 それでも、どうせわからないのならば、この先を生きる人間にとって都合の良い考え方をした方が良いと思う。


 何よりその方が、死んだ者にとってもこれから生きていく者にとっても幸せなことではないか。


 恭之介も父のことをそう思えるようになってきた。


 あの人も強さという妄執に囚われていたが、悪い人ではなかった。


 きっと父も、最後は負けたことが悔しくもあり、同時に、育てあげた恭之介に負けたというどこか晴れ晴れしい気持ちがあったのではないか。


 事実はわからないが、そうだったらいいなと思う。


「先生、ロイズ様が来ましたよ!また各国の珍味というのをたくさん運んできてくれたみたいです」

「にもつがたくさんよ」


 ヤクが手を振りながら、ラテッサと共に駆けてくる。


 行商人のロイズは、最近、各国の色々な食材をよく運んでくる。


「今夜はレンドリック様のお屋敷で試食会ですね」


 ヤクが嬉しそうに言う。


 正直、口に入れるのもはばかられるものもあったが、珍しい食材に囲まれた食卓はいつも以上に賑やかだった。


「またキリロッカが騒ぐんですね」

「いいじゃない、私はキリロッカちゃんのリアクション、面白いから好きよ」

「キリロッカ様、色々言いながらも全部ちゃんと食べるからすごいですよね」


 恭之介たちは、ロイズがいる広場に向かって歩き始めた。


「リリアサさま、わたしと手をつなぎましょ。つれていってあげる」

「ありがとう」


 ラテッサが、その小さな手でリリアサの手を握った。


 リリアサはつながれた手を見て、幸せそうに微笑む。


「それで恭之介君、これからどうするの?」

「え?ロイズさんに会いに行きますけど」

「じゃなくて、この先何をするの?衛兵を続けるだけ?」

「あぁ」


 ロンツェグもいなくなり、大国間の戦争の不安も消えた今、世界は平和になったと言ってもいいだろう。


 以前から開店休業中に近かった衛兵の仕事も、いよいよ廃業が近いかもしれない。


 だからといって、将来のことは特に考えてはいなかったが、何となくやってみたいものはあった。


「少し旅に出たいですね。冒険者でもやって路銀を稼ぎながら、色々なものを見てみたいです」

「旅か、前にしたいって言ってたものね、いいじゃない」

「はい」

「面白いお土産、期待してるわね」

「え?リリアサさん、一緒に行かないんですか?」

「……だめよ、私はこの目だもの」


 恭之介はリリアサの顔を覗き込む。


 微笑んではいるが、本心はわからない。


「大丈夫ですよ、急ぐ旅でも目的がある旅でもないですし。それにヤクも連れて行きますから」

「はい、リリアサ様、俺もお手伝いをしますから、全く問題ありませんよ」

「たびをするのね?う~ん、わたしも行きたいけど……お花のおせわがあるからおるすばんしてるわ」


 ラテッサにとっては、旅より花の世話の方が楽しいようだ。 


「う~ん、でも……」

「それに、ララさんやキリロッカとかも来そうですよ。もしかしたらレイチェルさんも」


 リリアサはどこか複雑な顔をしている。足手まといになるとでも思っているのだろうか。


「リリアサさん、約束しましたよね?」

「え?」

「一緒に行く約束したじゃないですか。もしどうしても嫌ならもう言いませんが」

「……行く。嫌なわけないでしょ!本当はすっごく行きたいもの!」

「じゃあ決まりですね」

「うん」


 リリアサは大きく頷き、満面の笑みを浮かべた。


「ロイズ様の商品の中に、旅に役立つ道具があるかもしれませんね!先に行って聞いてみます」


 ヤクが手を叩いて、走り出した。


「もう、男の子っておちつきないんだから」


 ラテッサが、駆け去っていくヤクに向かって文句を言う。


 きっと一緒に行きたかったのだろうが、リリアサの手を引くために残ったのだろう。


 手を引くラテッサの歩調に合わせ、ゆっくりと歩く。


 リリアサが、恭之介に顔を向け、少し照れくさそうに笑った。


「ありがとう、恭之介君」

「何がですか?」

「……色々と」

「そうですか。なら私もありがとうございます」

「何が?」

「色々とです」

「あはははは!そっか」


 笑うリリアサを春の太陽が照らす。


 次の春はどこにいるのだろう。


 新しい旅の気配に、恭之介の心も躍った

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